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<東京怪談ノベル(シングル)>


そして彼女に光は注ぐ
 闇夜に轟くのは、低く怨嗟のこもった唸り声。腐った体を引きずりながら、死にぞこないの怪物達は琴美の方へと歩みを進めてくる。
 響き渡る、銃声音。女の放った弾丸は、迷う事なくまっすぐにゾンビの体を撃ち抜く。続けざまに、もう一発、二発。小気味の良い音と共に放たれた弾丸が、異形の命を食い破っていく。
 戦況はこちらが優勢。しかし、女は油断せずに周囲の状況を伺う。彼女の宝石のような黒色の瞳が、ゾンビが物陰から勢い良く飛び出してくるのを捉えた。恐らく、不意打ちをくらわせるために隠れていたのだろう。
「水嶋さん、危ない!」
 思わず切羽詰まった声で叫んだのは、近くで琴美の戦いを見守っていた彼女の同僚だ。同僚の顔には、焦りがあった。琴美の手にある銃の弾が切れている事に、彼女は気付いたのだろう。
 けれど、琴美は動じない。彼女はあくまでも冷静に状況を見極め、目にも留まらぬ速さで弾をリロードをする。
 直後、響き渡ったのは悲鳴。琴美のもの――ではない。ゾンビのものである。
 眼前まで迫っていた怪物が攻撃してくるよりも速く、彼女は見事にゾンビに向かい引き金を引いてみせたのだ。
「あら、どうやらこれでゲームクリアのようですわね」
 効果音と共に目の前の画面に浮かぶのは、HIGH SCOREの文字。思わず足を止め彼女の技術に見惚れていた周囲の客から、歓声の声があがった。
「さすが、水嶋さん。ゲームでもお強いんですね!」
 同僚は、うっとりした様子でそう微笑んだ。そんな彼女の後ろでは、唖然とした様子の男の姿がある。琴美は同僚に向けて優しげな笑みを返した後、その男へと向き直り凛とした声で告げる。
「私の勝ちですわね。それでは、私達は失礼いたしますわ」
 有無を言わせぬ琴美の笑みに、男は頷くしかなかった。

 先日まで謎の多い任務に追われていた琴美だが、持ち前の聡明さと実力で見事その任務を成功させてみせた。今日は、久方ぶりの休日だ。
 街でショッピングを楽しんだり偶然会った同僚と世間話に花を咲かせたりと、琴美は休日を堪能していた。
 そんな時に、声をかけてきたのが先程の男だった。言うなれば、ナンパというやつである。
 琴美の人並み以上の美貌は、人の目をひく。こうやって男に声をかけられる事は、珍しい事でもなかった。
 無論、琴美がそんな軽い男に首を縦に振る事はない。丁寧な口調で、彼女は断りの言葉を告げた。しかし、今日の男はよっぽど諦めの悪い男だったようだ。何度断ろうとも、しつこく彼女につきまとってきた。
 自分一人なら相手を振り切る事など容易いが、同僚を一人この場に残していくわけにもいかない。それに、あまり目立つ事もしたくもなかった。琴美がこの場をどう切り抜けるべきか思案していた時、男は彼女をある場所へと誘ってきた。ちょうど近くにあった、ゲームセンターである。どうやら、とあるガンシューティングゲームの腕前に相当な自信があるらしく、彼女にその腕を見せたいようだった。
 断っても男は諦めずにつきまとい続ける事だろう。ならば、いっそ……。琴美はある事を思いつき、男へと言葉を投げかける。
「では、私と勝負をいたしましょう」
 そして、その後に続けるのは取引の言葉だ。
 件のガンシューティングゲームで競い合い、もし琴美が勝ったらもうつきまとうのはやめるように、と。男は二つ返事で頷いた。自分が負ける事など、夢にも思っていない様子であった。
 琴美はガンシューティングゲームをした事などなかったが、普段は実際の戦場に身をおき様々な武器を扱っている。彼女はすぐにゲームのコツを掴み、結果は圧勝であった。彼女の強さに男はプライドも粉々に砕かれたのか、存外素直に琴美とのデートを諦めてくれたようだ。
「完勝でしたね、見てて本当惚れ惚れしちゃいました。今度はわたしとも勝負してみませんか?」
「あら? 貴女様となら、それよりも実践訓練で戦ってみたいですわね」
「か、勘弁して下さい……! わたしなんかじゃ勝負になりませんよ!」
 同僚と談笑しながら、琴美はゲームセンターを後にする。外へと出たところで、これから用事があるという同僚と別れの言葉を交わし合う。
「水嶋さんは、これからどちらへ?」
 今朝から振り続けている雨は、未だやんではいない。琴美の手により、花が咲くように明るい色の傘が開かれる。
「私はカフェに行く予定ですわ。駅の近くのあの店、お気に入りですの」
 こちらを振り返った琴美の表情に、同僚は相手が同性である事も忘れ見惚れた。琴美がその時浮かべた笑顔は、普段任務に興じている時に浮かべるものとはまた違う。まさに花のように愛らしい、年相応の少女らしい笑みだったからだ。

 ◆

 シックな色合いのレインブーツが地を叩き、僅かな水しぶきをあげる。
 傘をノックする幾つもの音。鼻をくすぐるのは雨の香り。
 せっかくの休日なのに生憎の天気となってしまったが、琴美の横顔に陰りはない。
 羽織っているスプリングコートは落ち着いた淡い色をしており、彼女のお気に入りの黒色のミニスカートによく似合っていた。

 足を踏み入れた喫茶店は、最近オープンしたばかりの店であり、彼女のお気に入りの場所だ。内装がお洒落で紅茶が美味しいのもあるが、何より静かで落ち着くのだ。
 しばらくして席に運ばれてきたカップの中身を口にした彼女は、ほう、と息を吐く。ローズヒップティーの優しい温度が、雨で冷えた彼女の体を温めてくれる。
 店内に流れるクラシカルで落ち着いた曲と、雨音が混ざり合い聞き心地のよいハーモーニーを奏でる。
 リラックス出来るこの空間の中で、彼女が思いを馳せるのはこれからの事だ。今日はこの後、どこに行こうか。まだまだ時間はたっぷりある。洋服を見に行くのもいいし、新しく出来た雑貨屋の事も気になっている。

 紅茶とケーキを楽しみ終えて喫茶店を出た頃には、すっかり雨はやんでいた。晴れ間が顔を覗かせていて、暖かな光が辺りを照らしている。
 休日は、まだ終わらない。琴美のブーツが地を叩く。彼女は、次の目的地へと向かい歩き始めた。
 その姿は、どこからどう見ても普通の少女だ。この美しい少女が先日非合法の武装を扱っていた組織をたった一人で壊滅させただなんて、誰が信じる事だろう。
 けれど、それは変えようもない事実。休日の自分も、戦場での自分も、彼女にとってはかけがえのない誇らしい自分だ。
 明日からはまた仕事が始まる。ショッピングを楽しむ年頃の少女は姿を隠し、敵を圧倒するくのいちが戦場を駆け抜ける事だろう。
 そしてまた、彼女に光は注ぐ。目も眩んでしまいそうな程に眩しい光。太陽よりも輝かしい、勝利という名の光だ。