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真珠の誘い
「お邪魔しまーす。なんでも屋でーす」
ティレイラは目の前にある扉をノックしながら声高らかに、その家の家人に向かって声を掛けた。
少しばかり怪しげな雰囲気のある佇まいをしたこの家は、まさに豪邸と呼ぶべき造りをしたものだった。
真っ青な空の青さとは少々不釣合いな印象を拭いきれない豪邸の前に立っていたティレイラは感嘆の息を吐く。
「それにしても凄い豪邸。一日で終わるのかしら……」
あまりの大きさに思わずそんな言葉をもらした瞬間、ガチャリと音が鳴り扉がゆっくりと押し開かれた。
中から顔を覗かせたのは、ティレイラと同じ年頃に見える一人の少女だ。
魔女の風貌をしているその少女の姿を見て、一瞬ティレイラは言葉を忘れて少女をつい見入ってしまった。が、すぐに我に返ると慌てて頭を下げる。
「あ、こんにちは。なんでも屋のファルス・ティレイラと申します」
「待ってたわ。もう1人じゃ全然片付かなくて困っていたのよ」
少女はまじまじと見つめてくるティレイラを怪訝にひと睨みするも、すんなりと家の中へ招き入れる。
いくつも部屋があるような大きな屋敷の奥へと進むと、少女は一つの部屋の前で立ち止まりドアを開く。
「ここよ」
ひょいと中を覗き込んでみると、書籍や呪具などが溢れかえっており、怪しげな魔法生物までもが右往左往している様子が見て取れる。
見事なまでに足の踏み場もないようなこれらを、どう片付けて行けばよいのか。考えるだけで頭が痛んだ。
「とりあえず、この辺の手近なところから片付けてくれる? あたしはあっちの方を片付けるわ」
少女はそう言うなりさっさと部屋の奥へと進み、山積みになった書籍や道具の間に埋もれて見えなくなってしまった。
短い嘆息を吐き、ティレイラは荷物を前に今一度気合を入れ直しぐっと袖捲りをする。
「よし、頑張って片付けよう!」
自分を励ますようにそう言い聞かせて、ティレイラは側に山積みにされていた書籍に手を伸ばした。
しばらくの間、黙々とした作業が続く。
同じ種類の書籍を集め、埃を払い、側に置いてあった大きな本棚へと綺麗に片付けていく。呪具は丁重に取り扱いながら棚の上へと戻す。
そんなこんなで何とか入り口の付近は綺麗に片付き、見えなかったはずの床も見えるようになった。
長い間降り積もった埃が、そこにおいてあった物の形をくっきりと象っているのを、丁寧に掃きながら取り除きまた次の場所へ。
部屋の奥へと進むに連れて、ふと、奥に置いてあった巨大な二枚貝の存在に気がついた。
「こんなところに二枚貝? 何かしら……」
胸に抱いていた本をその場に置き、そっと二枚貝に歩み寄って腰を折ってまじまじと覗き込んだ。
「何だかこの身の部分なんて柔らかそうで、座ったり横になったら凄く気持ち良さそう。一体どんな呪具なのかしら」
興味深々に覗き込んでいるティレイラの姿を見つけた少女は、短くあっと声を上げる。
「あ、それは……」
そう呟きながらティレイラの側へ近寄ろうとした時、少女は足元に転がっていた書籍に躓いてしまった。
「うわわわっ!」
「え?」
背後から聞こえてきた声にティレイラが振り返るが早いか、少女は思い切りティレイラに体当たりを食らわせてしまう。
何が何だか分からないうちに、ティレイラは視界が大きく傾いだのを感じあれよと言う間に二枚貝の上へと倒れこんでしまった。
「ええぇぇっ!?」
ふにゃんとした感触と生暖かさを体に受けて声を上げた瞬間、バクンッ! と音をたてて勢いよく貝の口が閉まり、ティレイラの視界を奪った。
「ちょっ、えええぇ? 何、全然開かないんですけどー!?」
狭い空間に閉じ込められ、全く周りが見えない状況にややパニックになりながら内側から貝の殻をドンドンと叩いてみる。しかし、一向に開く様子もなく指を差し込むような僅かな隙間すら見当たらない。
背中に当たる感触はなんとも言えない柔らかさではあるのだが、今のこの状況が錯乱状態にさせた。
必死になってもがいていると、ふいに全身がひんやりとした薄膜でパックされたような心地よい感触が包み込んでくる。
それがあまりに心地よくてティレイラは抵抗する力を弱めた。
「あ……なんか、いいかも……」
思わず恍惚とした表情を浮かべるも、真珠層に包まれ始めている自分の危機感までは拭えない。
その心地よさに身を任せてしまいそうになるのを必死で堪えて格闘するが、次第に動く事さえままらななくなってしまったのだった。
「大丈夫!?」
ほどなくして、真珠の口をこじ開けた依頼人の少女がそう声をかけると、ティレイラの姿はすっかり真珠と化していた。
負けじと抗っていた精神面でも完全に負けてしまい、ティレイラは夢心地のなかに漂っている。
「……」
少女はそんなティレイラに抱きつくようにしながら体中をくまなく調べるよう弄り回る。
どこをどう弄ろうとも硬い真珠。完璧な真珠状態のティレイラを確認すると、少女はにんまりと微笑んだ。
「巨大貝に封印された者の研究材料に丁度いいわ! なんてラッキーなんだろう!」
少女は歓喜の声をあげ、口をあけた貝の上にそのままティレイラを飾っておくのだった……。
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