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<東京怪談ノベル(シングル)>


死の女神、怒る


「全滅……だと……」
 とある山林の片隅で、男たちは狼狽していた。
「馬鹿な、何かの間違いじゃないのか……」
「機械は正常に作動している。接続も完璧だ。現に、さっきまで普通にモニタリング出来ていたじゃないか」
 山道に止められたワゴン車の中で、とある監視・観察が行われていた。
 様々な機材が、今は車外にまで展開されている。
 男たちが、それらを用いてモニタリングを行ったところ……全滅、という結果が確認されてしまったのだ。
「実際、1人も戻って来ないところを見ると……何かあったのは、間違いないだろうな」
「まさか、囚人どもに逆襲された……?」
「確かに凶悪犯の多い刑務所だが、そんな化け物みたいに強い奴はいない」
 受刑者に関しては1人1人、罪状・身元その他あらゆる個人情報を把握してあるはずだった。
 殺したところで誰も怒らない悲しまない、うるさく騒ぐような遺族もいない。そんな輩のみが厳選されたかの如く収監されている刑務所であるという事は、調査済みである。
 だから、この度の実験に選ばれたのだ。
「……映像が確認出来た」
 機材を操作していた男の1人が、言った。
「受刑者の皆殺しは、問題なく実行されている。刑務官まで殺されてしまったのは、いくらか計算外だったな」
「殲滅対象の判別能力に、若干の問題ありという事か」
「それよりも、これだ」
 男たちが、映像に見入った。
「囚人や看守から、逆襲を受けたわけではない。どうやら外部からの侵入、と言うか強襲だな」
「これは……女? に見えるが」
「アンドロイドか、サイボーグ……生体兵器の類かも知れんな」
「……失敬な方々ですこと」
 涼やかな、冷ややかな、若い女の声。
 男たちは、一斉に振り向いた。
 黒い、優美な人影が、ワゴン車にもたれ佇んでいる。
 ブラウスも黒。ジャケットも黒。タイトスカートも黒。
 禁欲的な黒一色が、胸では形良く豊かに膨らみ、胴でしなやかに引き締まり、尻でまたしても膨らんで白桃のような丸みを保っている。
 短いタイトスカートからムッチリと現れスラリと伸びた両脚も、黒のストッキングに包まれていた。
 髪も黒。さらさらとした色艶を有するロングヘアーが、優美な背中の曲線を撫でている。
 それら黒色と鮮烈な対比をなす白皙の美貌が、男たちに向かって、にこりと歪んだ。
「モニタリングなど必要なくてよ。あの刑務所で、一体何が起こったのか……私が、教えて差し上げますわ」


 実験。
 どう考えても、それ以外の答えを見出す事は出来そうになかった。
『実験……あるいは性能試験、というわけか』
「刑務所に、金品を奪いに来たとは思えませんので」
 スマートフォンに向かって委細、報告した後、琴美は己の所見を述べた。
「あれだけの戦闘能力を持ち、なおかつ防弾・防毒装備も行き届いた方々……テロならば、警察署や官邸を狙う事も出来たはずですわ」
『なるほど。将来的にテロの類を実行する予定が仮にあるにせよ、まずはそのための実験か』
 スマートフォンの向こう側で、司令官が言った。
『強化兵士の、性能試験……そんなものが、君の実家のすぐ近くで行われていたと』
「私1人の憶測に過ぎませんわ。確証を掴まなければ……司令官、情報部に繋いで下さいな」
『わかった。そのままで待ちたまえ』
 新しく開発した兵器の、殺傷能力を試験しなければならない。
 そのために、殺しても差し支えない人間たちを選定する、となれば。
 刑務所が狙われた理由など、琴美にはそれしか考えられなかった。
(私……怒っている? 憤っておりますの? 私ったら)
 琴美は、己を嘲笑した。
(愚かな水嶋琴美……貴女のような人殺しに、義憤など燃やす資格はなくてよ)
『水嶋特尉、情報部です』
 スマートフォンの向こう側で、会話相手が切り替わっていた。
「衛星による捜索を、お願い出来ますかしら?」
『了解いたしました。何を、お調べすれば』
「例の刑務所の周囲」
 実験ならば実験者が、試験ならば試験官が、いるはずであった。
「すでに終わってしまった戦闘から……それでも一生懸命データを採ろうとしておられる方々が、いらっしゃるはずですわ」
 言いつつ、琴美は思う。否、まだ終わってはいないと。
 後始末が、残っている。


 いくらか手加減をしたつもりではあったが、死んでしまったものは仕方がなかった。
「いけませんわ、私ったら……ほんの少しだけ、頭に血が昇ってしまって」
 大型のグルカ・ナイフを、右の繊手でくるくると弄びながら、琴美は笑った。
 男たちは全員、倒れていた。機材もワゴン車も、血まみれである。
「本当に……少しだけ、ですわよ?」
「ひ……ぃ……」
 倒れた男たちの中で唯一、辛うじて息のある1人が、死にかけながら怯えている。
「た……助けて……俺には、女房と子供が……」
 殺された刑務官たちの中にも、家族を持つ者は大勢いただろう。
 殺された受刑者たちの中にも、もしかしたら家族に見放されていない者がいたのではないか。父の、夫の、あるいは息子の出所を待っている、子供が、妻が、両親が、いるのかも知れない。
 そして、強化兵士となって自我を奪われた男たちにも。
 それを、しかし琴美は口には出さなかった。自分に、それを言う資格はない。
「奥様お子様に対して、胸を張れるようなお仕事か……考えた事、1度くらいはおありですの?」
「助けて……」
「貴方がたの、お勤め先を」
 冷然と、琴美は問いかけた。
「教えて下さるなら、救急車を呼んで差し上げますわ」
「…………」
 躊躇いもなく男は、ある社名を口にした。
 琴美も、名前は知っている。近年、注目を集めつつある新興企業である。
 琴美は、無造作にグルカ・ナイフを一閃させた。
 死にかけていた男を、ようやく楽にしてやる事が出来た。
「ああ、これはもう……救急車を呼んでも、手遅れですわねえ」