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沈黙が見つめていたモノ
フェイトは、静かに目を閉じた。
遠く、街の喧騒が聞こえてくる。
…が、この先に喧騒はないだろう。
「かつての幸せ、か」
ぽつり、と零して、サングラスを外した。
目の前にあるのは、かつて幸せな時間を見ていたであろう廃墟。
IO2の捜査官として、この廃墟と化した家屋への踏み込む為だ。
この家屋はかつて幸せな家族が暮らしていたそうだが、凶悪な強盗犯が逃げ込み、一家を殺害した記憶があるのか、この廃墟に肝試しで踏み込んだ高校生達が帰ってこないらしい。
当初警察への通報だった為、警察官が向かったようだが、やはり帰ってこない。
悲鳴のようなものを聞いたという通行人の証言もあり、こちらへ案件が回ってきた。
フェイトはまず、捜査、必要であれば逮捕または排除。
強さや数…諸々の要素で危険が無視出来ないものであれば、バスターズの出動を要請する所だが、まずは真偽を確かめる必要がある。
この廃墟は、何を見てきているのだろうか。
かつての幸せ、今は───
「終わらせる。……見たい訳じゃないよね?」
廃墟に語りかけるように呟き、フェイトはサングラスを掛けた。
終わらせる為の一歩を踏み出し、廃墟へと踏み込む。
かつて幸せな時間を見続けたというその言葉を思い出し、過去の自分が過ぎる。
『あんた』達には、そこの俺はどう映っていたかな?
返答がある筈もない問いに小さく微笑んだ後、落ち着いた眼差しで前を見据える。
仕事の、時間だ。
廃屋は、経緯が経緯であった為か、夜逃げ同然のように家具がそのままに配置されていた。
だが、夜逃げではないというのはカーペットに残る血痕の痕跡が証明している。
灯りのない廃墟、部屋が幾つかある家屋……足を踏み入れ、確認するように見て回っていく。
「腐臭……」
フェイトは、家屋に篭る臭いに気づく。
恐らく、かつての高校生、かつての警察官だろう。
より神経を研ぎ澄ませれば、僅かにだが足音がする。
気づかれているかどうかはまだ分からないが、腐臭が濃い。
(近い)
判断したフェイトはリビングだった部屋に入り、ソファの陰へ移動した。
ひたり、ひたり。
足音は、2人分。
情報では、高校生は3人、警察官は2人。
全員生きていないだろうが、まだ一部だろう。
(それに、彼らがそうなった原因)
悲劇が起こった場所であろうと突如として生身の人間が人間でなくなることはない。
殺された後、この場所の無念がそうされることはあるかもしれないが(これも推測の域で実際にどのような形でかつての人間が変貌するかは誰にも断言出来ない)、彼らを殺した存在がある。
それが、大元だろう。
(まずは、彼らをどうにかしないと)
フェイトは部屋に入ってきたかつての警察官、最早ゾンビになった2人の男性へ、サイコキネシスで操った置時計を叩きつけた。
部屋に絶叫が轟き、ゾンビとなった彼らは呻きながらフェイトへ向かってくる。
最終的な人数を考慮すれば、早期に数を減らすことが望ましい。
フェイトは頭の中で自分の行動を組み立て、警察官の側面へテレポートした。
ゾンビが対応するよりも早く、首筋目掛けて蹴りを叩き込む。
既に人ではないゾンビがこれで終わる訳がなく、折れた首そのままにフェイトへ手を伸ばそうとするが、フェイトはバックステップでこれを避ける。
もう1体のゾンビも生前の知性すらなく、咆哮と共にフェイトへ襲い掛かってくるが、積み重ねた経験はこのようなことで動揺したりはしない。
首が曲がるゾンビの足を払って体勢を崩させると、後方に迫ってくるゾンビを巻き添えにするように蹴りで吹き飛ばす。
『大元』がまだ判明していない以上、拳銃の無駄遣いは危険だ。
フェイトはテーブルの上に置いてあったガラスの灰皿をサイコキネシスで操作すると、首が曲がっているゾンビへ勢い良く叩きつけた。
顔面も潰されたゾンビが沈黙し、下敷きになっていたゾンビが這い出て、フェイトへ向かってくる。
瞬間、フェイトは咄嗟に横へ飛んでいた。
部屋に残る3人の高校生だったゾンビが現れたからだ。
「音がすれば来るよね」
ここに侵入してきたのなら、遅かれ早かれやってきただろう。
そのことに驚きはしない。
『どうして、虐めるの?』
新たなゾンビ達の背後に、幼い女の子が立っていた。
その姿は透けていて、彼女も人ではないことが分かる。
いや、かつてここで幸せな時間を過ごしていたのだろう。
殺された無念でこの女の子が構成されているなら、このままにしておく訳にはいかない。
(バスターズを呼ぶ時間はない、けど……!)
数で言えば不利だ。
だが、高校卒業した後、フェイトは遊んでいた訳ではない。
アメリカでIO2の研修を4年受け、能力を鍛え上げた。
誰かを助ける為のもの、そう言い聞かせて今の日々を選んだ。
「……誰かがもう虐められない為に、俺は来たんだよ」
自分とは違う幸せな日々を過ごしたであろう女の子。
最期に何を思ったかは分からない。
何も感じない訳ではないが、今生きている誰かの為に───
取り囲もうと襲い掛かってくるゾンビ達から距離を取るように後退し、自分へ向かってくるタイミングを調整するとフェイトは2丁の拳銃を構える。
フルオートで放たれる銃弾は、フェイトが己の念を込めた『対霊弾』‥‥ゾンビ達は的確に貫かれて絶叫を上げた。
こんな方法でしか解放出来ないが、こんな形でも解放出来るように。
彼らが帰るべき場所に帰ることが出来るよう願いを込め、確実に終わるよう。
それが、倒れるゾンビに悲鳴を上げる女の子の論理でなかったとしても、だ。
『わたしの友達を、虐めないでッ!!』
倒れるゾンビを見て起こした癇癪は、そのまま強力な攻撃となった。
まるで衝撃波のような波動がフェイトに叩きつけられ、フェイトのスーツに切れ目が走る。
もう、幸せな女の子はどこにもいない。
ここにいるのは、もう───
「あんたはもう、ここにいては駄目なんだ。友達は、あげられない」
口にしたのは、相手が小さな女の子というせめてもの優しさか。
殺された無念で自身が既に害なす存在であることも気づかない悪霊へフェイトはその名の通り、迎えるべき『運命』を与えた。
「……終わったね」
暗い静寂の中、フェイトは深く溜息を吐いた。
ふと、置時計があった棚の上にくまのヌイグルミがあることに気づく。
赤いリボンでおめかしされたくまのヌイグルミは、随分愛着を持たれていたであろうと分かる。
「あんたも、見てたんだね」
小さく呟くと、くまのヌイグルミの埃を払った。
あの小さな女の子がそうしていたように抱えると、窓辺に座らせる。
「よく、頑張ったね」
返ってくる答えは、ない。
けれど、フェイトにはこの家と共に悲劇を見てきたくまのヌイグルミがあの子を想って泣いているように見えた。
それが、かつての日々をまた思い出させる。
何も言わずに自分を見ていたであろうモノ達を。
あの時、こういう風に俺を見ていたかもしれないね。
今の俺は、安心出来るかな?
そんな感傷が過ぎり、窓の向こうに視線をやる。
窓の向こうの世界は、この静寂とは無縁の喧騒に包まれていた。
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