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<東京怪談ノベル(シングル)>


…氷姫の夏…

「縁側でのアイスも悪くないのお。雨見の昼下がり。なかなかに風流ぢゃ」
 そう声をかけられて、横でのんびりと三本目のアイスを口に運ぶ少女(?)を見ながら、アリア・ジェラーティはさっきまでの事を思い出していた。
 
***

「…アイス…売れない…かな?」
 アリアは、アイスの屋台を片付けながら、空を見上げ呟いた。
 もう7月だというのに薄墨色に染まった雲は空を一面に多い隠し、あっという間に銀色の雫を滴らせ始めた。
 水が周囲の大気中の温度を浚っていくのだろう。
 長袖やカーディガンを纏った人たちは時に身を震わせながら足早に過ぎ去っていく。
 店を畳み、道具を濡らさないように台車と共に建物に逃げ込む。
「お仕事は、今日はもうお休み」
 回り中が透明で、どこか薄い青ガラスを被せたような雨の町…。
「なんだか、いつもより…綺麗」
 いつもよりも不思議に美しく見える。
「雨の日も嫌いじゃない。遊びに…行こう」
 商売道具を手早く片付けるとアリアは街に繰り出すことにした。
 白いレースたっぷりのサマードレスはこの季節、普通に着るにはまだちょっと肌寒い。
 でも、アリアはそんなことは勿論気にならなかった。
 スキップのように軽い足取りで歩いた彼女は、近くの公園にやってきた。
 さっきまで賑やかだった公園にも人はもういない。
 …銀色の傘をさした、アリア以外には…。
「あっ!」
 ふとアリアは空を見上げた。
 木が枝にたまった水を弾いたのかもしれない。
 雨の雫より、大きな水滴がバララ、ボロロと降ってきたのだ。
「うわっ♪」
 氷でできたアリアの傘は、人間のそれとは違う形で雨を弾く。
 固く、薄いガラスのような傘は、雫が落ちるごとに歌い始めた。
 ポロン、ポロロン。ロン、ポロロ!
 まるで鍵盤を叩くピアノな傘のメロディは、やがてシャララ、シャラリラという音色へと変わり始めた。
「なんだか、楽しい…ってあれ?」
 傘をくるりと回したアリアはふと「気が付いた」
 傘に付いた水滴が凍り、氷柱になって垂れ下がっていくことに。
 雨の中輝きを放つ銀色ののウインドベル。
「すてき…ステキ…、素敵…♪」 
 アリアは傘を持ったまま手を伸ばし、くるりとピルエットした。
 ふわりと空気を孕んだスカートが、銀の髪が雨の中回る度、傘についた氷柱は勿論のこと。
 アリアの冷気で、全ては凍り、雫の落ちた所から花を咲かせていく。
「凍ってく…」
 前に出したアリアの手から傘が落ちる。

 カシャン!

 硝子の割れる様な音と共に、それは砕け散った。
 あまりにも美しい音。
 氷でできた傘が割れる音だなどとはだれも思わないだろう。
 ダイヤモンドにも似た銀の粉が霧のように広がりながら輝き…さながら舞台を演出するドライアイスのよう。
 その中でアリアは踊り始めた。
 楽しげに、微笑み、ポーズを決めて。
 やがて…どれほどの時が経ったろう?
 その場所に、気が付けば動くものは何も無くなっていた。
 木も、草も、雨も…そしてアリア自身も。
 その時、そこに残っていたのは全てが凍り付いた氷の世界と、氷柱のびっしり垂れ下がった、美しい少女の彫像だけだったのである。

※※※

「おんし、わしが通りかからねば、どうするつもりだったのぢゃ?」
 五本目のアイスを食べながら、縁側に座る少女(?)が首を反らせてアリアを見やる。
 (?)なのは彼女が見かけどおりの人間ではないから、である。
 彼女は魔都東京に名高いあやかし荘の影の主。嬉璃。
 齢数百年を数える座敷童である。
 アリアも顔見知り程度には知っていた。
 でも、こうして話をするのは初めてかもしれない。
 アリアが作り上げた銀の世界。
 そこに最初に通りかかったのが彼女、嬉璃だった。
 アリアをここに連れてきたのも…。


 嬉璃はおやつを買いに行くところだったのだ。
 あやかし荘からなじみの店への道途中。
 歩きなれた道の、見慣れた公園の、見た事の無い風景に彼女は楽しげな声を上げた。
「ほお? これはこれは…」
 一面の氷の国。
 嬉璃のビビットな色合のアニメ絵柄の傘が唯一の色。
 動いているモノも嬉璃一人。
 空気までもが氷結し、もしここに人か動物が通りかかれば取り込まれ一緒に凍り付いていたかもしれない程に、強い力で編まれた…美しい世界だった。
「…この童は…」
 その中央でポーズを決めて立つアリアに気付いた嬉璃は、小さく肩を竦めると彼女をあやかし荘の管理人室に連れ戻った。
 そして静かに解凍したのである。
『世界』の芯であった彼女が場を離れた事で、公園は今頃元に戻っているだろう。
 そして並はずれて濃い妖気の中、ゆっくりと力と氷が解けていったアリアもまた
「…あっ?」
 パチンと、夢から醒めたように瞬きすると…状況を判断し、目の前に立つはっきりと解る妖力の持ち主に
「ありがとう…、アイス…いる?」
 目の前で、ニッコリと微笑む嬉璃に問いかけたのだった。


そして話は六本目のアイスに手を伸ばす、さっきの嬉璃の言葉に繋がるわけで…。
 問われてアリアは小首を傾げながら考える。
 多分、少しすれば、氷は緩んできただろう。
 意識は…無かった訳ではないから多分、自力で氷を砕くことも可能であった筈。
 でも…そうはアリアは言わなかった。
 代わりに…
「嬉璃ちゃん?」
「うわっ! な、なんじゃ!!」
 嬉璃の首にしがみ付く。
「…おうちに連れて行ってもいい? 素敵な氷の箱に入れてあげるから」
 頬ずりするアリアの手から立ち上る銀の煙。
 その力と言葉に、だが嬉璃は怯える様子もなく。
「やめておくのぢゃ。氷になってはこの美味いアイスを食う事が出来ぬ。
 客が一人減るぞ。
 …ともだち、もな」
 クスリと小さく笑うだけだった。
 アリアも勿論、本気ではなかったのだろう。
「それは、大変…」
 後ろに下がってニッコリ笑う。
「お客様は、大事、だもの」
「うむ。初夏のアイスも悪くはないが、やはりアイスは夏が一番ぢゃ。
 それに、冬に炬燵で食べるアイスもまた格別。
 また持ってきてはくれぬか? 
 恵…管理人にも食わせてやりたい。ここの住人どもも喜ぶぢゃろう」
 アリアに一本、アイスを差し出して嬉璃は片目を閉じる。
「まいど! 今後ともご贔屓に〜」
 アイスを受け取って、明るく商売人の顔で笑うアリアに十本目のアイスを食べ終えた嬉璃が頷いて、そして空を仰いだ。
 
 分厚い雲から今も、銀の雫は絶え間なく落ち続けている。
 まだ梅雨の名残の雨は、まだ暫く止みそうにない。
 でも、この雨が新しい出会いをくれた。
 …ともだちと出会わせてくれた。

 降りしきる雨を見つめながら並んでアイスを食べる。
 二人の心は、夏空のように爽やかであった。