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<東京怪談ノベル(シングル)>


―美貌と云う悪魔・2―

「な・に、してるのかなぁ?」
「ぅおわ! どっ、ドクター! あ、あの! 出動要請が……」
 研究室の中で固まっていた黒服の男に、科学者が声を掛けていた。無論、それによって彼がどのようなリアクションを取るか、承知の上で……である。
「瑞科ちゃんならもう出たよ。それより、その人形が気になる?」
「そっ、それは、その……だ、だって、只のマネキンにしちゃあリアルすぎて……」
「当たり前だよぉ、本物の彼女を型取りしたんだから。彼女のヌードそのものだよぉ」
「……!!」
 黒服、悶絶。そして、この目撃談は瑞科には内密に……と、涙ながらに懇願する彼の姿があったという。

***

 一方、瑞科は出現した相手の姿に辟易し、赤面しながら相対していた。
「み、見ている方が恥ずかしくなりますわ」
「度し難いな。この姿の何処に、羞恥を感ずる要素があると云うのか」
 やはり、根本的に感性が異なるのだろうか。例えるなら、野生動物が無着衣であっても可笑しくない……と云う考え方に類似するように思える。
 今まで相手にしてきた人外は、全て衣服を纏っていた。なのに、この悪魔は何故? と云う疑問が、当然のように思い浮かぶ。
「……逃がさん、その身体は我の擬態に丁度良い」
「冗談じゃない……罪なき一般人を、危険に晒す訳には参りません!」
 とは言ったものの、気絶した人間を庇いながらの戦闘は明らかに不利を招く。出来れば早く意識を取り戻して! と、瑞科は祈りながら悪魔の攻撃を回避していた。
「ほう、人間にしては動きが良い……だが、ハンディを背負ったまま、何処まで耐えきれるかな?」
「クッ……!」
 埒が明かないと判断した瑞科は、確保した女子高生を抱えたまま、片腕で電撃の乱射による弾幕を展張した。これは存外に効果があったようで、怯んだ悪魔が自分たちから目を離した隙を狙い、雑木林の中に逃げ込んだ。そして草叢の中に女子高生を隠すと、その位置を悟られぬよう、離れた位置から姿を現し、ポンチョを脱ぎ捨ててファイティングポーズを取った。
「お待たせしました。さあ、本気で掛かっていらっしゃい!」
「ふん、そこか……人間如き、本気で掛かるまでも無い」
 悪魔は片手を前に出すと、そこから熱線を発射した。当然、瑞科にもその攻撃は見えていたので、余裕でそれを躱した。が……
「そのような緩い攻撃では、わたくしは……えっ!?」
 完全に見切っていた。熱線がどのような弾道を辿り、自分に到達するかは分かっていたのだ。だから、紙一重でそれを躱して見せたのだ。しかし、修道服の肩口は見事に融解していた。
(まっ、まさか! この新素材、斬撃には強いけど熱には……! だとしたら、相性最悪の相手ですわ!!)
 衣服の融解を避ける為、大降りに回避すれば距離は取れる。しかし、それでは攻撃に転じる前に隙が生じる。それに、回避範囲が大きくなればなる程、周囲への被害は大きなものとなる。それは避けなくてはならない。
「手早く片を付けなくては、大事に障りますね!」
「片を付ける? そのような事が可能と考えるか! 人間!」
 熱線による攻撃は激しさを増して行く。それと共に、瑞科の修道服もダメージを受けて行く。体は無傷であるにも拘らず、だ。既に両袖は喪失し、スカートも膝丈あたりまで融解している。このままではいずれ、丸裸にされてしまう。
(洒落になりませんわ……何とか攻勢に転じないと!)
 瑞科もやはり年頃の乙女、肌を晒す事は憚りがあるようだ。いや、過去に彼女の下着を拝んだ事のある者は存在するのだが、ほぼ例外なく斃されている。強いて言えば、教会に居る黒服の男が『見せパン』を目撃した程度である。
(此方の電撃も有効打にはなるのでしょうが、悉く回避されてしまっている……わたくしに迷いがあるから? だから攻撃にも甘さが出ている……? しかし、裸で帰る訳には参りませんし……)
 睨み合いが続く。と言っても、悪魔の方としては『いつでも斃せる』と云う余裕から、瑞科の出方を伺っている様子が見て取れる。依然、不利なのは瑞科の方なのだ。
(あと3〜4発の至近弾があれば、わたくしの衣服は全て溶け切ってしまうでしょう……せめて、相手の弱点だけでも見えれば勝機は……ん?)
 はて……と、瑞科はある違和感に気付いた。確かに、目の前の悪魔はほぼ全裸と言って良い程に、体のラインを露出してはいる。だが、顔の部分と他の部分の色が異なるのだ。つまり……
(博打ですわ! 肉を切らせて、骨を断つ!!)
 瑞科は衣服を庇う事を諦め、大技の展開に出た。大出力の電撃を相手に向けて放出する策である。が、これにはエネルギーの充填に数秒を要する。その間に、修道服は完全に融解してしまうだろう。しかし、それ以外に活路は見いだせないのだ。
「ぬうぅぅぅぅぅ……ッ!」
「漸く諦めたか、人間!」
 容赦のない攻撃が、瑞科を襲う。だが彼女はギリギリの処でそれを躱し、漸くエネルギーの充填を完了させた。その時、瑞科は乳房とショーツを完全に露出させた、無防備な姿になっていた。
「お覚悟!!」
「なッ……高エネルギーを拡散させたか! よ、避けきれん!」
 広範囲に拡散した電撃は、悪魔の退路を塞ぎ……そしてその身を覆っていたスーツを、見事に四散させていた。瑞科の睨み通り、相手も衣服で裸身を覆っていたのだ。
「!! お、おのれ人間! 我に、このような辱めを……!」
「お互い様です、新調したばかりの戦闘服を貴女は……!!」
 悪魔は空中で全裸となり、何とかその身を覆い隠そうと懸命になっている。どうやら、衣服の再生には時間が掛かるらしい。そして、瑞科がこの隙を逃す筈は無かった。
「同じ女性として、心は痛みますが……貴女は人間にとって畏怖となる存在、滅さねばなりません!」
「クッ……このまま、むざむざと敗れる我ではない!」
 上空の悪魔は、太股の付け根を手で覆い隠し、可愛らしい胸を晒しながら、片手で熱線を発射する。しかし、そのような狼狽え弾の命中を許す瑞科ではない。彼女は小さく『アーメン』と唱えると、電撃によって形成された槍を、無数に撃ち出した。如何な高級魔族とは言え、直撃弾を無数に喰らえば大ダメージは避けられない。全身に被弾し、地面に落下した悪魔の傍に掛け寄ると、瑞科は『言い残す事は?』と告げ、彼女に最後の発言権を与えた。
「……身体を、覆うものを……」
「……良いでしょう。ご安心なさい……貴女の素肌は、誰にも見せませんから」
 その一言を最後に、瑞科は悪魔の左胸に手を付き、最大限の電撃を放射していた。刹那、その身体はサラサラと風に舞い、微塵となって空へと消えて行った。

***

 ポンチョに身を包んだ瑞科が教会に戻ったのは、その1時間ほど後の事であった。意識を取り戻した女子高生を自宅まで護送し、量販店で最低限の衣類を買い求めて身を包み、そして帰還したのである。
「あれぇー? 瑞科ちゃん、新しいコスチュームは?」
「ドクター……重大な欠陥ありですわ。あの素材は熱に弱く、戦闘開始とほぼ同時に大部分を喪失しました」
「え!? そ、そんな筈は……ぬうぅ! やり直しだぁ!」
 そんな科学者を見て、瑞科は『大丈夫なのかしら』と苦笑いを浮かべていた。そしてダイニングで黒服を見付け、何か飲み物をと頼もうとしたのだが、彼は何故か赤面して俯き、瑞科の顔を見ようとはしなかったと云う。

<了>