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<東京怪談ノベル(シングル)>


―美貌と云う悪魔・1―

 薄暮から宵の口に移り行こうかと云う頃合い、繁華街から離れた一本道。街灯も少なく、民家も無い。そんな場所を、一人の少女が身を屈めるように速足で駆け抜けていた。
「もー、すっかり遅くなっちゃったよ……みんな薄情だよね、待っててくれないんだもん!」
 少女はブレザーを纏い、手には革製の鞄を提げている。ローファーの靴音が、闇に吸い込まれるように消えて行く。男性でも通行を躊躇うような薄暗い道を、学生であろう彼女が一人歩きする羽目になったのだ。その恐怖は並ならぬものがあるだろう。
「……もしもし? 酷いよ、待っててくれたって良いじゃないの!」
『だってぇ、アンタの補習に付き合ってたら何時になるか分からなかったんだもん』
「今、駅前から街を抜けて……そうだよ、あの一本道だよ……仕方ないじゃない、ここ通らなきゃ帰れないし!」
 どうやら、このような事態に陥った不満を、学友にぶつけているらしい。或いは恐怖を紛らす為に、誰かの声を聞いていたかったのかも知れない。兎に角、彼女は携帯電話で学友の一人を捕まえ、会話を始めた。が、その時……
「ん? 何あれ……や、やだ! 何すん……た、助け……!!」
『ちょっと、もしもし、もしもし!?』
 一瞬の出来事だった。電話を受けた少女は、突然聞こえてきた悲鳴に驚き、既に通話の途絶えた電話機に向かって何度も呼び掛けていた……

***

「……どうぞ」
 同刻。夕食を終え、寛いでいた白鳥瑞科の部屋を訪れる人物が居た。
「お邪魔するね。新しいコスチュームが出来たから、届けに来たの」
 ドアを開き、入って来たのは小柄な女性であった。身に纏った白衣が床に付きそうなほど背が低く、顔かたちも可愛らしい為に、私服姿で歩いていると良く警官に『補導』されてしまうという彼女であるが、実は瑞科よりも年上で、しかも博士号を持つ科学者なのである。
「流石はドクター、仕事が早くて助かりますわ」
「んー……前の奴も、少々の体格差には対応できる作りになっていた筈なんだけどねぇ」
「かっ、体が大きくなるのは、わたくしの所為ではありません……体格が変わる事の無いよう、節制もしていますわ」
 珍しく、瑞科がその頬を朱に染める。身長が伸びた訳でも、肥えた訳でもない。なのにサイズが変わる……となれば、答えは一つしか考えられない。同性は勿論、異性が相手であっても直接素肌を見せない限りは動じない瑞科であったが、サイズに注目されるのは恥ずかしいらしい。
「しかし……幾ら体にフィットさせた物を作る為とはいえ、シリコンで型まで取られるとは思いませんでしたわ」
「僅かでも狂いがあってはいけない、科学者とはそう考える生き物なんだよ」
 言いながら、科学者はケースに入った新コスチュームを瑞科に手渡した。既に部屋着姿となっていた彼女は、それを試着する為に着衣を取らなくてはならない。ショーツ一枚になり、アンダーウェアに手を伸ばす……が、そこで更に待ったが掛かる。
「今度の奴は強度アップを図った新型なんだ。そのババシャツは要らないよ。ほら、コスチュームと一緒に入っているでしょ?」
「……これですか? 普通のブラのようですが」
「少しでも、身を締め付ける要素を減らそうと考えてね。大丈夫、強度は保証するから」
 そこまで自信があるのなら……と、瑞科はそれを着けてみた。スポーツブラの表面積を削ったような外見のそれは、なるほど今までのように上半身をスッポリ覆う恰好になるシャツ型とは異なり、関節を抑制しないので非常に動き易かった。それでいて、胸が揺り動いて苦痛を感じる事の無いよう、しっかりとサポートするように作られていた。尤も、そのお蔭で今まで以上に胸の形が強調される事となっていたが。
「その大きさにピッタリ合わせて作ってあるからね、今度のコスチュームは」
 腰周りを覆うコルセットを装着しながら、瑞科はその説明に耳を傾ける。と云う事は、今までより更にタイトになるのではないか? と云う疑問が頭を過った。が……新コスチュームは、タイトさなど忘れてしまう程の動揺を彼女に与えた。
「か、軽い!?」
「そ。生地を薄くして、軽くしたんだよ」
「生地が薄くなったら、強度が落ちるのでは!?」
「心配いらないよ。斬撃・刺突攻撃に対する強度は30%増し、鎖帷子よりも強いんだよ」
 些か信じ難い話ではあったが、その言に嘘は無かった。試しに瑞科が自らナイフの刃を裾に当ててみたところ、傷一つ付かなかったのだ。
「着心地はどう?」
「ええ、動き易いですわ。軽くて丈夫で……」
 と、感想を述べている時に、出動要請が掛かった。帰宅途中の女子高校生が消息を絶ったという内容である。しかも、現場に急行した警察官の話では、光る人型の影が宙に舞っていたと云う話であった。だからこそ、教会に依頼が掛かったのであろう。
「丁度いいよ、新型の性能を試してきなよ」
「そうですね。どうやら相手は人外のようですし、強度を見るにはおあつらえ向きですわ」
 そう言って身を翻すと、瑞科は夜の闇へと姿を消した。現場は教会からさほど離れていない、郊外の一本道。徒歩で赴ける距離である。しかし繁華街を抜ける必要があった為、修道服の上にポンチョを纏っての出動となった。

***

「……あー、ビックリしたぁ! こ、これ、マネキンなのか!?」
 その頃。研究室に緊急事態を伝達しに走った黒服の男が、室内にあったマネキンを見て腰を抜かしていた。然もありなん、それは瑞科の体から型取りして作られた精密な模型であり、且つ顔もソックリに作られていたのだから。しかも一糸纏わぬ素裸の状態で室内に立っていたのだ。これは堪らない。彼は一瞬、瑞科が裸でそこに立っているものと見紛ったのである。尤も、彼が発声しても悲鳴を上げたりしなかったので、人形と気付いたようだったが。
(ど、ドクターの趣味か!? そっ、それにしても、何てリアルな……)
 彼は己の劣情に勝てず、マネキンを凝視していた。その姿を背後から科学者が見て、薄笑いを浮かべていたが……それはまた別の話である。

***

 シンと静まり返った、薄闇の中。瑞科は感覚を研ぎ澄まし、周囲の気配を伺っていた。
「警察の方は……避難したようですね。賢明な判断です……しかし相手の姿が見えませんね」
 証言によると、相手は光を放ちながら空を舞うと云う事の筈。しかし、それらしい姿は見当たらない。
(!! 鞄……学生さんの物ですね。と云う事は……)
 と、そこへ一人の女学生が近付いてきた。瑞科はその気配に気づき、警戒しながら彼女に問い質した。
「この辺で、奇妙な人影が目撃されたと聞いたのですが……御覧になりました?」
「知らない……その鞄は私の物、返して」
 おかしい……表情は能面のように固く、声にも抑揚がない。まるで操り人形のよう……と直感した瑞科は、破邪の印を封じ込めた十字架をかざして見せた。
「ぐあぁぁぁぁぁっ!!」
 刹那、少女の身体から蒼白い光の塊が分離した。そしてそれは……やがて人型を為し、瑞科の前に立ち塞がった。が、それを見た彼女は、思わずたじろいだ。
「……な、何で裸なんですか!?」
 正確に言えば、相手は裸では無かった。しかし、衣服の意匠が素肌に密着する全身タイツのようだった為、瑞科の目には全裸に見えたのである。尤も、悪魔に人間と同様の羞恥心があるかどうかは、疑問ではあったが……

<了>