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<東京怪談・PCゲームノベル>


悲しい子供の愛し方


『今日は全国的に天気が悪く、関東地方では夕方以降雷雨の可能性が高いでしょう。降水確率は……』



己は可哀想な、悲しい子供である。
Yes or No ?



生憎の雨。
いつもは憂鬱な気分になりそうな天気だというのに。
「なんだか……面白いことになりそうな予感」
傘の下、小さく微笑みつつ石神・アリスは歩いていた。
時刻は夕刻。
学校帰りの彼女の手には、通学用のカバン。
取り付けられた小さな飾り石は、アリスのお気に入りだ。
くるりくるりと傘を回しつつ、通い慣れた道を歩く。
誰も彼もが空から落ちる雨にウンザリしつつ行き交っている中、アリスの様に上機嫌な人間はとても珍しいと言えるだろう。
ローファーが水を蹴り、一歩また一歩と家路を辿る少女のその視線が。
「……あら?」
見慣れた背高のっぽの後ろ姿を捉えた。



『Yes。理由? 怪奇嫌いだって言ってんのに、俺の前には次々其れが現れるからだ』



単三電池と愛煙。
それらを買いに出ていた草間・武彦は、眼前の見知らぬ少女の視線に頭を抱えたくなった。
自分と、眼前の少女。
つまり自分達以外の人間は、歩みを止めることなく足早に通り過ぎていく。
怪奇に関わりたくないのか。はたまた人間に関わりたくないのか。
―否。
ただこの悪天候の中、早く目的地に辿り着きたいだけなのだろうが。
少なくとも、今現在ある種の救いを求めている草間に誰も手を差し伸べない現状を、彼は恨めしく思っていた。
「草間・武彦様」
呼びかけられ、意識を少女に戻す。
腰まで伸びた水銀の髪に、黒を基調としたゴシックワンピースとヘッドドレス。
紅玉と水銀の色違いの瞳には、何一つ感情が乗せられていない。
ただ其処に「草間」という人間がいる。それだけを「情報」として認識しているかのような。
まるで人形のような無表情。
見た目は十歳前後だ。けれど、漂う雰囲気は年とはかなりかけ離れた――。
「お会い出来て光栄です。草間・武彦様」
少女と草間は初対面だ。
曲がりなりにも「探偵業」を営んでいるのだ。会った事がある人物の顔くらい、覚えている。
けれど、自分の記憶の引き出しの何処にも、こんな。
異質そのものの少女の姿は仕舞われていない。
「どうして俺の名を? それに、お前は何者だ」
「貴方様の名を知ったのは先程。わたくしは『創砂深歌者』と呼ばれるものに御座います」
淡々と告げる少女は、その違いの瞳で草間をしっかりと見詰め。
「お会い出来て光栄です。草間・武彦様」
もう一度、深く頭を下げたのだった。



『回答不能。わたくしには、そのような感情は御座いません』



「草間さん」
新たな呼び声に、草間は眉間に皺を寄せたまま緩慢な動作で振り返った。
視線をゆっくりと下へと下げていけば、そこには漆黒の髪を背に流した顔見知りの少女の姿。
「石神か」
何処となくほっとしたように見える年上の男の姿に、アリスは小さく苦笑しつつ、彼の眼前に立つ少女へと視線を向ける。

―まるで、完璧に作り上げられた人形みたい。

少女に対するアリスの第一印象はそれであった。
自分と対になるような、弧を描く水銀の髪。
色違いの紅玉と水銀の瞳。
闇色のゴシックドレスを陶磁器のような肌に纏わせ。
まさしく、等身大のアンティークドール。
「はじめまして。草間さんのお知り合い?」
草間にだけ向けていた視線を、微笑みつつ話しかけたアリスへと移した少女がそっと桜色の唇を開く。
「いいえ。石神・アリス様。わたくしと草間・武彦様は、つい先ほどお会いしたばかりです」
少女の何気ない言葉に、漆黒の髪の少女はついとその金の瞳を細める。
「わたくし、名前言ったかしら?」
今、確かに。
水銀の少女はアリスの名前を、まるで当たり前に知っているかのように呼んだ。
『初対面』で『名乗っていない』にも関わらず、だ。
そっと草間を見上げるアリスに、彼は眉間の皺をそのままに首を横に振ってみせる。
恐らくは、彼にも理由は分からないのだろう。
そしてこれも推測だが。
彼も、同じ目に合っているのだろう。
「なんだか変な気分だけど、改めて。わたくしは石神・アリス。あなたは?」
表面上は微笑みつつ。その裏では少女を見極めるように。
そっと手を差し出したアリスの言葉に、水銀の少女は無表情のまま首を傾げた。
「わたくしに名前、というものは御座いません」



『ゆっくりと話がしてみたいから、よければ喫茶店でお話ししない?
 体も温まるでしょうし。
 え? 大丈夫。わたくしのおごりだから。
 草間さんもぜひ』

そんなアリスの誘いに草間が頷き、草間が行くならば、と水銀の少女も頷いた。
そして三人は今、こじんまりとした喫茶店の片隅に陣取っている。
「それで……どうしてお前は名前がないんだ」
ホットコーヒーを口に運びつつ、新しい煙草に火を着けた草間の言葉に、水銀の少女は瞬きを一つした後に口を開いた。
「わたくしが本来いる空間には、わたくし以外の存在は御座いません。故に、わたくしは名を持たずとも、その役割を果たす事が出来るので御座います」
淡々と語る少女と、どんどん頭を抱えていく草間。
そんな二人を『観察』しつつ、アリスは脳内で今までに得た少女に関する情報を整理していく。

―曰く。
水銀の少女は『創砂深歌者』と呼ばれる存在であり、常日頃はこの世界ではなく、世界と世界の狭間。空間の隙間に存在する『何処か』で一人己に与えられた仕事に就いてついていた。
ところがそんなある日。
少女が管理している『とあるもの』が不審な動きを見せた。
その原因を探るべく、原因である草間・武彦の元へとやってきた。

「それで。その『とあるもの』ってのはなんなんだ」
吸殻を灰皿に押し付け新しい煙草を取り出した彼に、色違いの瞳の少女はそっとその瞳を伏せた。
そのまま。
(……?)
観察していたアリスが、金の瞳を輝かせる。
少女は唖然とした草間に気付きもしていないのか。
突然、その唇から不可思議な旋律を紡ぎだしたのだ。
まるで物語のような。まるで呪いの言葉のような。
はっきりとした言葉は、アリスには分からない。
何かを確実に発しているはずなのに、彼女の耳では『旋律』としか捉えられないのだ。
風も吹かない屋内にも関わらず、水銀の髪がふわりと揺れる。
胸の前で掲げられた掌の上が、淡く光る。
素早く周囲を見回すアリスは、またそこで不可思議な現象を確認する事になる。
(誰一人……今のこの状況を『奇異の目』で見てない……)
揺れる髪、掌の上の光。
常人であれば、この怪奇そのものの状況に恐怖を抱くだろう。
だというのに誰一人、水銀の少女が起こしている「少女の異変」を、気にも留めていないのだ。
(違う。気づいてない、のね)
つまりは、そういうことなのだろう。
常人には『見えない』のだ。今、眼前の少女が起こしている現象は。
光はゆっくりと収束し、そして少女はその手に何かを握る。
握った手を開けば、其処には――。
「……砂時計?」
草間ではなく、アリスが呟いたその言葉に。
創砂深歌者はゆっくりと頷いた。
「はい。此方が、わたくしが此処にやって来た理由。草間・武彦様の『寿命砂時計』で御座います」



そこから先の草間は見物だった。
出された砂時計の説明を受けて、そして可笑しな動きをする砂を眺めて。
怪奇そのものである砂時計を、どこか恐ろしいものを触るかのように指の先で弾いてみたり。
ひっくり返したり転がしたりして、砂の動きが変わるかを確認したり。
アリスが堪えきれず噴きだすまで、そんな動作を続けていた。
やがて、水銀の少女から砂時計を託された草間が、渋々といったようにポケットにそれを仕舞った所で。
漸く笑い終えたアリスが、今度はと水銀の少女に声をかけた。
「それは、誰にでもあるのよね? わたくし、自分の砂時計ってどんな感じなのかしら。ちょっと知りたいわ」
軽やかな口調で問うた彼女に、水銀の少女は僅かに目を細めた。
「……お止めになった方が賢明かと存じます」
「あら。どうして?」
笑みを浮かべつつ首を傾げたアリスを見つめたまま、少女は。
「豪奢な金細工の枠に、闇色の硝子。乳白色の砂。貴女様の砂時計は、確かに時を刻んでおります。ですが今はまだ、手にすることをお勧め出来ません」
そのあと、それとなく何度か話題にしてみたが。
終ぞ、少女がアリスの砂時計を具現化することはなかった。



日も暮れ、夜の帳が街を包む頃。
あまり遅くなっても、と喫茶店を後にし帰宅することにしたアリスが、くるりと髪を靡かせつつ振り返る。
視線の先には、人形のような姿の少女。

―きっときっと。
自分の「作品」にしたら、素敵だろう。
その艶やかな髪も、色違いの紅玉と水銀も。
滑らかな肌も。

「わたくしの家は、美術館をしているの。とても素敵なものがたくさんあるから、きっとあなたも気に入ると思うわ」
興味があれば、いつか寄ってみてね?
柔らかく微笑むアリスを、相変わらずの無表情で見つめる少女が。
そこで初めて、表情を小さく変えた。
口角を上げ、首を傾げつつ口を開く。
「はい。わたくしは、貴女様のものにはなれませんが、それで宜しければ、是非」
一瞬だけ、金の目を見開いたアリスが楽しげに笑う。
「えぇ。それじゃあ『また』」
手を振り、背を向ける。



『No。だって、こんなにも楽しい世界に、人に会えるのだから。
 だからわたくしは、とても幸せな子』



END

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【7348/石神・アリス/女/15歳/学生(裏社会の商人)】
【公式NPC/草間・武彦/男/30歳/草間興信所所長・探偵】
【NPC4579/遥瑠歌/女/10歳(外見年齢)/創砂深歌者】      


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■         ライター通信          ■
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期日いっぱいお時間頂きまして、申し訳御座いません。
大変お待たせ致しました。
創砂深歌者との初対面、お届け致します。

この度はご縁、誠に有難う御座いました。