コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


闇の中

 これまで何人もの対象者たちを葬ってきた。それが任務だからだ。
 元は人間だった彼らは、魔瘴に侵され、又は己の持つ力に溺れ魔物になった者たち。そうなってしまった以上、葬り去るしか無い。
 フェイトは時々思う。彼らと自分の一体何が違うんだ、と。
 特別な力を使い、化け物を葬っている。
 人間といえるだろうか。まるで化け物じゃないか。
 それでも、戦い続けるしかない。
 感傷なんてとっくの昔に忘れてきた。何も感じない。実際には何も感じていないふりかもしれない。
 しかし、そうするしかない。立ち止まることは出来ない。
 生きていくためには、そうするしかないのだ。

 路地裏に追い詰められた異形の生物は、大きな目でフェイトを睨んでいる。
 耳元まで避けたように大きな口から覗く歯が、ギラギラと尖っている。手足の長い、蜘蛛のような女だった。
 フェイトは両手に構えた拳銃の引き金を引いた。
 女は両手両足をくの字に曲げ、飛び上がる。建物の壁を蹴り、素早い動きで銃弾をかわす。
 フェイトは素早く右手の拳銃をホルスターにしまうと、女に向けてその手の平をかざした。周りの空気を圧縮したような波動が女めがけて放たれる。宙を飛び回っていた女に命中し、女は地面に落ちた。
 フェイトは近づきながら、左手に持っていた銃を右手に持ち替える。そしてうずくまっている女の前で足を止めると、銃口を向けた。
 その時。
 突然女の腕がフェイトに伸びてきた。
「……っ!」
 首を掴まれ、そのまま壁に押し付けられた。背中を打ち、一瞬フェイトの息が詰まった。
 女の爪がギリギリとフェイトの首に食い込む。ぎょろりと大きな目。女は大きな口を開き、言葉を発した。
「私のことを化け物だと思っているのだろう?お前は化け物退治をしに来た勇敢な人間様のつもりか?普通の人間にはない力を使うくせに」
 首を掴まれたまま持ち上げられ、フェイトの足が地面から離れた。フェイトの首からは鮮血が滴っている。女はさらに強くフェイトの首を締め上げた。
「お前だって化け物だろう」
 大きな目で、恨みがましくフェイトを睨んでいる。
「……っ」
 フェイトは拳銃を女の腹部に押し付けた。銃弾が発射されるとほぼ同時に女は素早くフェイトから離れ、身をひるがえして弾を避けた。しかしフェイトは両手に銃を持つと、立て続けに弾を打ち込む。何発か命中し、女は再び地面に落ちた。
 かなりダメージを受けている女は、荒い息を付き、恐ろしい形相でフェイトを睨みつけている。ずるりと長い腕を持ち上げると、フェイトに向けて手の平を構えた。衝撃波を放つつもりらしい。
 まともに食らう訳にはいかない。フェイトが避けようとした時、視界の端に黒い影が見えた。
 フェイトは避けるのをやめ、頭を低くして両腕で庇うようにした。
「ぐ……っ!」
 フェイトは女が放った衝撃波をもろに食らい、吹き飛ばされた。フェイトの身体は壁に叩きつけられ、どさりと倒れた。

 化け物だろう。
 女の言葉が耳に残っている。
 そうなのだろうか。俺は。俺は。
「……そんなの、分かっている」
 今更だと思いながら、時々思う。
 自分はまだ、人間でいられているのだろうか。
 いつまでこんな堂々巡りを繰り返すのだろう。
 考えたって仕方がない。
 自分に出来ること、やるべき事をやるしか無いんだ。
 任務の対象者となった化け物たちは、葬り去るしかない。
 終わらせてやることが唯一の救いなんだ。

「……お前の苦しみを終わらせてやるよ」
 フェイトは身体を起こした。額から流れる血が黒髪を濡らして、頬を伝う。体中が痛い。どこが痛いのかもう考えたくない。フェイトは自らの血に濡れた手で、拳銃を拾った。
「今楽にしてやる」
 女に銃口を向ける。引き金を引いた。乾いた銃声が響く。念を銃弾に込めた対霊弾が、女の額を撃ち抜いた。それでおしまいだった。

 フェイトはふらふらと壁に向かって歩き出す。そして、ポリバケツと壁の隙間に身を隠していた生き物に声をかけた。
「大丈夫か?」
 屈みこんだフェイトを黒猫が見上げていた。緑色の目で、じっとフェイトを見つめている。
 衝撃波を受ける前に視界の端に映った黒い影。背後に黒猫がいたため、フェイトは攻撃を避けなかった。
 フェイトが手を伸ばすと、黒猫はフンフンと匂いをかぐような仕草をして、それから額をすり寄せた。
「今度からは気を付けろよ」
 フェイトはそう言って、指で黒猫の額をなでてやった。
 フェイトが立ち上がると、黒猫が身体をすり寄せてきた。長いしっぽがゆらゆらと揺れている。
 そんな猫を見下ろしていると少しだけ名残惜しい気もしたが、フェイトはもう行かなければいけない。黒猫を少しだけ撫でて、フェイトは歩き出した。
「またな」
 フェイトが言うと、まるで答えるように、黒猫がニャアと鳴いた。