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<東京怪談ノベル(シングル)>


滅びの神殿へ


 お前、割とキレやすいからなあ。
 知り合いに、そう言われた事がある。その通りだ、とフェイト自身、思わざるを得ない。
 頭に血が昇ると、止まらなくなってしまう。幼い頃、父親の肉体を破壊した時から、自分はそうだ。
 インドでは、殴る蹴るの暴行で人を殺した事がある。
「俺にはリミッターが仕掛けられてる……らしい。そいつが外れると」
 某県、とある山村。
 廃村寸前であった村1つが丸ごと、ドゥームズ・カルトの本拠地となっていた。
「俺は……たぶん、止まらなくなる。上手いこと敵だけを選別して叩き潰すような、そんな器用な制御が出来る自信はない」
『だから……あの子を、置いて来たのね』
 すでに姿を消した少女の、声だけが聞こえる。
『あの子が死ねば、貴方は爆ぜて止まらなくなってしまう……死ぬような危険があの子に迫れば、助けるために、守るために、貴方はやっぱり爆ぜて止まらなくなってしまう』
 結果、守らなければならない少女の身を、暴走の巻き添えにしてしまう事にもなりかねない。
 自分には、もはや単独行動しか許されていないのだ、とフェイトは思った。
「俺がどうなるか、見届けてほしい。もしも……」
 自分が、爆ぜて止まらなくなってしまったら。暴走する怪物と、成り果ててしまったら。
 フェイトがそれを言う前に、少女は言った。
『殺して止める……なんて事、あたしには出来ないから。出来ても、する気はないから。そのつもりでいてね、フェイト』


 貧困につけ込む形で、ドゥームズ・カルトは村全体を掌握してしまったらしい。
 村人たちはほぼ1人残らず『実存の神』の信奉者で、信奉しない者に対する暴力的な私刑も行われているという。
 外部の人間に対しても容赦はない、聞いていたが、今のところは襲いかかられたりする事もなく、フェイトは村の中を歩いていた。
 真夜中である。村人たちは寝静まっているのか、あるいは起きて息を潜めているのか。
 真円にいくらか足りぬ月が、村全体に冷たく清かな光を降らせてくる。
 その月光の中に浮かび上がる、禍々しき威容。
 寺院か、あるいは神殿と呼ぶべきか。
 ドゥームズ・カルトの本部施設。その巨大な正門が、怪物の大口の如く開いている。
「わざと捕まって、実存の神様とやらの所まで連れてってもらう……それも1つの手かな」
 呟きながらフェイトは、開けっ放しの正門を堂々とくぐり抜けた。
「まあ、行ける所までは行ってみようか……っと」
 フェイトは、思わず目を見張った。
 正門を抜けると、そこは広大な庭園だった。奇怪な石像が、あちこちに立っている。
 湖のような人工池に、豪奢な橋が架けられていた。
 橋を渡った先が、本部施設の入り口である。
 その橋に、篝火が灯ってゆく。
「俺……歓迎されてる、って事かな」
 煌々と篝火を燃やす巨大な橋に、フェイトは足を踏み入れた。
 その明かりの中に、奇怪なものたちの姿が浮かび上がる。
 彫像か、とフェイトは一瞬、思った。庭園のあちこちに立つものと同じ、異形の怪物たちの石像。
 それらが一斉に、襲いかかって来る。
 石像ではなく、有機的な肉体を有する怪物たちであった。
 皮膚を剥がされた人体、のような姿。隆々たる剥き出しの筋肉は、しかし外皮同然の強靭さを有しているようだ。
 そんな怪物たちが、牙を剥き、皮膚のない剛腕を振るい、その先端でカギ爪を閃かせる。フェイトに向かってだ。
「お前らに歓迎されるのは、嬉しくないな……俺、お前らとは2度と会いたくなかったよ」
 錬金生命体。
 群がり襲い来る彼らの真っただ中で、フェイトは身を翻した。
 黒いスーツはズタズタに裂け、血に汚れ、赤黒いボロ雑巾と化している。
 その懐から、拳銃が引き抜かれる。左右2丁。フェイトの両手に握られながら、火を噴いた。
 フルオート、ではなく単射である。
 回復してもらった、とは言え体力も気力も残弾も、ここで消耗し尽くすわけにはいかないのだ。
 あの少女がもたらしてくれる回復に、頼りすぎてはならない。彼女とて、虚無の境界に身柄を狙われているのだから。
 至近距離に達していた錬金生命体が、2体、3体。フェイトにカギ爪を叩きつけようとしながら硬直し、倒れてゆく。
 彼らの額あるいは眉間に、銃痕が生じている。
 単射された弾丸が、頭蓋の内部奥深くに達し、ヴィクターチップを粉砕したのだ。
「やっぱり……第3の目、の位置か」
 そこを正確に撃ち抜く事が出来れば、銃弾が最短距離で、ヴィクターチップに達してくれる。
 額に銃痕を穿たれた錬金生命体が1体、しかし何事もなく牙を剥き、フェイトの首筋に喰らいついて来る。第3の目を、僅かに外した。銃弾は恐らく、ヴィクターチップをかすめて脳内にとどまっている。
「くっ……やっぱり、あの人みたいなわけには!」
 フェイトは軽く後方へステップを踏んだ。首筋を狙っていた牙が、眼前でガチッ! と噛み合わさる。
 左右からも、背後からも、牙が、カギ爪が、間断なく襲いかかって来る。
 全方向からの襲撃である。身体を大きく動かしての回避行動は、不可能だ。
 人混みで通行人を避けるように、フェイトは小刻みに身を揺らした。
 二の腕や背中で、ぼろぼろのスーツがさらに容赦なく切り裂かれてゆく。
 首筋を、冷たい風が撫でて走る。
 錬金生命体たちの攻撃が、フェイトの全身あちこちを高速でかすめ続けた。
 牙を剥きながら間近を通り過ぎて行く、怪物たちの頭部。
 その眉間に、あるいは側頭部に、後頭部に、顎の下に、フェイトは左右2つの銃口を次々と押し当てながら引き金を引いた。
 単発で撃ち込まれた弾丸が、錬金生命体たちの頭蓋内部で、ヴィクターチップを粉砕してゆく。
 受信装置を破壊すれば、1匹につき弾1発で済む。よく狙え。
 そんな事を言っていた男がいる。遠隔操作で操られる機械の怪物たちを、彼は言葉通り、1体1体をそれぞれ弾1発で射殺して見せた。
「あの人の……真似、くらいは出来たかな」
 1匹残らず屍と化した錬金生命体たちが、橋のあちこちで干からび、ひび割れ、崩れてゆく。
 そんな光景の中を、フェイトはゆっくりと歩いた。
 そして立ち止まった。
 本部施設の入り口。そこに、細身の人影が佇んでいる。
 仏教の僧侶にも、キリスト教の司祭にも、似ているがそのどちらでもない僧衣。
 フェイトも資料で見た事がある。ドゥームズ・カルトの上位幹部、高僧と呼ばれる人々の制服だ。
 そんなものに小柄な細身を包んだ、若い女性。と言うより少女。たおやかな片手で、錫杖のようなものを携えている。実存の神に仕える高僧の、聖なる杖。
「あんたは……?」
 フェイトは声をかけた。夜闇の中で、少女の顔はよく見えない。美しい輪郭が、辛うじて見て取れるだけだ。
 その端麗な口元が、にこりと歪んだ。
 僧衣をまとう細身が、ゆらりと踏み込んで来る。
 棒術か、槍術か。ともかく素人の踏み込み、ではなかった。
 聖なる杖の先端が、フェイトの鳩尾にめり込んでいた。
「ぐっ……え……ッッ!」
 膝から崩れかけたフェイトの左右に、それぞれ1体ずつ、錬金生命体が回り込む。
 凄まじい力に左右から拘束されるのを感じながら、フェイトは、眼前の少女を睨み据えた。
 顔は、やはりよく見えない。ただ夜闇の中で、真紅の眼光だけが禍々しく輝いている。
 黒い炎を操る、あの少女か。
(いや……少し、違う……?)
 そんな事を思いながら、フェイトは意識を失った。
 首筋に、杖の一撃を受けていた。