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<東京怪談ノベル(シングル)>


スーツでトライアスロン!


 IO2エージェント、コードネーム「フェイト」。
 彼が過ごしたアメリカ研修時代の4年間は、まさに「アンビリバボーな日々」と言っても過言ではない。ニューヨーク広しと言えども、ここまでアメリカンジョークに固執する上司はなかなかお目にかかれないし、全土に広がる霊的事件の数々もまたスケールの大きなものが目白押し。エキサイティング&スリリングな毎日がフェイトの人生を彩ったが、その中でも「コレ」は酷かった。

 いつものように、例の上司がフェイトのデスクに近づいてくる。
 こういう時はだいたい事務作業のファイルをたんまり持ってくるか、現地への調査や任務を依頼する資料ファイルを持ってくるものだが、今回はただのチラシ1枚。それを一瞥したフェイトは「なるほど、アメリカンジョークの披露か」と思い、適当な対応をした。
「そのチラシを見て、グッドなアメリカンジョークでも思いついたんですか?」
「Oh! これはアメリカIO2の回覧だよ! フェイト君、行ってくれるね?」
 自分が適当な対応をしたから、相手も適当に返したのか。上司は盛んに「詳しくはチラシを見てよ」のオーバーアクションを繰り返す。それを何気なく手に取ったフェイトは、えらく長ったらしい表題を懸命に読む。
「えっと……『第22回! IO2エージェント・スーツ耐久トライアスロンレース in グランドキャニオン!』」
「IO2エージェントたるもの、任務時はいつもスーツを着てるだろ? だから出来るだけスーツを汚さず破損させず、かつレースに勝つ事が、より優秀なエージェントと称させる……ということなのだよ、HAHAHA!」
 この組織、ただスーツ着て仕事するだけじゃ満足できないのかよ……若きフェイトの悩みは尽きない。
「これ、手の込んだジョークですよね?」
「はい、これは明日出る飛行機のチケット。開催は3日後ね」
 なんて酷い現実なんだ。フェイトの目の前は、あっという間に真っ暗になる。
「スーツ着てレースに挑んで、涼しい顔してクリアーして来るんだ! スーッとね、スーッと! HAHAHA!」


 上司のどうでもいいアメリカンジョークよりも冗談キツい過酷なレースは、まもなくスタートする。
 何がフェイトにとって驚きかといえば、わりと参加者が多いことだろうか。上司も「フェイト君以外にも、ニューヨーク本部からも数人出てる」と言っていたが、この部分だけはかろうじて納得できる。
 なお、愛用の拳銃などはレース前に回収された。参加者同士でスーツの破損につながるような妨害などを行うのは御法度だからだ。なお、フェイトはこの件をまったく理解できなかったが、後で身をもってその意味を知ることになる。

 いよいよレースがスタートした。
 まずはスーツを着用したままでのマラソン。距離も10キロと短く、通常であれば1時間もあれば走り切れるのだが……
「ギャーーッ! 俺のスーツに、火炎放射器の炎で穴がーーー!」
 なぜかノリノリで先頭を走る参加者たちが騒ぎ始める。フェイトは何事かと思って見たら、コースの脇で火炎放射器をファイアーする係員が参加者を狙い打ちにしているではないか。それによるスーツへのダメージで、彼らは悲鳴を上げているというわけだ。
「えっと、あの……なんで皆、スーツしか破損してないんだ……?」
 素朴というか、当然の疑問がいくらも湧いて出てくるが、たぶん気にしたら負けなので、素直に炎を掻い潜りながら、その先のトラップにも気をつけながら走った。そしてトップ集団に食らい付く形でゴールを果たすと、そこにはママチャリが置いてあった。
「各選手、ここからはママチャリで進んでもらいま〜す!」
 ほとんどマウンテンという地形なのに、もっとも厳しいママチャリ漕がすあたり、主催者はわかってらっしゃるようだ。しかし期せずして、フェイトにはやや有利な展開といえよう。馬に乗った忍者が接触すると爆発する吹き矢でスーツを狙ってくるが、フェイトは見事なドラテクを駆使してこれを回避。もはや無茶苦茶を越えて荒唐無稽な世界観に頭が痛くなるが、トップでのゴールを目指す熱心な参加者を生贄にしつつ、レース後半へと差し掛かった。

 すると、ここで聞き覚えのある声が背後から轟いた。
「フェイトちゃ〜ん! 名誉あるこのイベントで手を抜いたら、アテクシが許さないわよォ〜!」
 フェイトは全身が鳥肌になるのを感じた瞬間、「ヤツだ、なぜかヤツが来た!」と自覚した。そう、この声はニューヨーク本部のカフェテリア勤務にして元エージェントのオカマちゃん。今は自分を付け狙う正真正銘のハンター。今日は参加者としてスーツを着ているので、違和感も恐怖もいつもの数十倍である。
「今回はアテクシとフェイトちゃんの愛のワンツーフィニッシュしか考えられないわぁ〜〜〜!」
 とはいえ、過酷なレースに挑戦しているという興奮のせいか、普段よりも青年への熱情を帯びているように見えて、今日のオカマちゃんは非常に危険だ。捕まったら、絶対にいろいろエラいことになるに違いない。
 フェイトはなんとか逃げ切ろうと試みるも、次の種目はオカマちゃんに力負けしそうな激流水泳。フェイトは死ぬ気で泳ぎ、トゲ付ビーチボールの妨害を水中へのダイブで避け、なんとか最終種目まで望みを繋ぎ切った。
 スーツに傷をつけずに先頭集団に紛れて追っ手を巻こうとするフェイトに牙を剥く最終競技、それは絶壁クライミングであった。とはいえ、プロが嗜むような専門的なレベルではなく、ちょっとコツを掴めば登れる程度の岩壁で余裕に思えたが……フェイトの敵は参加者のひとりであり、係員の妨害である。ここではゴール地点から火の粉や小石が飛んでくるなど、さまざまな趣向が用意されていた。
「うわっ、油断は禁物だ……!」
「フェイトちゃん、もうすぐそこにたどり着くわよォ〜!」
 油断禁物というか、もはや「前門の虎、後門の狼」となりつつあるこのレース。他の参加者も自分が狙われると思って大急ぎで上がっていくが、そこでスーツにダメージを受けるなどの二次被害を存分に受けた。完全なとばっちりである。
 疲労でそろそろ集中も途切れる頃、フェイトめがけて大岩が振ってきた。狼に気を取られていたフェイトは完全に油断しており、これを避けるには相当の覚悟が必要だった。避けなければ……避けなければスーツが弾け飛んで、下のオカマに何をされるかわからない。
「うおおぉーーっ! ファイトだぁぁーーーっ!」
 足場にしていた出っ張りから足を離し、両手を右の箇所に移動させて大岩を回避するフェイト。実際には危なげない回避だったが、悲劇はここからだった。一心不乱にフェイトを追っていたオカマちゃんがすぐ下におり、彼は全身で大岩を受け止めることになってしまう!
「う、うっきゃあぁぁーーー!!」
 そのまま地面にまっさかさまになるどころか、スーツはビリビリに破け、オカマちゃんは見事イチゴパンツ姿になった。なお、鍛え抜かれた肉体のおかげで、どこにも怪我はない。それはこのイベントの参加者がIO2のエージェントだから無事なのであって、一介のサラリーマンではこうはいかない。

 オカマの狼が脱落したことで、フェイトは妨害の虎に専念。ついにゴールを果たす。レースの順位は一桁、スーツへのダメージはほとんどないので、総合的にはとてもいい結果を得られた。
「これは……誰に感謝したらいいのか……」
 まだ若いフェイトには、この結果をどう受け止めていいかわからなかった。謎のレースはこうして幕を閉じたのである。