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<東京怪談ノベル(シングル)>


古代竜の残滓〜水の奇跡〜
 灰色の冷たいコンクリート。それが最初に感じた印象だった。
 のそりと瞼を開くと、シマシマの格子が見えた。ぐるりと大儀そうに首を回す。格子ばかりに囲まれた、大きな鳥かごのような場所だった。
(頭痛がする……)
 みなもは頭を抑えようとすると、手がないことに気がついた。かわりにあるのは大きな翼だ。
(え!? どうして!? なんで着ぐるみ着てるの? ……って)
 みなもはようやく思い出した。新素材タイツの治験のバイトで着ぐるみというか、全身タイツのような物を着た記憶がある。
 それ以外は覚えていない。
(どういうこと……! あれは何か罠であたしさらわれちゃったの? どうしよう!)
 みなもが混乱していると、声が聞こえた。
「やれやれ、一時はどうなることかと思ったが」
 白衣の男性二人が檻の外で話している。
「研究室が一つ吹っ飛びましたもんね」
「ナノマシンスーツに対して外部操作が効いてなかったらこのまま実験はお釈迦だったぞ。損害だけ残って研究がストップするところだった」
「あ、目を覚ましたみたいですよ」
「グルルルル……」(あの……ここはなんなんですか……?)
 不安げな声(鳴き声)をみなもは漏らす。
「俺達の言ってること、わかるか? 君はわが研究所のナノマシンのスーツと融合しているんだ。こちらからナノマシンを操作していかようにもできる、変な考えは起こすなよ」
「そうだぞ、暴れないでくれよな」
(そんなこと、しないよ、それよりここは何なの?)
「ならいいが」
 研究員達はヘッドフォンをしている。ナノマシンを通してみなもの心の声が聞こえているようだった。
「ここも研究所。ナノマシンで君の精神をいましめて、ドラゴンから人間に戻した。戻せたのは心だけだがね」
(ドラゴン……!? そういえばこの体はドラゴンっぽい)
「君も元に戻りたいだろう?」
 研究員の一人が何かを操作する。キーンと耳障りな音が鳴る。みなもを頭痛が襲う。かつて手足であった物が痺れてしまい、コンクリートの床に崩れ落ちる。
(……う……や……めて)
「君の力が必要なんだ、協力してくれるね?」
 また研究員が操作盤をいじる動き。視界が二重にも三重にもなる、船に乗っているように脳が揺れて気持ちが悪い。
(あ……うあ……くっ)
「ナノマシンスーツに囚われた君はこの声に逆らえない」
(…………はい)
 意思はなかった。ただ声のままに従うだけ。何か考えようとするとひどく痺れが襲い、頭がぼうっとする。
「せっかく完成させた竜とナノマシンの合成スーツなんだ。返してもらうよ」
 その声に呼応するように体中の細胞が震えだす。
(……っ!?)
 ナノマシンスーツと融合してしまうというこの結果は、みなもが無意識に古代竜とシンクロし、水を操作する能力で体液に古代竜の遺伝子を受け入れ、変態した結果だった。つまり、みなもと古代竜の意思でドラゴンと化している。
 研究員は古代竜の遺伝子に紛れ込ませたナノマシンの操作で無理やりそれを分離しようとする。
 拒絶反応がないはずがなかった。
 翼を無理やり引っ張られる感覚、臓がかき回される感覚。苦しみに、おとなしくしていた身体が暴れだす。翼が鳥かごをたたいた。地面が揺れる。この檻は本当に鳥かごのように吊るされていたようだ。
(いや、やめて……!)
「抵抗するな」
 研究員の声がみなもを縛る。体が硬直する。外に発散されないエネルギーが竜の胸を弾き飛ばす。
「きゃああああああああ!」
 声帯が既に戻っている。喉の奥を引っかかれるような苦痛とともに。
「よし! もっとだ」
 竜のたくましい足をもがれる。
「うわああああああああああああ!」
 中には分離した人間の足がある。強引に剥がされて血が滲む。顔からも背中からもメキメキと音がする。
「君は人間だ、竜ではない」
「……あ! ……うあ……」
 融合しようとする体液と、分離しようとするナノマシン。その葛藤は竜の身体の剥がれ方に明確に出る。鱗が人体に少し残り、皮膚が竜の体に持っていかれる。
 血まみれだった。
「先輩、大丈夫でしょうか」
 操作盤をいじる研究員が手を止めて言う。
「問題ない。培養技術であとで治療すればいい」
「わかりました」
 なおも出力を上げようとする研究員。
「はあ……はあ……」
 みなもは動けない体で次に来る苦痛に耐えようとする。
「がっ」
 しかし、うめき声を出したのは研究員だった。彼の足元まで滴ったみなもの血液が刃となり、彼の手ごと操作盤を貫いている。操作盤はバチバチと火花を散らす。
「何やってる!」
 みなもを操っていた研究員が叱責する。
「先輩……、なんなんですかこれ……!」
 マシンの遠隔操作が切れると、みなもの体に自由が戻った。剥がれ落ちた竜の体が少しずつみなもの身体に戻っていく。
「動くな!」
 研究員の声はもうみなもを縛らない。しかし、報復のように血液は彼の口の中をパンチした。みなもの無意識の水分操作である。そうとう頭にきている。
 みなもの血液が体液に混ざった研究員たちは、スタンガンでも当てられたように、痙攣して倒れた。
 彼らの体液を操って、沸騰させた。無意識といえどみなもの意思なので、すぐに火傷部分の細胞は修復され、大事には至っていない。
(痛たた……少しおとなしくしてよう)
 はがれた竜の体に混じった体液と、人間の体液が反応して身体を修復する。また交じり合う。
 しかし、気がつくとやかましい警報が鳴っている。数人の足音を竜の耳が察知する。
(ゆっくりもしてられないみたい……!)
 みなもはある程度治った竜の身体で、鉄格子をアルミホイルのようにくしゃっと曲げる。そしてまた羽ばたく。大きな羽根で悠然とする様は、圧倒的な強さから来る余裕。
 白衣の研究員たちはすぐに押し寄せてきた。さまざまな形容の銃で撃たれる。一つ一つの玉や針がスローモーションに見えるみなもは翼の一振りでそれを弾く。また、血液が彼らの目に入り、目潰しの役目をする。
「ぐっ……応援をたのむ! 被験体が暴走している!」
 一人の研究員が端末に叫ぶ。その瞬間血液の刃で端末が吹き飛ぶが、他の研究員も同じように連絡を試みる。きりがない。
 本調子ではない体に、押し寄せる人々の銃から発されたひとつが命中した。それはナノマシンに対する猛毒の玉だった。
「くっ」
 みなもは少しの痛みを感じたと思うと、羽ばたくことができずに床に叩きつけられた。
「……うあ」
 思わず呻く。竜の体は完全にガワとなり、心は人間を取り戻した。これからどうなるのか、さきほどまでの仕打ちから恐怖を覚える。
「よし、仕留めた!」
 人間は、特にマッドサイエンティストのような人種はこんな時とても楽しそうな顔をする。
 狩猟時代に返った心は彼らに野蛮な表情をさせた。
 血液対策として、防護服を着た研究員がみなもを囲む。
「相手は竜だ。一番の劇薬をもってこい! 牛でも気絶するぐらい注入しろ!」
「や、やだ!」
 ストローのように太い針の注射がいくつもみなもの体に突き刺された。
 甲高い悲鳴が響く。猛毒が大量に体内に流れ込んで来て、みなもは痛みに一瞬で気を失った。