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<東京怪談ノベル(シングル)>


囚われの姫戦士


 自分が、武骨な女戦士であるのか嫋やかな姫君であるのか、イアル・ミラールは時折わからなくなる。
 今は、どうやら姫君の役を振られているようであった。
 身にまとっているのは鎧兜ではなく、ピンク色のドレスである。
「……ドレス、なの? これって……」
 自分の身体を、イアルはまじまじと見下ろした。
 辛うじてドレスと呼べなくもないのは上半身のみ。生地の少ない桃色の衣服が、豊麗な胸の膨らみをギュッと閉じ込めているが、深く柔らかな谷間はほぼ丸見えだ。
 下半身に貼り付いているのは、同じくピンク色のビキニショーツのみである。格好良く引き締まった左右の脇腹、うっすらと浮かぶ綺麗な腹筋、活力と色香をムッチリと詰め込んだ左右の太股。全てが、あられもなく全露出している。
 形良く安産型に膨らんだ尻の双丘は、さらりと伸びた金髪によって、どうにか隠されていた。
 そんな肢体に、白いレース生地の、マントかショールか判然としないものがフワリとまとわりついている。
「美しい……お前は美しいよ、イアル姫」
 黒衣の魔女が、声を震わせながら、イアルの全身に視線を絡めてくる。
 美しい顔に、しかし心の醜悪さが隠しようもなく滲み出てしまっている魔女。
 ここは、彼女の館であった。
 魔女にさらわれた姫君。それが今回の、イアルの役割である。
「その美しさを、永遠のものにしてあげる……そして私が、愛でてあげるよ」
「……地獄へ落ちて、悪鬼や亡者でも愛でていなさい」
 イアルは応えた。
 魔女にさらわれた姫君を、助け出す。そんな内容の、アドベンチャーゲームである。
 同人ソフトの解呪を、またしても頼まれてしまったのだ。
 数週間前に解呪した同人ソフト『白銀の姫』のプログラムが一部、流用されているらしい。
 こうしてプレイヤーをゲーム内に引き込み閉じ込めてしまう呪いまでもが、流用されている。
 呪いを解く手段は、難しいものではない。魔女を倒して姫君を助け出す。それだけだ。
 だがイアルには、それを実行する勇者ではなく、助け出される姫君の役を振られてしまった。
 勇者が助けに来てくれるまで、待っていなければならないのだろうか。
「別に……お姫様が、自力で戦ったって問題ないわよね。そういうわけで覚悟なさい」
「愚かな! さらわれた姫君の活躍など、プレイヤーは誰も望んでいないのよ!」
 魔女が叫び、杖を掲げる。
 汚らしいものが、イアルの周囲にビチャビチャと生じた。
 形容し難い生臭さを発する、半液体状のおぞましい物質。この生臭さには覚えがある、とイアルは感じた。
「あいつらが望んでいるのはねえ! 美しい姫君が、さらわれた先で、あんな事をされたりこんな目に遭ったりする! ただそれだけ! この世に勇者なんていない、それを思い知るがいい!」
 おぞましい半液体が、ドロドロした荒波となってイアルを襲う。
「くっ……ミラール・ドラゴン! 私を守り」
「させないよ」
 魔女の両眼が、禍々しく輝いた。
 その眼光が、イアルを縛り上げる。
 イアルの肉体を、精神を、縛り上げる眼光だった。
 動けなくなったイアルの全身に、生臭くおぞましい荒波がぶちまけられる。
 煌めく金髪が、瑞々しい肌が、ドロリと汚らしい半液体に塗り固められてゆく。
「とある邪龍の死体から採取した成分さ。醜く汚らしいものにまみれながら、お前は永遠の美しさを保つんだよイアル姫」
 魔女の声が、やがて聞こえなくなっていった。


 イアルが、パソコンの中に閉じ込められた。
 帰宅した響カスミを待ち受けていたのは、そうとしか言い表せない事態であった。
 電源が入りっぱなしのパソコンの画面に、おかしな画像が映し出されている。
 美術品、であろうか。レリーフの女性像である。
 わけのわからぬ液体が、若く美しい女性を包み込みながら、固体化している。
 固体化した謎の物質。その中で溺れ悶え、時が止まったかの如く固まっているのは、イアル・ミラールだった。
「イアル……!」
 カスミは息を呑み、パソコンにかじりつくようにして画面に見入った。
 レリーフ像と化したイアルを背景に『GAME OVER』の表示が浮かんでいる。
 画面の表示がカスミに、コンティニューするかどうかを訊いてくる。
 迷う事なくカスミは『YES』をクリックした。
 次の瞬間。カスミは、魔女の館にいた。
 画面に映ったもの、ではない。レリーフ像の実物が、目の前にある。
「イアル……ねえ、出て来なさい」
 物言わぬ女人像と化したイアルに、カスミはすがりついた。
「私、仕事で疲れてるのよ? お帰りなさいって言って、癒してくれなきゃ駄目じゃないの……ねえ……」
『げっ……ゲゲゲゲ、いぃ〜い女が来たァあ』
 レリーフ像が、イアルの声では絶対にあり得ないものを発した。
『わしのコトぉズッタズタに叩ッ斬ってくれた、この生意気な娘をよォー。わしのこのグチャグチャどろどろしたモノでぬるぬる塗り固めちまうのも楽しかったがよぉ……次はオメエだぁあゲヒヒヒヒヒヒヒヒヒ』
 レリーフ像がドパァッと溶け出した。生臭さが、強烈に漂った。
 溶け出したものが、おぞましい荒波となってカスミを襲う。
 解放されたイアルの肢体が、生臭い滑り気にまみれたまま石畳に倒れた。
「イアル……」
 助け出してあげる事が、出来たのか。
 そう思いながらカスミは、汚らしい半液体状の物質に飲み込まれ、包み込まれていった。


 イアルは、即座に目を覚ました。
 目の前に、レリーフ像がある。こちらに向かって何か訴えかけるような響カスミの姿を、彫り込んだもの。
 少し前までは、自分がこのような有り様であったに違いない。
「こんな……こんな、馬鹿な……」
 魔女が、狼狽している。
「邪龍の意識が、まだ残っていたなんて……お、愚かな化け物が……」
「愚かなのは貴女も同じ……さあ、愚行の裁きを受けなさい。ミラール・ドラゴン、私に力を!」
 イアルの両手に、楯と長剣が出現した。
「ひっ……!」
 魔女の両眼が、脅えながらも魔力を宿し、イアルに向かって禍々しく輝く。
 その眼光を、イアルは左腕の楯で跳ね返した。
 そうしながら右手で長剣を一閃させ、魔女を叩き斬りながら振り返る。
 魔女の力によって存在を保っていたものが、カスミの全身からドロドロと流れ落ちていた。
『ま……待て、待ってくれえ……』
 聞き覚えのある声で命乞いをしながら、石畳を弱々しく這いずっているものを、イアルは踏みにじり、踏み潰し、踏みちぎった。断末魔の悲鳴が響き渡り、すぐに聞こえなくなった。
「カスミ!」
 邪悪な者どもの死に様など一瞥もせず、イアルはカスミを抱き起こした。
「しっかりして、カスミ……!」
「イアル……ただいま」
 カスミが、うっすらと目を開きながら、弱々しく微笑む。
 抱き締めながら、イアルは囁きかけた。
「……お帰りなさい、カスミ……」
「あっ、だ、駄目よ! こんな、くっついたら」
 イアルの抱擁の中で、カスミが慌てて身をよじる。
「私、今とっても臭いんだから……変な臭い、イアルに移っちゃうわ」
 生臭さのこびりついた髪や脇の下を、カスミが気にしている。構わず、イアルは抱き締めた。
「気にしないで、変な臭いなのは私も同じ……」
 そこはもう魔女の館ではなく、カスミの部屋であった。
 パソコンの画面上では、様々な御褒美グラフィックを背景に、エンドロールが流れている。
 それを眺めながらイアルは、カスミの耳元に囁きかけた。
「……お風呂、入ろうか」