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<東京怪談ノベル(シングル)>


―夢と現実と・2―

 噴水広場の前で待ち合わせをしたみなもと、ウィザードの彼。二人は正規版に於いても無事に互いの姿を見付ける事が出来て、ホッと胸を撫で下ろしていた。だが、いつもはローブを纏い、いかにも魔導師と云った姿の彼が、何故かリアル世界で見るような普段着姿になっているのだ。これに驚くなと云う方が無理であろう。
「もしかして、正規版から実装された新機能の事を聞いてないの?」
「新機能?」
 そうだよと言いながら、ウィザードがゆっくりと立ち上がる。そして彼はゆっくりと付け加えた。『戦闘行為を必要としない街中で、ゲームキャラに扮している必要は無いからね』と。
「今回から、ログインしてゲーム世界に入り込む前に、自分のキャラのコスチュームを着込む仕様になったでしょ?」
「うん。何でこんな面倒な事を? って思った」
「初心者が『変身』の過程で混乱するのを防ぐのと、もう一つ。特殊能力『人化』を実行する為なんだ」
「『人化』?」
 要は、キャラに扮している間、その姿を維持する為に魔力を放出してしまう『欠点』を解消する為に追加された機能であるという。『魔界の楽園』ではマップ上を移動するだけで十数歩ごとに魔力を消費する作りになっている。その為、キャラは弁当を持参するのと同じ感覚で、常に魔力回復アイテムを携帯している。また、食事や休息を摂る事で回復する事も可能なので、気に留めてさえおけば問題にはならない項目ではあったのだが。
「成る程、だからそんな軽装で……ところで、それってどうやるの?」
「簡単だよ。ルートメニューを出して、『人化』のコマンドを選べばいいだけさ」
 と、そこまでの説明を聞いた雫が、『私のメニューにそんなコマンドは無いよ?』と疑問を口にした。そこで初めて彼女の存在に気付いたウィザードが、『あんた誰?』と問うた。
「あたしよ、あたし! ほら、この間電話で喋ったでしょ? 瀬名雫だよ」
「あ、あー、思い出した。そっか、あの時の。いやゴメン、顔を見た事が無かったんで」
 ポリポリと頭を掻きながら、ウィザードは『みなもしか見えていなかった』と弁明していた。尤も、それが弁明になるかどうかは疑問であったが。
「この機能は、β以前からのユーザー特典なんだ。正規版から参入したユーザーは、この機能を使えないそうだよ」
「はー……ま、いっか。あたしには別に必要ないからね、その機能」
 今だって、デートの邪魔になるから人間の格好になってるだけでしょ? と雫はジト目になる。が、それを彼は『そうだよ?』と軽く受け流す。最早、彼にとってみなもとの仲は隠蔽するまでも無い事であったらしい。
「えーと……あ、あった! じゃあ、あたしも……」
 うんうん、とウィザードは『人化』コマンドを実行するみなもを見守っていた。しかし彼は刹那、思わぬアクシデントに目を覆う事となる。
「あ……あ!?」
「ちょっ……変身の時、服脱いじゃったの!?」
 そう。そこには、見事に下着姿を晒したみなもの姿があったのだ。蹲り、悲鳴を上げてしまった為、彼女は更に注目を浴びる結果となってしまった。流石のウィザードもこれには慌てた。
「は、早く元の姿に! コマンドを解除するんだ、早く!」
「え、えっと……『変身』!」
 みなもは瞬時に、ラミアの姿に戻った。そして『人化』コマンドのメカニズムを、そこで初めて理解したようだ。
「そ、そっか……『人化』ってつまり、コスチュームをパージする事なんだね」
「そう。今度のアプデで、武装の大部分はコスチューム側に付く事になったんだ。だから武装と一体化したスキルは『人化』を実行している間は発動できないんだ。だから弱体化してしまう……その代わり魔力消費を抑えて、レーダーから姿を消す事が出来るんだけどね」
 つまり、ウィザードは普段着を着用したままでコスチュームを重ね着したのだ。尤も、彼の場合はコスチュームと云っても、ローブを纏ってロッドを握るだけなので、普段着を着たまま扮装しても問題は無いのだが。
「なーんだ……じゃあ、可愛い服を着てデートとかは出来ないんだね」
「ラミアとか、素肌が露出した系のキャラだと厳しいね。あぁでも、パンツルックに薄手のTシャツとかを着たまま扮装すれば大丈夫じゃない?」
「そっか、この世界はいつも同じ気候だもんね」
 未だ紅潮したままのみなもが、何とか平静を装ってウィザードの説明に相槌を打ち、今のは夢だ、無かったんだと自分に言い聞かせている。尤も、彼の記憶には今の姿が強烈に残ってしまったようだが……それを口に出すほど、彼は愚かでは無かった。
「さて、これでキミが軽装な理由は分かったよ。でも、みなもちゃんが『人化』出来ないんじゃ意味ないよね」
「確かに浮いちゃうしなぁ。少し機能確認を兼ねて街を歩きたかったけど、しょうがない」
 そう言うと、ウィザードも人化を解いてキャラの姿になった。黒いローブを身に纏ったその姿は、普段着姿の時よりも精悍な印象を受ける。
「ところで、今日は時間ある? フィールドマップを少し歩いて、雰囲気掴んでおきたいんだけど」
「あたしは平気だよ、そのつもりで待ってたんだし」
「右に同じ。部屋で一人お留守番は、ちょっと辛いからね」
 ウィザードの問いかけに、みなもが先に答え、それに雫が追従する。但し、既に神獣キャラですら相手に出来るみなも達と違い、雫は全くの初心者。単なる格ゲーの時代から経験を積んでいる二人とは、実力差があり過ぎるのだ。
「スキルは? 俺は森林地帯用に纏めて来たけど」
「あたしはオールマイティ、って言うか何処に行っても変わらないよ。攻撃はクローだけだし」
「選択肢など無い! 初心者なめんな?」
 いや、嘗めるとか……と、雫を除く二人は苦笑いを作る。しかし、当の本人は無駄にヤル気を出し、早く行こうよと翼をパタパタ動かしている。街の中では彼女の数少ないスキル『飛行』も使えない為、ウズウズしていたのだ。
(……典型的な初心者だね)
(いつもはもっとクールなんだよ。でも『乗り移り』が出来て、よほど嬉しかったみたいで)
 ハァ……と溜息をつき、こめかみを押さえるウィザード。それを受け止めるみなもも、『今日は疲れそうだなぁ』と憂鬱そうな雰囲気を隠せずにいた。
「んじゃ、瀬名さん。最初のうちは俺らから離れずにね。危ないから」
「街を一歩出たら、戦闘解禁ですからね。後ろからズバッ! なんて事もありますよ」
「元からそのつもりだよ。素人がいきなりダンジョンに入ったりすると思う? その辺は分かってるよ」
 いや、コレは普通のRPGとは違ってね……と、二人は更に不安げな顔になる。一般的なRPGの場合、スタート地点付近に点在する敵キャラは雑魚ばかりで、初期装備と低いレベルでも渡り合えるように出来ている。だが、この『魔界の楽園』は違う。RPGの要素は含まっているが、共通のボスを倒す為に旅をするのでは無い。フィールドに居る全員が敵なのだ。つまり……
「えーと、スキルってどうやって使えば……あぁ、思い浮かべれば良いんだね」
「そうそう。例えば『飛行』なら、翼を動かして宙に浮く様を……」
 ニコリと笑うウィザードの光弾をモロに受けたハーピーが、雫の真後ろから落下していく。
「想像すれば良いんだよ、但し安全を確認してからね」
「そうする……」
 街を一歩出れば戦場。この言葉を噛み締めて、雫は冷や汗を流すのだった。

<了>