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<東京怪談ノベル(シングル)>


破壊には安らぎを、武装には花を(5)
 硝煙の中、黒髪は揺れる。女は夜を疾走し、美しき肢体を動かしながら敵と交戦している。
 彼女の視線の先にいるのは、揺らめく影。あやかしは無数の武器を操り、琴美に狙いを定めていた。
 先程から幾度なく周囲には発砲音が響いている。けれど、銃弾が琴美の透き通った肌を汚す事はない。彼女は見る者を吸い込んでしまいそうなどこか怪しげな色気を纏った漆黒の瞳で弾道を見切り、艶やかな髪から僅かに顔を覗かせる形の良い耳で銃声を聞き分け、豊満で女性らしい己の体へと迫る気配を逃さずに感じ、その全てを避けてみせているのだ。
「どこを狙っていますの? 貴方様が使い捨てた人々のほうが、よっぽど上手に武器を扱っていましたわよ!」
 プリーツスカートから覗く扇情的な足が、踊るように華麗なステップを刻んだ。揺れる着物の帯が、彼女の舞台を更に見目鮮やかにする。
 あやかしとの距離を一気に詰め、琴美は長く伸びた足を振るった。ロングブーツに包まれた爪先が、影へと叩き込まれる。
 続けて、振るわれるはグローブに包まれた拳。降りしきる雨のような琴美の猛攻はやまない。相手に反撃する暇を与えぬまま、彼女は鮮やかな動きで追撃を加えていく。
 声帯を持たぬ影は声なき悲鳴をあげるかのように大きく揺れ、そして消えていった。
 残るは、彼のみだ。琴美は、男の方へと向き直る。
 琴美が今クナイを構えているのは、この世界を、そして今対峙している相手さえも救おうとしているからだ。彼女の武器は、破壊だけを目的としたものではない。誰かを守るために振るわれる。
 だからこそ、彼女は強く、美しかった。
(貴方様だって、昔はそうだったのでしょう……?)
 琴美は、眼前の男を見つめる。返事は返ってこない。相手はあらぬ方向を見て、微笑み続けている。大事そうに、その胸には武器を抱えて。
 確かに、昔の彼ではこのように強力な武器は作れなかった。なにせ、魂を売ってまで得た技術だ。もし彼があやかしに出会っていなければ、一生かかっても手に入れる事は叶わなかっただろう。
 それでも、誰かを殺すためではない……誰かを守るための武器を作る姿は、確かに美しかったはずだ。
 琴美の手から放たれたクナイが、空を駆ける。男へと真っ直ぐと向かって行く。
 男も武器を構え、琴美の事を狙い撃つが彼女の事をとらえる事は出来ない。
 琴美は疾駆し、相手との距離を詰める途中に手を懐へと伸ばした。そして彼女は、そこに隠し持っていたものを取り出す。
 それは、一本のナイフだった。
 特別な力を有しているわけでも、魔力のたぐいが宿っているわけでもない。どこにでもありふれた、ただの短刀。
 かつて、この男が正気だった頃に作り上げた武器の内の一つだ。丁寧に作られたこれを琴美は気に入り、懐に忍ばせ幾多もの戦場で活用してきた。
 強さとは、どの武器を使うかだけが大事なわけではない。武器を誰がどう使うかも大事なのだ。
 よりよい武器を作るために狂ってしまった男。けれど、彼の武器は本当はすでに完成されていたのだ。彼のナイフは、幾人もの悪を切り裂き、幾人もの命を救ってきた。その刃は、何人もの人々を守ってきた事を誇りに思うかの如く美しく輝いている。
 琴美は自らの手にある武器の力を、最大限に引き出す。特別じゃないはずの武器は、彼女の手により特別なものへと変わる。
 琴美はとっくの昔に、彼の武器をたとえ魂を売ったとしても辿りつけない高みへと導いてくれていたのだ。
 彼女は今宵も、戦場を駆ける。手には武器を持って。守るために、そして救うために。
 クナイが男へと突き刺さる。それに続くように、迷いなき動きで琴美はナイフを振るった。美しき軌跡を描きながら、彼の命へとその刃を突き刺す。
 花が咲く。真っ赤な、鮮血の花が。
 その花弁と共に、散りゆくは男の命。
 鮮やかな真紅に衣服を染めながら、男はゆっくりと倒れていく。そして、二度と、起き上がってくる事はなかった。
 
 男の死、そしてあやかしの消滅によって、彼らの武器も魔法が解けたように崩れていく。破壊の凶器は、全てガラクタへと化した。
「――任務完了、ですわね」
 琴美は本部へと通信を繋げ、処理班を要請する。今度は遺体が消えるなどという、奇妙な事は起こらなかった。辺りを支配している穏やかな静寂が、今回の戦いが終わったのだという事を告げる。
 琴美は倒れ伏した男を見下ろし、瞼を閉じ祈った。
「どうか、安らかにお眠りくださいませ」
 そして願わくば、もし次に生まれ変わるとしたら、破壊のない世界で過ごせるように。
 風が吹く。供えられた手向けの花が、彼の代わりに頷くかのように一度だけその身を揺らした。