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<東京怪談ノベル(シングル)>


新月に笑う世界の中で 2

漆黒の夜空を音もなく、滑空する戦闘ヘリ。
地上から数千メートルの上空を飛んでいるだけでなく、機体自体が特殊なステルス機能を搭載している。
その性能の高さは現在、絶賛証明中だが、そればかりではないですわね、と胸の内でこぼし、琴美は窓の外を見る。
夜空を明るく照らす、太陽の片割れともいうべき存在――月が空にはない。
ないというのは間違いだ。
今宵は闇が最も深い夜――新月。
厚さ5cm程度の扉で隔てられた外は深く、暗い漆黒の世界。
琴美はスライド式のドアノブに手を掛けると、一気にドアを引いた。
ゴウッと鳴り響く風の音が耳を打つ。
当然とばかりにバックパックを背負い、琴美は迷うことなく空へと身を躍らせた。

闇夜を切り裂いて落下してくる物体――琴美を正確に捉えた暗視システムに、青年はへぇっ、と無味乾燥な―代わり映えのない感想を口にして、モニターを眺めた。

「なるほどね〜噂に違わぬ最強エリート。マジでたった一人で突入してくるなんてな」
「これくらいで来て、当然しょ?でなきゃ、特務機動課の誇るトップエリートなんて張れないですよ」
「そうだよな〜女だから、なんて間抜けたこと言うやつもいるけどさ」
「で、どうすんだ?まさか、ガチでやり合うわけねーよな?」
「当然だ。真っ向から勝負するなんて、どんな熱血話だよ」

言いたい放題言ってくれる、周りに集っていた同年代の青年たちに組織のボスたる青年はモニターを背に立ち上がる。
その端正な顔に不敵な笑みを浮かべている。

「騒ごうが、喚こうが、全ては予定通りの展開だ。後は……分かっているだろう?」
「了解」

にやり、と笑って、部屋から出ていく青年たち。その背を見送り、ボスは侵入に成功し、パラシュートを捨てる琴美が映るモニターの隣にある、別のモニターを一瞥し、青年たちの後を追うように部屋を出た。
もし、そこにボスたち以外の人間がいて、そのモニターを見たとしたら、おそらく正気ではいられないだろう。
なぜならば、砂嵐のような最悪の画質の間に映し出されたのは、死屍累々と倒れ伏した上層部の姿があったからだ。
元部下の無残な姿が映っているというのに、眉一つ動かさないボスの、底知れない恐怖を感じ取れた。

フィールドのように整備された敷地内を琴美は目の前に見える―都心部などで見られる洒落た、デザイナーズマンションを思わせる―コンクリート製の建物に向かって走った。
が、着地ポイントから数十メートル走ったところで、琴美は妙な違和感を覚える。
ここまで来る間、何の障害もなく、たどり着けている。
無駄な戦闘で体力を奪われなくて幸運だ、と思うなら、それは大きな間違いだ、と琴美は思う。
どんな状況、状態であろうと、ここは敵組織の本拠地なのだ。
彼らにとってのトップ―つまり、ボスがいる心臓部である。それを守るために最大限の警備を敷くことは当然のことであって、時に最新鋭の警備・迎撃システムが使われたり、人海戦術が使われたりするものだ。
それが全くない、というのは、奇妙であり、得体がしれない。
もっとも、自衛隊に正面切って宣戦布告をしてくるような連中なのだから、こちらの経験や常識が通用しないのが当たり前なのかもしれないと、琴美は思い直し、警戒を強める。
しかし、警戒した警備システムはなく、あっさりと建物に到達してしまい、なんだか拍子抜けした気分に陥る琴美だったが、室内に踏み込んだ瞬間、その表情を一変させた。

人ひとりがやっと通れるガラス張りのドアを押し開いた瞬間、目の前に炸裂する閃光。
とっさにドアから離れ、左側の壁に背を預け、きつく目を閉じると同時に、耳をつんざく爆発音が轟いた。
沸き起こる黒煙の向こうから、何かが低く弾ける音が響き―やがてそれが高くなってく。
それを聞いていた瞬間、琴美は本能的に何かを感じとり、そこから数メートル離れ、音が一番聞こえる―吹き飛んだドアにクナイを投げつけた。
ぐしゃりと何かに刺さった音が妙にクリアに聞こえたかと思った瞬間、再び起こる爆発が起こる。
しかも1回目よりも更に強力なもので、つい数秒前まで琴美がいた壁のあたりまで吹き飛び、呆気なく崩れ落ちた。

「あ〜やっぱ、無理だったか。ま、こんなんでやられるわけねーか」
「そうだな。時間差で仕掛けたグレネード爆弾も気づかれていたが……そうでなくてはおもしろくない」
「当然だろ?でなきゃ、やりがいがねーよ」

思った以上の破壊力に息を飲み、琴美は鋭く前を睨む。
と、収まらぬ煙の向こうから姿を見せたのは、子どもっぽく笑う帽子をかぶった小柄な青年に眼鏡をかけた生真面目そうな長身の青年。
そして浅黒い肌をもった好戦的な目をした青年。
一見すると、いわゆるイケメンと呼ばれる部類の美形だが、発する気配は底知れない―得体のしれない力を感じさせる。

「これはまた……厄介な方々ですこと」
「褒め言葉として受け取りましょう、水嶋。女性ながら、特務機動課トップの実力――見極めさせていただきます」

くすりと微笑む琴美に眼鏡の青年は表情を変えず、冷やかに見下す。
相変わらず固いな〜とぼやく帽子の青年に対し、浅黒い肌の青年は指を鳴らして楽しげに笑う。

―血に飢えた獣のような目をして良く言いますわね

口には出さず、琴美は笑みを絶やさぬまま、太ももからクナイを引き抜いた。
その動きに、ひゅうっと浅黒い肌の青年が口笛を鳴らすと、呆れた顔をして2人がその頭をコントよろしくはたき飛ばす。
思いっきり前のめりになりながら、なんとか耐えきった浅黒い肌の青年はギロリと一瞬睨むが、戦うべき相手を間違えない。
そこはさすがというべきだろう。

「ごめんね〜水嶋さん。こいつ、女の人に目がない馬鹿だから」
「はっ!興味のねー男なんざいるわきゃねーだろが」
「無駄口はそこまでだ。そろそろ始めるぞ!」

にこりと笑う小柄な青年に軽口を叩いて反論する浅黒い肌の青年。その二人を嗜め、眼鏡の青年は腰につけた二つのホルスターから自動小銃を抜くが否や、琴美に向かって発砲した。
それを合図に小柄な青年はベルトに括り付けたサバイバルナイフを両手に握り、一足飛びに琴美に迫る。
その最初の一撃を横に移動することでかわし、クナイでナイフを弾き飛ばし、小柄な青年の腕を掴み、思い切り引き寄せると、その鳩尾に右ひざを叩き込む。
容赦のない急所への一撃に小柄な青年は息をつめ、その場に倒れかかる。
これで一人、と思った瞬間、いつの間にか背後に回り込んだ浅黒い肌の青年が高く振りかざした組んだ両手を振り落とす。
とっさにクナイを投げつけながら、半身を回転させ、浅黒い肌の青年と相対すると、その腹に強烈な右ストレートをえぐり込ませる。
その強烈な威力に浅黒い肌の青年は身体をくの字に曲げ、大きく後ろへと吹っ飛び、後方の壁に叩き付けられる。
琴美は軽く地を蹴り、追いすがると、容赦のない乱打を叩き込む。
惨い、と言う者もいるかもしれないが、これは生死をかけた戦い。
一瞬でも気を抜けば、負ける。そういう世界だ。
白目をむいて気絶する浅黒い肌の青年。その崩れ落ちる姿を捕え、眼鏡の青年はなんとか逃げ、距離を取った小柄な青年に駆け寄る。

「一気に仕掛けるぞ!」
「分かってるって!!」

狙いをすまし、トリガーを引く眼鏡の青年に、小柄な青年は怒鳴り返しながら、腕に付けたナイフを構え、無防備と化している琴美の背に向かって投げつける。
だが、琴美は優雅に振り返りながら、いつの間にか手にしてたクナイでナイフと数千発の銃弾を全て叩き落とすも、男たちは攻撃の手を緩めない。
琴美は右へ左へと、リノリウムの床を蹴りながら、余裕で攻撃をかわし、距離を詰めていく。
凄まじい数の銃弾を打ち続けているというのに、一発も当たらない光景に眼鏡の青年は目を見開きながら、ぎりっと歯を食いしばった。
長・中距離攻撃に長けた自動小銃は厄介だが、接近戦に持ち込まれると厄介なナイフ攻撃を主体とする小柄な青年を先に、と思い、その眼前まで距離を詰める。
ひっと小さく声を上げ、素早く持ち替えたサバイバルナイフを袈裟がけに振り下ろすが、それは届かなかった。
空しく空を切るナイフの向こうに、敵である彼女の姿はない。
その姿を探そうと、慌てると同時に強烈な激痛が脳天を駆け上がり、小柄な青年はぐらりと前に倒れ伏す。
ほんの一瞬。そう本当に一瞬だけ生まれた、小柄な青年の迷い―最大のチャンスを琴美が見逃すわけがない。
背中に冷気よりも冷たい殺気を感じたと思った瞬間、小柄な青年は何が起こったのか理解するまもなく意識を手放した。
その意識を失う、わずか数秒の間に彼が見たのは、恐ろしいまでに冷やかな眼差しをして微笑む琴美の姿。
あまりに手際よく、かつ正確な一撃に眼鏡の青年は明晰な頭脳で即座に決断を下すと、広々とした―いや何もないロビーから逃げしながら、懐に仕舞い込んでいた携帯を引き出し、どこかに連絡を入れる。

「さぁ、まだ追いかけっこはこれからですわね」

逃げながら、器用にも電話する青年に肩を竦めるも、息一つ乱さずに琴美は後をその後を追いかけた。