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<東京怪談ノベル(シングル)>


―夢と現実と・1―

『お待たせ致しました!
 MMO「魔界の楽園」、いよいよ正式稼働です!
 今なら新規登録特典と致しまして、ゲーム内通貨1万ポイントプレゼント中!
 既にアカウントをお持ちのユーザー様は、それまでのデータを反映してのスタートが可能です!
 さあ、今すぐアクセス!!』

 ……このようなメールが届いたのは、つい先刻の事だった。携帯電話の画面を見ながら、海原みなもは頬杖をついていた。
「何、浮かない顔ね?」
「あ、うん……今までも、こうして自信タップリに広告を打ち出して、挙句にトラブル起こしましたからね。今度は大丈夫なのかなぁと思って」
「あー、うん。そう聞くとちょっと心配かな?」
 傍らでゲーム機を携え、アドホック対戦プレイを中断して返答した瀬名雫が控え気味に同意する。彼女もβ版での惨状を見聞きした事があり、その世界の概要を知っている為に、不用意にログインする事は躊躇われたようだ。
「どうしたのぉ? いつ来るかと思って、待ってたのにぃ」
「きゃ! い、いきなり出て来ないでください、ビックリするじゃないですか」
 唐突に会話に割って入ったのは、ゲーム画面の中で微笑んでいる、黒いローブに三角帽子がトレードマークの、如何にも魔女と云った装いの女性であった。
「大丈夫だと思うよ? ザッと中身を見て来たけど、βの時みたいな不完全さは無いしね。それに今度は一般向けに広く普及するから、安全性は保証できるレベルだよ」
「んー、貴女がそう言うのなら……でもなぁ……」
 安全は保証できるレベル、なのにログインを躊躇う。その理由は何なのか……と、案内役の魔女が考えている処で、みなもの携帯電話が着信アラームを鳴らした。それを『待ってました!』と言わんばかりに手に取ると、彼女は声を弾ませて通話ボタンを押した。
『もしもし? 俺だけど。メール見たかい?』
「うん! 初ログインは一緒にと思って、待ってたんだよ!」
『アハハ……こっちは準備OKだよ、いつもの噴水前で待ち合わせようよ』
「わかった! すぐ行くね!」
 短いやり取りであった。が、相手の声を聞かずとも、その内容は手に取るように分かる。ゲーム画面の中で、魔女は苦笑いを浮かべながらその様を見ていた。また、傍らの雫もジト目になっている。
「なるほどぉ、そういう訳だったのね?」
「あ、う……べっ、別にいいじゃないですか。ま、万一の事があっても、誰かと一緒なら怖くないから……だから……」
 尻すぼみに、声が小さくなっていく。みなもはβ版から正規版へのアップデートが行われる事は既に知っており、オープンしたら一緒にログインしようと、とあるキャラのユーザーと密約していたのだ。それが誰なのか、もう問い質すまでも無い。既にリンゴのように赤く染まった彼女の顔を見れば、一目瞭然である。
「ほら、行きなさいよ。待ち合わせに遅れるのはマナー違反よ?」
「ちょ、ちょっと遅刻するぐらいで丁度いいんです!」
 何を根拠に……と、魔女は苦笑いから呆れ顔へと表情を変化させ、『早く行きなさいよ』と内心で催促していた。

***

(あれ? 変身のプロセスが変わってる……何か意味があるのかな?)
 怪訝に思いながら、みなもはフワフワと浮かぶ全身タイツのような『ラミアの着ぐるみ』を手に取る。これまではこのようなギミックは無く、本当に『変身』するかのように全身が変化して行った。が、わざわざ着替えを模したスタイルに変更されているのだ。武装であるクローも、着ぐるみの方に装備されている。
(却って、面倒臭くなってない?)
 些かの違和感を拭い切れぬまま、みなもは着ぐるみを着けるのに邪魔となる衣装を取り、下着姿になって『ラミアの着ぐるみ』を装着し始めた。上下に別れたセパレートタイプになっており、尻尾の部分はそのまま両脚を突っ込む形になっている。その為、着用するには尻を付いて足を上げなくてなならない。そして上半身をシャツのように着けると、徐々に着ぐるみと一体化していった。そして最後に、素裸状態の胸を覆うブラを選択し、装着する。この辺りは実に芸の細かい演出が為されていた。
「装備はオッケーかな?」
「あ、はい。これでオッケーです」
 聞こえて来たのは、案内役の魔女の声だ。成る程、今までのように『キャラに乗り移る』という感覚ではユーザーも混乱するから、このように『変装する』というニュアンスに変えたのだな、と漸く納得する事が出来たようだ。
「じゃあ、スタートするよ。位置情報は初期化されてるから、全員共通のスタート地点になるよ。あ、彼氏は先にログインして、もう待ち合わせ場所に向かってるから」
「いっけない! は、早くスタートさせて!」
 はいはい、と云う返答を最後に、魔女の声は途切れた。と同時に、カウンターバーのような店の中で目が覚めた感じになった。どうやら、此処がスタート地点らしい。
(このお店は来た覚えがある……そうか、此処からスタートするのね)
 現在位置を把握したみなもは、早速待ち合わせ場所である噴水前に移動しようとした。が、彼女の背をトントンと叩くキャラが居る。誰だ? と思い、振り向くと、そこには……
「エヘヘ、似合う?」
「せ、瀬名さん!?」
「あったりー!」
 何故、彼女が!? と、驚きの表情を隠せないみなもに、そう来ると思ったよ! と云った感じで、ガルダの姿となった雫が説明を始めた。
「あたしも新規登録したんだよ。今回のアップデートから、乗り移りのメカニズムが一般ユーザーにも開放されたらしくてね。アーケード版はコストの問題でチョイ後になるらしいけど、ダウンロード版はプラグインの搭載で解決したらしいんだ」
 はぁー……と、未だ驚愕の表情のままのみなも。しかし、そんな彼女を余所に、雫は説明を続ける。
「いやー、最初は流石のあたしも驚いたけどね。ゲーム機で操作するのかと思ってたら、いきなり視界がグルンって回ってさ。アレが鏡面世界なんだね。ビックリだよ。んで、ハッと気づいたら、あの人がニコニコ笑ってんだもん。いっぱい着ぐるみ持ってさ。『どれがいい?』って……もうね、何が何だかだよ」
「つまり、瀬名さんもゲーム内に『取り込まれた』と……」
「うん。でもね、あたしの場合は既に『乗り移り』の事を知っていたから、説明は不要だったって言ってたよ。多分だけど、初めてプレイする人には、キチンと説明が付くんじゃないかなぁ」
「じゃないと、パニック起こしますよね。絶対」
 苦笑いを浮かべながら、みなもが答える。しかし念願の『乗り移り』が成功して、雫は嬉しそうだった。背中の羽をパタパタと動かしながら、ニコニコしている。その姿を見て、みなもも釣られて嬉しくなる……が。
「あぁっ、ホンワカしてる場合じゃない! ま、待ち合わせ!!」
 大事な約束を思い出し、慌てて席を立つ。その後を、ワタワタと雫が付いて回る。
「な、何で付いて来るんです!?」
「だってぇ、あたし初心者だもん! 襲われたら即死だよ!?」
「ま、街の中だから大丈夫ですよぉ!」
「やだ、怖い!」
 そんな叫びを背に受けながら、みなもは走る。そして噴水前に辿り着くと……
「やぁ、遅かったね」
「……って、え、えぇ!?」
 確かに、そこで待っていたのはウィザード本人だった。が……
「何を驚いてるの?」
「だ、だって、その恰好は!?」
 然もありなん。彼は思い切り『普段着』姿であったのだから。

<了>