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<東京怪談ノベル(シングル)>


―仁義なき『正義』―

 深夜・都内某所。通称『鶴亀公園』と呼ばれている場所で、私立探偵・草間武彦は助手の海原みなもを同行させて張り込みを行っていた。彼らの他にも、自治体や警察などの人間が物陰に身を潜めていると思われる。何故なら、この公園内で不審な団体が『何やら儀式のようなものを行っているようだ』と云う通報がまず警察に入り、そこから自治体や消防団、そして私立探偵にまで捜査依頼が入ったからである。
「鶴亀公園……って呼ばれてるんだっけ? 此処。でも、亀は居るけどよ、ありゃあ鶴ってよりは孔雀じゃねぇか?」
「亀が玄武、あの鳥が朱雀だとしたら……孔雀と云うよりは鳳凰ですね。まぁ、どっちにしても鶴には見えませんね」
 草間のツッコミに、みなもが苦笑いを浮かべながら応える。因みに彼らが見ているのは池の周りに設えられた四体の石像で、その内の亀に似た像と、鳥を模した像である。他に龍と虎の像があり、それぞれが東西南北から池を見下ろす格好になっている。(正直、公園の名前なんぞ、どうだって良いんだ。問題は此処に集まるっていう集団だよな……)
 時計の針は深夜零時を指している。日付けが変わったその刹那、黒装束を纏った怪しげな一団が続々と集まって来た。
(な、何だありゃあ!? 不審者っつーより、変質者の大行進だぜ! まるで黒ミサでも始まりそうな雰囲気じゃねぇか!)
(確かに、一般人には見えませんね……あ、櫓を組んでますね)
 そして20分ほどが経過した頃。組み上げられた櫓の上に、集団の長であろうか……ひときわ異彩を放つ老人が昇り、天を仰いで印を唱え始めた。その周りを囲む黒装束の集団も、その後に続いて同じ印を唱和している。
(き、気味わりぃなんてモンじゃねぇな……)
(何かを召喚する儀式、でしょうか?)
 中国神話の四神を祀る公園だけに、そういったオカルト的な儀式にはもってこいの条件が整っているのだろう。ここで、まず警官隊が『無届けでの大規模集会の禁止』を謳い、集団を排除しに掛かった。が、周囲を固める武闘派と思われる護衛に阻まれ、印を唱える中央の集団には届かないようだ。
(ありゃ、お巡りさんでもダメか。これは探偵の出る幕じゃねぇなぁ。相手も『不審者』つーより『カルト教団』みたいだしな)
(確かに、迂闊に手を出したら危ないかも……彼らの目的は何なんでしょうね?)
(知らねぇよ、あんなカルトな連中の考えてる事なんかよ!)
(ですよね……しかし、これを毎晩やられたら、近所の方たちから通報されても無理ないですね)
 そう、公園の周囲は閑静な住宅地。その真ん中で毎夜、唸るような念仏を唱えたりしたら、近所迷惑どころの話では済まされないだろう。しかも今夜は多数の有志や警察官が彼らを包囲して、阻止活動に当たっているのだ。その騒音は普段の比ではない。
(今頃、警察署にゃ苦情の電話が殺到してるだろうな。夜勤のコールセンターも大変だぜ)
(!! ……草間さん、あれを! 集団の一部が、ハンマーを持って向かって来ます!)
(な、何で!?)
 草間とみなもは、その集団が自分たちを襲うものと直感し、慌てた。が、彼らの目的は、物陰に潜む彼らを脅し、追い払う事では無かった。 
(……奴ら、石像ぶっ叩いてるぞ?)
(あれ、御神体じゃ無かったんですかね……)
 意味不明の行動であった。草間たちは、あの集団は四神の像を『御神体』として何かを召喚するものとばかり考えていたが、彼らは何とその想像と真逆の行動に出始めたのだ。その第一段階として、草間たちが潜んでいた場所の直ぐ傍にあった『玄武』の像が破壊されようとしているのだ。
(嬢ちゃん、嫌な予感がするぜ。一先ずこの場を離れるんだ!)
(賛成です、破片が飛んできて怪我をするかもですし)
 無残に破壊されて行く像に背を向けて、撤退を開始する草間たち。しかし、飛散した石像の破片がみなもの大腿部を直撃し、彼女は苦痛のあまり足を止めてしまった。
(痛ぁ……どうなってるのよ、もう!)
 みなもは無意識に後ろを振り返った。すると、つい先刻までその雄姿を留めていた玄武像は、足許と台座を残して見事に破砕され、無残な姿を晒していた。
(信じられない、どれだけ強い力で叩いたの!? 石膏像じゃないよ、石像なんだよ!?)
 思わず目を擦り、もう一度よく見てみたが、目の前の事実は覆らない。耳には、早く逃げろと叫ぶ草間の声が届く。
(分かってる、分かってるのよ……でも、脚が……)
 かなり大きな塊が、勢いよく衝突したのだ。骨は異常無さそうだが、痺れは残っている。一刻も早く草間さんに追い付いて……と懸命に四肢を動かすが、右脚の痛みがそれを阻む。
『力を持ちし者よ……』
(え? だ、誰!?)
『力を持ちし者よ……我の体の核と成せ。我は破邪の封印を担いし、四神の一角・玄武なり……』
 次にみなもが振り返った時、その身体は既に宙に浮いていた。行かせてなるか! とばかりに、引き返してきた草間が、その手を掴んでみなもを守ろうとする。が、それも空しく原理不明の高エネルギー波に弾かれ、みなもの身体は玄武像の在った場所に瓦礫と共に中に取り込まれ、身動きが取れなくなっていった。そして集まった瓦礫は、みるみるうちに元の玄武像の形を再現していた。
(な、何!? ここ、何処!?)
『我、更なる霊力を得たりて、悪しき者の手よりこの地を守りたり……』
(そ、そんなこと訊いてないわよ! 此処は何処、って訊いてるの!)
 そう問い質しても、意識に直接響いてくる声は応えない。ただ、『この地を守る封印と成す』を繰り返すだけだった。
(冗談じゃ……ない! 出して! 此処から出して!!)
 懸命の叫びも、玄武には届かない。いや、或いはその願いを理解しているのかも知れなかった。が、此処でみなもを解放すれば、玄武は再び力を失い、封印を守る力が弱くなってしまう……だから開放は出来ない、そう言いたかったのかも知れない。

***

「人柱……!?」
 翌朝。警察組織の人海戦術で謎の教団を解散させた後、一人の巡査が玄武像に向かって必死に呼び掛けている草間の姿を発見した。そして事情を訊いたところ、破壊された石像は復元したが、その際に負傷して蹲っていた女の子を取り込んでしまったのだという証言が得られたのである。
「ええ。この地域に古くから伝わる伝承なんですが……あの池の底には強大な力を持つ竜神が封じられているんです。それを得るには、池の周りの四神像を全て破壊し、封印を解く必要があるんです」
「しかし、神像は破壊されても、最寄りの霊力者を媒体として核を為し、即座に復元してしまうんです。但し、霊力者が近くに居なければ復元にも時間が掛かります。その間に四体全てが破壊されれば封印は解かれ、竜神は復活する……これが昨夜の集団の目的であると思われます」
 それを聞いた草間は、『何とか救い出す方法はねぇのかよ!』と警官に詰め寄った。だが、神像を破壊すれば核となった者も一緒に砕け散ってしまう為、力技で救い出す事は不可能だと云う。
 ただ一つ、核となった霊力者を上回る力を持った者が代わりの核となる為の印を唱えれば、封じられた者は解放されるというとの事だったが、それとて伝承に過ぎない。増して、自ら進んで石像に取り込まれようという酔狂者が居るとは思えない。
 草間は、不甲斐ない我が身を只々、呪うだけであった……

<了>