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<東京怪談ノベル(シングル)>


―失踪者と白鳥と―

「わあぁ……壮観ですねぇ、綺麗な湖畔に白鳥が沢山!」
 私立探偵・草間武彦の助手として同行した中学生・海原みなもは、まるで絵本の挿絵がそのまま具現化したかのような風景に思わず見惚れていた。が、草間は呆れたような顔で彼女に向かって呟いた。
「おいおい、俺たちゃ集団失踪事件の調査に来てるんだぞ?」
「そ、それは分かってますよ……でも、こんな見事な風景を見たら、感動しちゃいますよ!」
 そう、彼らはこの湖畔を訪れた観光客やカップルの女性たちが悉く姿を消してしまうという妙な事件の原因究明を依頼され、山間にある湖まで足を運んだのである。季節は初夏、ジッとしていても汗ばんでくる陽気であった。
「これだな? 湖畔に立てられた男性のブロンズ像が目印だって……って、おい! 聞いてるのか!?」
「あ、すみません! えーと……えぇ、間違いないですね。添付資料にも写真が載ってます、同じ物ですね」
 つい景色に魅入ってしまっていたみなもが、草間の怒鳴り声でハッと我に返る。そしてパラパラと依頼書に目を通すと、そこには彼女の言の通り、ブロンズ像が写った写真が添付されていた。
「なぁ嬢ちゃんよ、この風景……妙な違和感がねぇか?」
「えー、何がです? 湖に白鳥、ベストマッチじゃないですか」
「いや、絵にはなってると思うよ。確かに綺麗だよ。でもなぁ……何でだろう、何かしっくり来ねぇンだ」
 美しい湖畔を泳ぐ白鳥。確かに綺麗だ。しかし此処は大量の失踪者を出した事件現場であり、夜半になると不審な人物が出没するという目撃談もある恐ろしい場所なのだ。が、そんな目撃談を全て打ち消してしまうかのような、眼前の光景。しかも草間は、その風景自体にも違和感を覚えていた。ただ、その正体が掴めずに苛立ち、その苛立ちは徐々に焦燥へと変わって行った。
 ふと岸辺に目をやると、水面を眺めながらウロウロしている若い男性の姿があった。草間は景色に見惚れて役に立たなくなっているみなもを放置し、その男性に話を聞いてみる事にした。
「何かお探しですか?」
「え? ……アンタは?」
「あぁ失礼、手前、こういう者です。何やらこの近辺で失踪者が頻発してるという通報があり、その調査依頼を請けましてね」
「探偵さんか。うん、俺も探してるんだよ……2日前に姿を消した彼女をね」
 ビンゴか! と一瞬目を見開き、思わず生唾を飲み込む。そして草間は、携帯電話のカメラで湖畔の風景を写真に収めていたみなもを呼び寄せ、一緒に話を聞くよう促した。しかし彼女は上の空で、ボンヤリと湖畔を眺めている。草間に『観光で来てるんじゃねぇんだぞ!』と一喝され、慌ててボイスレコーダーを男性に向け、取材アシストを開始した。しかし話を聞いている間にも、彼女は余所見をしてしまう。そして怒鳴り声を浴びせられ、ハッと我に返り、正面に向き直る……これを数回繰り返し、取材が終わる頃には遂に脳天に拳骨を頂戴し、半泣きで漸く業務を完遂するという有様であった。

***

 陽が傾き、辺りも暗くなろうかと云う時間帯。草間は最初の取材を含めて3人の男性から話を聞く事に成功していた。だが、助手のみなもはその都度、何度も余所見を繰り返しては怒鳴られると云う失態を演じていた。
「スミマセン……でも、湖の方から声を掛けられるというか、誰かに呼ばれているような……そんな気がして」
「あーん? ……待てよ、確か……あぁ、やっぱりそうだ。接触した3人の男たちも似たような事を言っている。消えた同行者が頻りに湖の方ばかりを見ていて、目を離した隙に居なくなっていたと」
 取材メモに目を落とし、草間は妙な共通点を見出していた。全員が同じような経緯の後に同行者と逸れている事、消えた人物は全て女性である事、などである。それに彼は、未だ目の前に見えている風景の違和感に気付けないでいた。それも何か、この一連の失踪事件に関連があるのではないか……そう考え至ったが、最後の項目である『自らの違和感』は証拠としては説得力に欠ける為、調査の条件から除外する事にした。その時、みなもは再び水際まで歩み寄り、水と戯れる白鳥を眺めていた。
(やれやれ……今日のアイツは使い物にならねぇな。何が珍しいんだか……白鳥なんざ、近所の公園のボート池にだって……)
 ブツブツと文句を言いながら、暗くなる前に引き揚げようとして辺りを見回す。みなもはその時、見知らぬ男性と話をしていた。それを見た草間は『何だ、アイツも取材できるじゃないか』と感心していた……が。彼はこの時に気付くべきだった。此処に来た時に確認した、あのブロンズ像が姿を消しているという事に……

***

「え? な、何を言ってるんですか? あたし、まだ中学生ですよ?」
「関係ありません。チャーミングな女性を好きになる、これは当然の事です」
 ……草間が『取材をしている』と見たみなもは、実は見知らぬ男に『口説かれていた』のであった。しかも、そのしつこさは尋常なものでは無かった。
「あ、有難いお話ですが、あたしにはまだ早い気が……し、失礼します!」
「……貴女も、私の誘いを断るのですか……残念です、しかし私は待っています。貴女が心を開いてくれることを……」
「あ、あはは……じゃあ、あたしはこれで!」
 流石に恐怖を感じたか、みなもは慌てて踵を返し、草間の元へと走り去ろうとする。が、何故か足が動かない。まるで金縛りにでも遭ったかのように、身動きが取れなくなっていたのだ。
(な、何これ……動けない、声も出ない! く、草間さぁん!!)
『無駄です……貴女には私の求愛に応えてくれるまで、此処に居て頂きます。そう、彼女たちと同じようにね……』
(か、彼女たち?)
 その時は、まだ分からなかった。それが誰の事を指しているのかが。しかし、みなもの身体は明らかに変調を見せ始めていた。腕はまるで鳥の翼のように大きく広がり、脚は細く短くなって膝関節が逆向きに曲がる。胴体も丸く変形し、首が伸びて頭部も小さくなっていく。口許は固い嘴となり、次第に意識が遠のいて行く。そして全身が白い羽毛で覆われたその時、彼女は無意識に水面へと向かっていた。

***

「クソっ、すっかり日も落ちちまった! こりゃあ、探すのも手間だぜ!」
 草間は先程から何か妙だと思っていた違和感の正体に漸く気付き、ハッと顔を上げた。だが、今まで眼前に居た筈のみなもが、忽然と姿を消していたのだ。代わりに、誰も居なかった湖畔に多数の女性が立っている。そして湖面を泳いでいた白鳥が、一羽残らず消えているではないか。
(そうだよ、今は夏……日本に白鳥が居る訳がねぇんだ! 手がかりはあの時、既に目の前にあったんだ!)
 湖畔を歩き回りながら、草間は一人、悪態を吐いていた。見知らぬ女性は多数、湖面を眺めつつ佇んでいるのだが、みなもは何処にも居ないのだ。
「あっ、探偵さん。まだ調査を?」
「え? ……あぁ、昼間の。良かったですね、彼女さん見付かったようで」
「はぁ? いや、まさにその彼女を探しに来ているんだけど」
 何? と、草間は怪訝そうな顔になる。彼の目には、男性に呼び掛ける女性の姿がハッキリと見えているのだ。此処で草間は『もしや?』と思い、自分も助手の女の子を探している事を明かした。すると案の定、男性は目を丸くした。何を言っている、彼女ならそこに居るじゃないか……と。

<了>