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<東京怪談ノベル(シングル)>


黒の降る夜(1)
 床に落下したキャンディのように、粉々に砕け散ったステンドグラス。すでに廃墟と化している寂れた教会に、賛美歌は鳴り響かない。
 とうの昔に崩れ落ちた天井のせいで瓦礫にまみれたその教会の上を、目にも留まらぬ速さで飛び交う一体の影がある。それは黒く、大きく、見た者を思わずぞっとさせる程の禍々しさを内包していた。この世のものではない、異形である。
 その異形が蹂躙するように空を飛び回っている真下には、ある意味ではこの場に相応しい……けれどやはり、こんな廃墟にいるのは場違いな、神聖なる修道服を身にまとった人影があった。熱心な信者であるその人影は、頭上を異形が飛び交おうとも祈りを捧げるポーズを崩そうとしない。
 砂埃で汚れた修道服が割れた壁の隙間から吹き荒ぶ風にさらわれそうになっても、その影は祈り続けている。いつまでも。今、この時さえも。

 ◆

 黒いストッキングに包まれた長い足を行儀よく揃え、姿勢を正しながら白鳥・瑞科は眼前に佇む男の言葉を待っている。
 その男は、シスターである彼女と共に迷える子羊達を導く神父であり、人類に仇なす組織や魑魅魍魎を滅する世界的組織、「教会」に所属する司令官でもあった。
「貴女に頼みたい事があるのです。シスター白鳥」
「ええ、何なりとお申し付けくださいませ」
 神父の口から語られるのは、街で暴れている悪魔の討伐任務についてだ。瑞科は臆する事もなく、二つ返事でその任務を引き受けてみせる。澄んだ青色の瞳には一切の迷いもなく、口元には笑みを携えてまでいた。
 彼女の事をよく知らない者がもしこのやり取りを目撃したら、これから向かう先がどんなところだとこの可憐な女性は把握していないのではないかという一抹の不安を抱いてしまうかもしれない。しかし、優しげな瞳をした神父の胸にそのような不安や心配といった類の感情はない。
「シスター白鳥、貴女に神のご加護がありますように」
 あるのは、彼女への熱い信頼だけだ。期待のこもった眼差しで、神父は部屋を出て行く瑞科の事を見送った。

 任務を受領した彼女がまず真っ直ぐに向かうのは、現地ではない。この秘密拠点に存在する、彼女の自室である。
 何せ、瑞科は先程まで「教会」の表向きの仕事である商社にて働いていたのだ。
 今現在、彼女のスレンダーながらも女性らしい膨らみを持つ体を包み込んでいる衣服は、普段彼女が業務中に着用している扇情的なスーツなのである。
 無論彼女程の実力者であればどのような格好でも敵に遅れをとる事はないのだが、それでもやはり場に最も適した衣装で事にあたるのが一番であろう。
 ワードローブに手をかけ、彼女は戦場という舞台に相応しい戦闘服へと着替えていく。
 体にピッタリとはりつき瑞科の豊満で女性らしいボディラインを浮き立たせる長袖の上着に、彼女は腕を通していく。最新型の素材で作られたそれには、教会の装飾も施されていた。
 ボトムスには、同じく美しい装飾の入れられた黒のミニのプリーツスカート。美しい足を惜しげもなく晒すセクシーさと女性らしい愛らしさが、綺麗なコントラストを彩る。
 太ももに食い込むのは、ニーソックスとガーターベルトだ。膝まである白色の編上げのロングブーツも、もちろん忘れてはいけない。
 肩には、鉄の小型の装飾が入った肩当て。羽織られた短めのマントが、彼女の動きに合わせて揺れる。
 仕上げとばかりに、スカートとニーソックスの間……僅かに顔を見せる彼女の魅惑的な太ももに、ナイフを携えれば全ての準備は完了する。
 愛用の武器である長い杖を手にし、瑞科は自室のドアを開け放った。

 純白の穢れなきロングブーツが地を叩く、甲高い音が響く。
 歩く瑞科の横顔は凛々しく堂々としていて、自信に満ち溢れている。神父の信頼と期待を背負った背は、綺麗にまっすぐと伸びていた。
 艶やかな茶色の髪をなびかせながら、彼女は歩いて行く。暴れ回る悪魔に悩まされている、自分達の守るべき街へと。

 ◆
 
 夜の街を、瑞科は駆ける。長くしなやかな足は、踊るように異形の気配の強いほうへと向かった。
 ねっとりとまとわりつくように自身の絹のような肌を撫でる殺気に、不意に足を止め瑞科は顔をあげる。整った形の青色の瞳が、じっと夜空を睨み上げた。
 そこにあったのは黒だ。闇が、夜を覆い尽くしている。
 それは異質であり、日常からかけ離れた畏怖すべき光景。しかし、瑞科は怖気づく事なく笑みを浮かべ武器を構える。
 夜空を埋め尽くしているのは、不気味な羽音と共に空を飛び交う無数の悪魔であった。