コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


「……」
草間興信所の片隅に座り込んだ少女は、草間の行動をずっと見つめ続けていた。
何も言わないオッドアイの少女に、少し困惑しながら草間が声をかける。
「あー……あれだ。おまえ、珈琲でも飲むか?」
ゴシックロリータ調の服を着て、綺麗になったばかりの床に座り込んだ遥瑠歌は、無表情のままじっと草間を見つめた。
表情の変わらないオッドアイに見つめられる、というのは結構のプレッシャーがかかるのだと草間が感じていると。
「草間・武彦様」
少女が声を上げた。
相手の事をフルネーム且つ様付けで呼ぶのは、遥瑠歌の癖だ。
直そうと何度も試みたが、少女は断固として拒否したのを覚えている。
「草間・武彦様」
もう一度呼ばれて、はっと草間は意識を戻す。
「何だ?」
問いかけると、小さな少女は座り込んだまま、驚くような事を口にした。
「『こーひー』とは、何で御座いましょう」
「……は?」
目を丸くする草間と零に、遥瑠歌は微かに表情を曇らせた。
滅多に変わらない少女の表情の変化に、更に草間が驚く。
「わたくしの居た空間には、その様な物は存在しませんでした。何分、わたくしと砂時計。それと迷い込まれたお客様しかいらっしゃいませんでしたから」
遥瑠歌は今まで、此の世界とは別の、何も無い漆黒の空間に居たらしい。
それが、草間の砂時計が今迄に無い動きを見せた事に、初めて『興味』という感情を抱いて、興信所へとやって来たのだ。
感情も、常識も何も知らない少女。
それが遥瑠歌だ。
「……よし。今日は臨時休業だ」
「休業、で御座いますか」
立ち上がった草間に、少女が表情を常に戻して首を傾げる。
「今日は遥瑠歌の勉強会だ。事務所じゃ知れてるし、出かけるぞ」



フェイト(8636)は、徹夜明けで気怠い体をぐっと伸ばした。
「草間さん達、大丈夫だったかな……」
急に仕事が入ってしまって、結局二人のその後を見守ることが出来ず、仕事の間のずっと気になっていたのだ。
かなり強引に草間へと押し付け、そのまま仕事へと向かってしまったのだから、当然と言えば当然だろう。
「とにかく一度家に戻って、少し休んでから……」
ふと姿勢を戻したフェイトのその視界の端に、ふと何かが映った。
何処か気だるげなこげ茶のジャケットと、その後ろを音もなくついていく黒を基調としたゴシックワンピース。
ちぐはぐなその二つの影を見つけた瞬間、彼は疲れを何処かに追いやったかのように駆け出す。
「草間さん」
フェイトの声に、目を細めつつ振り返る草間と、会った時と同じ無表情で振り返った少女が彼をみやる。
「よぉ、フェイト。仕事大丈夫だったのか?」
「はい」
足を止めた流れで、胸ポケットから煙草を取り出した草間に軽く会釈した後、フェイトは微笑みつつ腰を折った。
無表情の紅玉と水銀のオッドアイを見つめる。
「やぁ、おはよう、でいいのかな?」
「お早う御座います『    』様」
名乗ったはずのない本名をさらりと呼ぶ少女に苦笑をひとつ。
本当にどうしてこの少女は、自分の名前を知っているのか。
(能力者、になるのかな。この子も)
「ちゃんと名乗ってなかったね。僕は『フェイト』っていうんだ。よろしくね?えぇと……」
そういえば。
自分が『今』の名前を名乗ったはいいものの、良く考えれば眼前の少女の名を知らないのだ。
確か少女は自分の事を『創砂深歌者』と言っていた。
けれどどう考えても、それは名前ではないだろう。恐らくそれは役職というか、能力者としての呼称というか。そういうものだろう。
「『遥瑠歌』で御座います」
無表情な少女が、小さく色違いの瞳を瞬かせながら音を紡ぐ。
「草間・武彦様が、わたくしにその名を与えて下さいました。ですからわたくしは『遥瑠歌』で御座います」
何処か誇らしげにそう告げる少女の頭を、思わず撫でてしまったのは反射だろうか。
「それじゃあ遥瑠歌。改めてよろしくね」
こくりと頷いた少女――遥瑠歌の頭をもう一度撫でて、フェイトはゆっくり体を起こす。
軽く伸びをするフェイトを見て、草間は煙草に火を着けつつ何か思いついたかのように口を開いた。
「丁度いい。フェイト、お前も手伝え」
「はい?」
手伝うとは、一体何の事だろう。
首を傾げたフェイトを見て、草間は肩を竦めつつ手にした安物のライターを遥瑠歌へと見せた。
「遥瑠歌、これが何か分かるか?」
(いや、草間さん。いくらなんでもそれは……)
思わず苦笑を漏らしそうになったフェイトの傍で、紅玉と水銀の瞳を持つ少女は、常の無表情のまま。
「いいえ。存じ上げません、草間・武彦様」
至極当然のことだと言わんばかりに、そう告げるのだった。

「人の名前は知ってるのに、物の名前は知らないなんて……」
のんびりと歩きつつ、思わずぽつりと呟くフェイトを見上げつつ、遥瑠歌はゆっくりと口を開いた。
「わたくしが人の名を存じ上げているのは、心を読んでいるからでは御座いません。フェイト様」
思わず心を覗かれたかのようなその言葉に、フェイトは無言のまま足を止める。
「人の心を読む事は不可能で御座います。わたくしに出来る事は、砂時計を介した情報を得る事だけで御座います」
「いや遥瑠歌。それを一般的には『読んでる』って言うんじゃねぇか?」
「……そうなのでしょうか」
申し訳ありません。気を付けます。と頭を下げる遥瑠歌に手を振って大丈夫だと伝え、フェイトは苦笑を一つ。
なかなか難しい少女だ。
恐らく、本人は本当にそのつもりはないのだろう。ただ、手に取るように分かってしまうのが、少女にとっての『自然』なのだ。
(これは今度、その辺りの話もした方がいいかな)
遥瑠歌がこれから草間と共に過ごすのなら、その辺りの制御も必要だろう。
「まぁ、その辺りはまた追々な。その前に必要なのは知識だ」
草間の意見は最もだろう。
遥瑠歌というオッドアイの少女は、人の名前とそこから伝わる何かを知る事は出来る。
しかし、それ以外の。つまり、人でないもの以外はさっぱりなのだ。
『ライター』というものの名前ですら、少女は知らなかった。
「そうですね。それじゃあ、遥瑠歌さん。ゆっくり街を歩きながら、気になるものがあれば声をかけてくれますか?僕たちで教えられるものは教えますから」
「有難う御座います、フェイト様」

遥瑠歌が主に興味を持ったのは、不思議なことに広告やポスター類だった。
「フェイト様、あれはなんで御座いますか?」
「え?あぁ、あれはポイ捨てはやめましょう。っていう呼びかけみたいなものだよ。ポイ捨て、っていうのは……」
「……おい。なんでそこでこっち見るんだよ」
「いえ。その煙草どうするのかな?って」
「草間・武彦様。ポイ捨てはやめましょう、とあの女性がおっしゃっていますが」
「わぁってるっつの。ちゃんと携帯灰皿持って来てるからな」
そんな会話を交わしつつ、あれはなに。これは。あちらは。と次々質問してくる少女の表情が、どこか楽しげなものに見えるのはフェイトの気のせいというわけではないはずだ。
何となく楽しくなってきたフェイトが笑みを浮かべる。
そんな彼の服を引いた遥瑠歌が、あれは、と指さした先には広告ではなく一軒の店。
「あそこに、沢山の人がいらっしゃいます。あちらはなんでしょう」
「あぁ、あそこ?あそこはファミリーレストランって言ってね。比較的安い値段で色々な種類の食事が……」

――きゅるぅ……。

フェイトの言葉に重なるように響く音に、新しい煙草を取り出そうとした草間と、服を引っ張る遥瑠歌が同じタイミングでフェイトを見やる。
「……フェイト様。今の音はなんで御座いましょう」
「え、いや、えぇと……あはは……」
そうだ。急な仕事が入って、そしてやっと解放されたのが明け方で。
そのあとなし崩しにこの二人に出会った。
気付けばどれくらいの間、食事を摂っていなかったのだろう。
「ま、今のは腹の虫ってやつが鳴いたんだよ。腹が減った!ってな」
「つまり、フェイト様は空腹なのでしょうか」
色違いの瞳が、自分の顔と腹を交互に見ているのが妙に気恥ずかしい。
「丁度いい。今から飯にするか」
小さく肩を揺らす草間を思わずジト目で睨んでしまったのは、仕方のない事だと言えるかもしれない。



「遥瑠歌さん、何が食べたいですか?」
自分の分を選び終えたフェイトが、メニューを少女に示しながら笑いかける。
食べ物についての知識もないのだろう。首を傾げる少女へと、ひとつひとつどんなものなのかを教えつつその表情を伺っていく。
「これはパスタ。こっちはピザ。こっちは……」
ゆっくりと説明と商品の写真を見比べていた遥瑠歌の目が、ふいに一つの食べ物の上で止まった。
「……遥瑠歌さん、これが食べたいですか?」
「あ……いえ、あの……」
短時間とはいえ、基本的に自分の意思をはきはきと口にしていた少女が、初めて口ごもった。
少女が目を止めていたのは、ガラスの器に美しく盛り付けられたアイスや果物。そしてたっぷりとかけられたチョコレートソース。
「チョコレートパフェか。遥瑠歌さんも女の子ですね」
零れた笑みそのままに告げるフェイトと、何処か楽しげな表情で先に運ばれてきていた珈琲を啜っていた草間を交互に見た後。
無表情ばかりだった少女は、紅玉と水銀の瞳を揺らしながら顔を俯かせる。
波打つ銀の髪の隙間から覗く耳が、ほんのりと色づいていた事には、気づかないふりをすることにした。

どうやら初めての食事、というか、食べ物はお気に召したらしい。
どこか柔らかい表情で空になった器を眺めている遥瑠歌と、草間のおごりという事でいつもより少しだけ食事量を増やしたフェイトを置いて、草間は自販機まで煙草を買いに行ってしまった。
二人きりになったところで、ふとフェイトは自分のジャケットの中に忍ばせていたケースを思い出す。
「遥瑠歌さん、少し聞いてもいいですか?」
「はい」
あっさりと器から視線を自分へと向けてくる少女に見える様に、フェイトは懐からケースを取り出すとそっとそれをテーブルの上へと置いた。
オッドアイが静かに、そのケースを――そして、その中に護られるように入れられている『欠片』を見つめる。
「これは、草間さんの、だよね?」
静かに、まるで欠片自体が鼓動を刻むように。そして時間を刻むように。
『動いて』いるその欠片について、フェイトが問いたいのだと『知って』いる遥瑠歌が無言で頷いた。
頷き返して、フェイトは二度、ケースを指先で叩く。
言葉は紡がない。
紡がなくとも、少女には『分かる』のだから。
少女は手を伸ばさない。ケースをただ静かに眺め、そしてフェイトを見つめ返すだけだ。
紅玉と水銀は、静かに凪いでいる。
少女の瞳は言葉よりも雄弁だと、フェイトは思う。
無表情な遥瑠歌の瞳は、よく見ればその奥にしっかりとした意思を宿している。
自分を見つめる少女の頭を一度優しく撫でて、フェイトはケースを自分のポケットへと戻す。
恐らくはそれが、正解なのだと。確信をもって。



「フェイト様」
店を出て、事務所へと向かう草間の後ろを歩いていた遥瑠歌が、さらにその後ろを歩くフェイトへと振り返る。
「なんだい?」
草間は歩みを止めない。気づいていない、訳ではないだろう。
変なところで変な気遣いをするのが、その男だ。
足を止めたフェイトへと向き合った遥瑠歌が、ゆっくりと首を垂れる。
深く、深く。願うように。祈るように。
「これからも、よろしくお願い致します」
――その欠片と、ともに。
顔を上げた、少女の顔に。

フェイトは初めて、微笑を見た。


END

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【8636/フェイト/男/22歳/IO2エージェント】
【公式NPC/草間・武彦/男/30歳/草間興信所所長・探偵】
【NPC4579/遥瑠歌/女/10歳(外見年齢)/創砂深歌者】      


□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

再びのご縁、有難う御座います。
遥瑠歌と名付けられた少女との邂逅、第二話をお送りいたします。
無表情な少女が向けた、小さな微笑。
それは恐らく、信頼の証なのでしょう。

ご発注誠に有難う御座いました。