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<東京怪談ノベル(シングル)>


新月に笑う世界の中で 1

凄まじいスピードで移り変わる映像を物憂げに眺めていた青年は、片手を上げて、それを止めた。
ふむと両手を組んだ青年はソファーに背を預け、天を仰ぐ。

「見事なまでにやられたね。相手は、彼の自衛隊特務機動課、水嶋琴美……か」

楽しげにのどを鳴らしながらも、凶暴な光を宿した瞳で居並ぶ配下の男たちを睥睨した。
一見して凡庸、だが、その身から発せられる威圧感は桁外れなもので、並みの者たちは呆気なく従ってしまう――いや、その雄々しい覇気に心酔してしまう。
王者、というよりも、覇者というべき存在感を放つ青年は大きく背伸びを一つすると、ソファーから立ち上がった。

「起こったことは仕方がない。『棟梁』を失ったのは、大きな損失だが、いつまでも嘆いている暇はないからな」
「と、おっしゃられますと?」

さて、どうするか、と首を回す青年に、最も近くに控えていた男が恐る恐る尋ねるが、一睨みされただけで震え上がってしまう。

「分からないか? 我々は今、存亡の危機に晒されているんだよ。あの『水嶋琴美』に『棟梁』たちが壊滅させられたんだ。本丸である俺たちを放置するわけないだろうが」

小さく肩を竦めつつも、凍れるような冷たい眼差しで見下す青年は、震え上がってひれ伏すしかない男たちを前にして忌々しそうに舌を打った。
全く持って役に立たない連中だ。これで自分―組織のボスを支える上層部だと思えない。
ただただひれ伏して、指示を待つ上層部と称する男たちの処分を考えつつ、青年は下部だが、頭も行動も切れる部下たち数名の顔を思い出しながら、迫りつつある脅威―水嶋琴美への対策を巡らせていた。

デスクの上に置かれた無数の書類束を前に、唸り声を上げ、頭を抱える上官。
常に冷静沈着な上官の珍しい姿に、琴美は呆気にとられるが、事態が事態だと思うと、さすがにそうなるか、と納得してしまう。
なにせ上官だけではない。特務機動課――いや、今や自衛隊全てに激震が走り、上へ下への大混乱に陥っていた。

「上官、貴方はどう対処すべきとお考えです?」
「平然と聞くな、水嶋。こちらが思うほど安易に片づけられる事案ではないんだぞ」
「それは分かっております。ですが、頭を抱えて悩む時間はもう過ぎていると思います」

相変わらずはっきりと断じてくれる、と苦々しい表情でにっこりと笑う有能な部下である水嶋を一瞥し、上官は椅子に背を預けた。
確かに琴美の言う通りなのだ。悩んでいる時間など、もう自衛隊には残されていない。
しかし、こうもはっきりと、だが、的確に攻撃してくるとは思っていもいなかったのは事実。
だが、それを差し引いても、これは前代未聞の事態だと言えた。

「あまり悩んでも無駄だな。すでに答えは出ているというのに、別の策を探しても意味はない」

小さく息を吐きながら、上官は投げ置かれた書類の束に埋もれた―上質の和紙に包まれた書状を片手にとり、ぼやいた。

「まさか自衛隊に挑戦状を叩き付けてくるテロ組織がいるとはな」
「ええ、まさに前代未聞ですわ」

無造作にデスクに投げた書状を目にし、琴美は苦笑を零し、肩を竦めた。
自分で言っておいて、なんだが、正直なところ、本当に前代未聞だ。
一介のテロ組織が国家防衛を担う一大部門・自衛隊に面と向かって宣戦布告をしてきたのだから。


数時間前
いつもと変わらない、ごくありふれた平常な時間を過ごしていた自衛隊の各部署に――もちろん特務機動課にも――届けられた一通の書状が激震を走らせた。

―告 幕僚長以下自衛隊上層部、および各課。
先日、壊滅させていただいた武装傭兵組織のお礼を申し上げる。その返礼として、これより48時間後、地方にある各自衛隊駐屯地に報復措置を取らせていただく。
阻止したくば、貴隊が誇る特務機動課のトップ・水嶋琴美を派遣し、我らと戦うことを要請する。
返答は行動によって証明されたし。
なお、この件を公表するならば、こちらが保有する情報を公開する。
これは脅しではない。

正々堂々というか、面と向かった宣戦布告の尊大な果たし状に、琴美は怒りや呆れを通り越して、喝采を送りたくなった。
国家の一大組織に対し、恐れるどころか、正面切って戦いを挑んでくるのだから、いっそすがすがしい。
しかも自分を名指ししてきたなら、逃げるなどしない。受けて立ってやろうと腕がなる。
けれども、そうは簡単にすまないのが、組織の悲しい習性である。
特務機動課はともかく、各課は大混乱に陥り、意見が見事に2分した。
一つ、敵組織の要求通り、特務機動課の最強にして最大の切り札・水嶋を派遣すること。
一つ、テロ組織を裏で操る非道な敵の要求を蹴り、自衛隊の総力をもって殲滅すること。
どちらの意見も激しくぶつかり、ある課など戦闘状態一歩手前までいってしまったほどだ。
だが、要求を突き付けられた幕僚長をはじめとする幕僚――つまり、上層部は腹を括り、特務機動課に命令を下していた。

「対応はそちらに任せる。水嶋を派遣し、敵組織を殲滅せよ」

幕僚長直々の命令に逆らえるわけもなく――むしろ、琴美を派遣する気でいた特務機動課の上層部はお墨付きを頂いたとばかりに行動を開始していたが、それを快く思わない各課の上層部がいちゃもんをつけてきたわけで。
その板挟みになったのが、琴美の直接の上官というわけである。

「タイムリミットまで6時間を切っています。どうなさいますか?」
「どうもない。お前以外、いや、あちらの御指名だ。相手をしてやってこい」

珍しく追い払うように片手を振る上官に琴美は肩を竦め、敬礼をすると、くるりと背を向けて、執務室を退出した。
琴美の消えたドアをぼんやりと眺め、上官は大きくため息を吐き出した。
本当なら、とっくに派遣していた。どっかの課がやんややんやと口を挟んで来なければ、もっと早く進んでいた。
幕僚や上層部も頭を抱えていただろう。
当然だ。要求を蹴れば、この国がひっくり返るような危険極まりない――根幹の情報が暴露されたのだから。

「状況を理解しろってんだよ、全く。お蔭でとばっちりくらう」

本気のぼやきをこぼしつつ、上官は颯爽と旅立った琴美の戦果を祈るだけだった。

ロッカールームで手早く着替えをすませ、膝丈まで編み上げたブーツを鳴らし、琴美は薄暗い廊下を突き進む。
身体のラインを引き立たせるスパッツの上に履いたミニのプリーツスカートから覗く麗しき太もも。
なんとも色気がないと思われるがベルトに括り付けらた数本のクナイ。
細くしなやかな両手を覆うロンググローブ。上半身に纏うのは帯で締め上げ、袖丈を半袖まで短くした着物。
きつく締め上げたせいか、豊かな胸が強調され、目を引き付ける。
だが、そんな容姿に目を奪われ、なめてかかれば、たちまち奈落へと叩き落とされ、儚く消える。
それが水嶋琴美、という人物の実力というものだ。
廊下を突き進み、ふと眩い光と共に視界に広がるのは、物資運搬も担う戦闘ヘリ。
しかも第一級戦闘装備という、あまりの仰々しさに琴美は面食らうが、乗員する2人のパイロットは困ったといわんばかりに頭を掻く。

「仕方がないんですよ。あらゆる事態に備えておくべきだって言うのが、航空部隊の意見でしてね。まぁ水嶋隊員なら必要ないか、と」

軽口を叩く―サングラスをかけた青年パイロットの足を思い切り蹴り、ベテランらしき男性パイロットが非礼をわびた。

「気になさらないでください、水嶋隊員。貴女を無事送り届けよというのが、我々への命令です。これは向こうに対する保健みたいなものですよ」
「幕僚長らしい、慎重なお考えですわ。確かに向こうが攻撃してこないという保証はないですもの」

にこやかに返す琴美に、さすが、と応じながら、パイロットたちは琴美を乗員シートに乗せると、コックピットに乗り込んだ。
基地中に響き渡る重低音。凄まじい速さで回転を始める一対のプロペラ。
ごう、と音を立てて、浮上する機体に敬礼をして見送る隊員たちに窓越しから敬礼を返し、琴美は戦場へと飛びだった。