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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


■ マジックドールズ ■


「可愛いですね!!」
 大きな碧い目に波打つブロンド、白とピンクのレースをふんだんにあしらったワンピースを纏い、赤い靴を履いた高さ50cmほどもあるフランス人形を抱き上げてティレイラが言った。思った以上に重くて取り落としそうになったのをしっかり抱え直す。
「ええ、預かりものよ。これから納品しようと思って」
 ティレイラの師であり姉のような存在でもあるシリューナが、人形に目をキラキラさせているティレイラを見やりながら微笑んだ。
 その人形はシリューナが知人に頼まれ剥がれかけたまじないを修復したものだった。知人は魔法人形を扱う店を出している。これはその店に並ぶ商品の一つなのだ。
「運ぶのを手伝ってくれるかしら、配達屋さん」
 言うまでもなくシリューナが1人で運べないものなどではない。ティレイラが1人で運べないものでもない。2人で運ぼうというわけでもない。
 それでもティレイラは元気よく応えた。
「もちろんです!」

 魔法人形のお店なんてティレイラは初めてだったのだ。

 ティレイラのイメージでは間接照明だけの薄暗い店内に、所狭しと人形が並んでいるようなものだったが、その魔法人形店は店の主と同じく、明るいパステルカラーに彩られた何ともメルヘンな雰囲気の店だった。
 置いているのはどうやら人形だけではないらしい。人形を飾るための装飾品から人形の家まで人形を取り巻くありとあらゆるグッズがあるようで、ティレイラは一瞬でこの店が好きになった。いろいろ見て回りたいと逸る気持ちを抑えて、シリューナに紹介されるまま店主と対面した。
「初めまして」
 とメルヘンの世界から抜け出してきたようなオレンジピンクのワンピースに身を包んだ主がふわりと愛らしく一礼してみせる。一見ティレイラと同い歳くらいに見えるが、シリューナの話によればシリューナよりもずっと年上らしい。
「こちらこそ、初めまして! 配達屋をしていますファルス・ティレイラです」
 ティレイラも頭を下げ、お届けものの人形を促されたレジカウンターに置くと梱包を解いてみせた。
 店主は人形を抱き上げ品定めでもするようにくるくるとあらゆる角度から人形を凝視して呟く。
「やっぱり、シリューナに頼んで正解だったわね」
「当然」
「ふふ。今、お茶でも煎れるわ。2人とも紅茶でいいかしら?」
 そう言って店主はシリューナらをバックヤードへと促した。どうやら今日はお店はお休みらしい。頷いて奥へと続くシリューナに対してティレイラは控えめに手を挙げた。
「あ、あの…、お人形たち見せてもらってもいいですか?」
 おずおずと店内の方を指さしてみると、一瞬怪訝そうに首を傾げていた店主は得心がいったように頷いた。
「ああ、もちろん! 私のお気に入り達ですもの。自慢したいぐらいだわ」
「やったぁ!」
 ティレイラは両手をあげて喜んだ。
 シリューナと店主はそのままお茶を楽しむためバックヤードに消える。
 残ったティレイラはさっそく店内を回り始めた。
 思ったよりも広い店内は森の中のようにディスプレイされている。緑の絨毯に木を模した棚。そこに並んでいるのはまるで森に住む小人たちだ。ともすれば、切り株のような棚に座っているのは妖精だろうか。
 売り物らしくファンシーなポップに解説が載っていた。妖精の人形はどうやらドリームキャッチャーらしい。といっても、この世界にあるアメリカのインディアンのそれとは少し違う。この妖精の人形が夢の中に入りこみ、良くも悪くもその夢をひっかき回すというものだ。人形を贈った者の言霊を受け、贈られた者の夢を幸福にも恐怖にも変える。どうやらこの人形には対になるグッズがあるらしい。目覚まし時計だ。夢を糧に成長する人形を止めるためのアイテムだ。この妖精の人形に捕まったら夢の住人にされてしまうのだろう。
「これだけ見ると、可愛いんだけどなぁ……」
 ティレイラはキノコの形をした目覚まし時計を掲げながら呟いた。
 それを棚に戻して別の人形に視線を馳せる。
 魔法人形と一口に言っても、種類は多種多様だった。
 この世界はもちろん、異世界に至るまであらゆる世界の魔法人形をコレクトしているらしい。故に籠められている魔法の種類や系統も違えば、当然見た目も違うし、素材も様々だった。
 ゴム製からビニール製、布製や、蝋人形まで。ぬいぐるみもあった。毛糸のようなものを巻いて作ったようなものもある。確か、ブードゥー教の呪術人形にこんなのがあった。
 ティレイラは籠の中に山になっているカラフルな人形たちの中からピンク色の人形を一つ取って手のひらの上で転がしてみた。三等身ほどの大きな丸い頭に小さな目が二つあるだけのシンプルなものだ。
 ポップに身代わり人形と書いてある。
 つぶらな瞳がティレイラを見上げていた。ストラップになっているらしい紐を持って視線の高さで揺らしてみる。愛らしいその姿に笑みをこぼした。
「1つ買ってみようかな」
 気に入ったそれを手にしたまま、更にティレイラは別のスペースにも視線を馳せた。
 そこには、メルヘンな世界の片隅にひっそりと存在するメタリカルな空間がある。もちろん、鉄製やブリキの人形もあるのだ。
 その中の1つにトレーのようなものを持った人形があった。押してみると人形が突然とことこと歩き出す。
「わぁ!」
 からくり人形だ。といっても機械仕掛けなどではない。魔法仕掛けである。
「すごい、すごい!」
 座り込むようにして魔法仕掛けの人形で遊んでいると。
「せっかくだから、とっておきのを見せちゃおうかな」
 突然声をかけられ、ティレイラは驚いたように声の主を振り返った。いつの間にか随分時間が経っていたのか、はたまたお茶の用意が出来てティレイラを呼びに来たのか、店主が笑みを浮かべている。
「とっておき?」
 首を傾げるティレイラに。
「ふふふ、非売品なんだけどね」
 そう言って店主は意味深に片目を瞑ってみせた。
「見てみたいです!」
 ティレイラが応えて立ち上がると、店主の後ろからシリューナが聞き捨てならぬとばかりに顔を出した。
「とっておきなんて聞いたことないわよ?」
「とっておきというか、お気に入りね。そういえば、シリューナも見たことなかったかしらね」
 店主は記憶をたどるように視線を宙へさまよわせている。
「貴女のお眼鏡にかなった人形なんて、とても興味深いわ」
 シリューナも期待に胸を躍らせているようだ。店主はフフフと笑って2人を促した。
「こちらよ」
 そうして店主はバックヤードの更に奥に続く扉を開いた。
 ティレイラは目を見開いた。
 まさか、とっておきの人形とやらが自分と同じくらいの大きさであるとは思わなかったのだ。いや、わずかに人形の方が長身か。
 艶やかで長く波打つブロンドの髪。長い睫の下には光の加減で黒くも紫にも見えるミッドナイトパープルの瞳。柔らかそうなベビーピンクの肌は人形であるはずなのに生気を感じてしまう。背中には大きな白い翼。
「天使さまだ……」
 思わず呟いてティレイラはその頬に手を伸ばした。
 思ったより暖かい。まるで肌のようなしっとりとしたそれでいて滑らかな感触。赤ん坊のほっぺを思い出させる。材質はなんなのだろう。
「これがお気に入りなのね」
 心なしか上気しているシリューナの声にティレイラが咄嗟に手をひっこめた。
「ええ」
 店主は自慢げな笑みを浮かべて頷いた。それからティレイラに「触っても大丈夫よ」と付け加えた。
「すごいですね」
 ティレイラは感歎の声をあげて今一度人形を見上げる。等身大の蝋人形やフィギュアも見たことはあるが、これはそういうのとは一線を画している気がした。
 しかもこれは魔法人形なのだ。いったいどんな魔法を秘めているのだろう。
「ご挨拶なさい、セラ」
 店主はそう言って人形の前に立つと何かを施した。店主が退くとその人形は優雅な仕草で一礼してみせる。
「えぇぇ!? 動くんですか!?」
 先ほど、からくり人形で遊んではいたが最早レベルが違う。関節の数が人と同じというだけではなく、まるで生きているみたいにそれは微笑むのだ。
「見事なものね」
 今にも喋り出しそうだが、残念ながら喋ることはないらしい。魔法で動くオートマタ。
「お茶も煎れられるのよ」
「あら、だったら貴女にじゃなくて、この子に煎れて貰いたかったわ」
 シリューナが肩をすくめてみせる。
「しょうがないわね、セラ」
 店主がセラの前に立ち、何かを施す。するとセラはお茶を煎れるためにだろう部屋を出ていった。
「もう一度お茶を煎れなおしましょう。今度こそティレイラちゃんも飲むわよね?」
「あ、はい! いただきます!」
 シリューナと店主が部屋を出ていく後にティレイラも続く。だが、扉の前で反射的にティレイラは足を止めていた。
 そこに陶器の人形を見つけたからだ。ピエロだろうか。満面の笑顔で片足を高々とあげ、今にもくるくると回りだしそうなポーズをとっている。
 店内ではなくこちらに置かれている事にティレイラは好奇心をかき立てられ、それを取り上げた。人形の裏にはぜんまいが付いている。
 機械仕掛けの人形か。魔法人形ばかりを扱っている店なのに珍しい気もしてティレイラはさっそくネジを巻いてみた。
 それをテーブルに置く。思った通りそれはくるくると回り出した。そのスピードが次第に速くなる。
 くるくるくるくる。
 目で追うのも難しくなるほどに。人形が作る渦の中に引き込まれそうなほどに。
 その時だ。
 何かが弾けるように光が爆ぜた。
「キャーッ!?」
 ティレイラは思わず悲鳴をあげていた。世界は真っ白に覆われ、魔法人形の店も視界から消えてしまった。それは単なる錯覚で本当に消えたわけではないのだが。
 程なくして、徐々に世界は戻ってくる。失っていた色を帯びてそれらがティレイラの前に姿を取り戻した時、ティレイラはその異変に色を失った。
「いや!! 何これ!?」
 何かを振り払うように両手を振り回し頭も体も振り回した。棚の上の人形に手が当たっていくつかが落ちたりもしたが、それを拾う余裕どころか気にとめる余裕すらなかった。
 言葉ではうまく説明できない。だが、何かが間違いなく自分の中に入り込んでいて自分の中を蹂躙しているような気持ち悪さに、それから逃れるように必死でもがいた。それでもそれは手のひらの外ではなく中にあふれているようで、ティレイラは泣きそうになりながら両手で自分の体を抱きしめる。
 ガタガタと震えがとまらなくなってティレイラがそこにしゃがみこんでいると、シリューナが奥から顔を出した。
「ティレ? 今、大きな音がしていたけど大丈夫? 何かあったの?」
 ティレイラはその声に少しだけ安堵して、我慢していた涙がこぼれるのもそのままに立ち上がった。
「お姉さま!」
 そのまま駆け寄ろうとして失敗した。
 動きが徐々に鈍くなっていく。体が動きにくくなっていることにティレイラは血の気が引くのを感じた。
 全身の血管を流れる血がドロリとして冷たく硬質になっていくような、体を動かしづらいというより、動かすのが怖くなっていく。動かせば今にもパキンとガラス棒が折れるように体が壊れてしまいそうな錯覚がティレイラを襲っていたのだ。
 ゆっくりとティレイラの正面に立ったシリューナが訝しそうに首を傾げる。
「どうしたの?」
 ティレイラは半泣きの顔をシリューナに向けただけだった。「お姉さま」と言葉にならない。口を動かすことも、喉を鳴らすことも、呼吸をすることさえ、息をするたびに上下する胸が怖くて。動けない、動かせない。
「どういうこと?」
 シリューナは店主を振り返る。
「あー、その人形は……」
 ティレイラが直前まで見ていたと思しきピエロの人形を見つけたのか、店主は痛むをこめかみをそっと押さえるようにして天を仰いだ。
「………」
 ティレイラはダメよと自分に内心命令しながらも、視線を店主に向けていた。
「たとえば人がキスをすると人間になる魔法人形とかあるじゃない? これはまぁ、言うなればその逆ね」
 深いため息とともに告げる。
「逆? つまり、人が人形になる人形ってことかしら?」
 シリューナはまるで何でもないことのように確認を取った。
「で、人形はこの通り」
 店主は右手の平を天井に向けてそっとピエロを指した。紹介されて嬉しかったのかピエロはくるくると小躍りしてみせる。
「………」
 ティレイラは助けを求めるようにシリューナを見た。
「なるほど」
 シリューナは腕を組み感心したように人形を見つめている。
『それで私は……』
 声を発する事も出来ずにティレイラは目で訴えた。既に足下は感覚を失い完全に動かなくなっている。人形になるのは困る。明日も明後日も配達屋としての仕事があるのだ。
 だが、シリューナは気づいた風もなくピエロの魔法人形に興味津々のようだった。
「あくまで魔法なのよね?」
 確認するように店主に尋ねる。
「呪い魔法という意味ではただの魔法ではないかもしれないわね。籠められた怨念の深さが」
 店主は肩をすくめている。とはいえ、言葉ほど慌てた様子もない。それはシリューナも同じだ。当事者であるティレイラばかりが慌てふためき生きた心地がしていなかった。
「怨念は必要ないけど、人形に変える魔法というのは興味深いわ」
「言うと思った」
『あ、あの…』
 魔法ということはその効力が切れさえすれば戻る可能性はある。しかし呪いなんて。ティレイラは戦々恐々としていたが、向き直ったシリューナはといえば、呑気にティレイラの涙を拭っただけだった。
 程なくして遠のくティレイラの意識と共に、パキンという乾いた音をたててティレイラの体は陶器のそれへと完全に変わった。
 シリューナはその陶磁器特有の肌触りを堪能するかのように優しくティレイラの頬を撫でた。今にも泣き出しそうな表情はそのままにとどめられている。この生きた表情はきっとどんな名工にも再現できないだろう、そう思うだけでシリューナの感情は高ぶりをみせた。
「素晴らしい完成度だわ!」
 頭の上から足の先までじっくりなめ回してシリューナは感歎の声をあげる。ピエロを捕獲している店主をよそにシリューナはただただ目の前にある美しい造形美に酔いしれていた。
 やがて。
「ふふふ、大丈夫よ。その内元に戻してあげるから」
 シリューナはどこへともなく声をかけた。
『その内じゃ困りますー!! 明日には仁風さんのところにお届け物を頼まれてるんですよ!』
 ティレイラの声に振り返ったのは店主の方だったか。テーブルの上に小さなジンジャーブレットマンのような人形が両手をあげ抗議をするようにぴょんぴょんと跳ねていた。シリューナはそれには目もくれず、陶器のティレイラ人形から視線を外そうとはしない。
「あなた…それ、身代わり人形の…」
『あ、はい。後で買おうと思って』
 それは、ティレイラがお店で気に入ってずっと持っていたあのピンク色で3等身で手のひらサイズの身代わり人形だった。その身代わり人形がどうやらティレイラを守ってくれたらしい。いや、守ったというか何というか、ティレイラの中身が身代わり人形の中に移っただけである。身代わりなら人形の方が陶器になるところだろう、これでは身代わり人形ならぬ代わり身人形だ。
『すみません、勝手に…』
 手のひらのない腕を擦り寄せて申し訳なさそうにティレイラが謝る。買うつもりだったとはいえ、まだ支払いも済ませていない売り物を勝手に使ってしまって。
 だが、店主はその件について全く気にした風もない。
「じゃぁ、大丈夫ね」
 などと、何が大丈夫なのやらティレイラに向けてはにっこり微笑んだだけだった。
『………』
「こんなところに置いていては無粋だわ。アトリエに移動させましょう」
 シリューナに向けて言うと、店主は早速セラを呼びつけ、彼女にティレイラ人形を抱えさせた。
「ティレイラちゃんはこのピエロをちゃんと見張っててちょうだいね」
 店主がピエロの人形を指さすのに、ティレイラが頷く。
『あ、はい。わかりました』
 ……が、いつまで見張っていればいいのだろう。あまりいい予感がしない。後で、と付いていたとはいえ、戻してくれるというシリューナの言に不信はないので、今はその点に関しての不安は全くなくなっているのだが。
「じゃぁ、行きましょう」
 店主がいそいそとセラとシリューナを促した。
 セラが部屋を出るとその後に店主が続く。
「金髪の美女が黒髪の美少女を運ぶというのもなかなかオツなものよね」
「えぇ、趣向がきいてるわ」
 楽しげにそう言ってシリューナも後に続いて部屋を出ていってしまった。
「この曲線が素晴らしいのよ」
「成長途上の未完成なところがいいと思うわ」
「あら、でも、セラのこの腰からヒップのラインもなかなか捨てたものじゃないわよ」
「確かに柔らかそうではあるけど、陶器が醸し出すクールさもいいじゃない」
 などと続く2人の声が閉じられた扉の向こうに消える。
『………』
 途方に暮れたようにティレイラはため息を吐いて、恨めしげにピエロを見た。シリューナにも店主にも注目してもらえず、捕獲されたピエロは寂しそうに膝を抱えている。
『………』

 アトリエの中央にティレイラ人形が置かれるとその隣にセラが並んだ。
 店主とシリューナはソファに陣取りサイドテーブルに紅茶を用意して、こっちが素敵だあっちが素敵だと2つの人形について品評会など始めている。

 そんな光景を目にしなくてもティレイラには容易に想像がついた。とはいえ、こうなったのは自分の不注意が招いたことだ。文句を言える立場にはない。
 ――いつ戻れるかなぁ……。
 ティレイラは不安げに時計を見た。
 時間を忘れた2人の事だ。明日の仕事は延期してもらうほかなさそうだった。





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