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<東京怪談ノベル(シングル)>


『目印』について探偵と色々話し合った後の話。

 目処が付いたなら、次は行動に出るまで。

 探偵――草間武彦と話し合う中、出揃った『目印』候補。…内、すぐにどうにかなるものをどうにかしようと黒冥月は考える。『奴』の素体の『姪』については当の草間が会う約束はすぐに取り付けたのだが、さすがにこれからすぐ面会とは行かなかった模様。…まぁ、相手のある話は相手の都合も考える必要がある。
 となると、まずは「本」か。

「草間」
「なんだ」
「少し付き合え」
「男とデートなんて御免だ」

 言われた時点で殆ど反射的に草間の頭に手が伸びた。そのままがしりと後頭部を掴み、当然のように机に叩き付けておく。

「…ただの荷物持ちだ」



 渋る探偵を引き連れ向かったのは地域一番の大型書店。当然、私がそんな場所を知る訳も無いので探偵自身に案内させての事。…どうせ草間興信所に客なんて来ないし、事務所に誰も居なかろうと問題はあるまい。事実、痛む鼻先を押さえ、恨みがましい目で私を見つつも探偵は私の頼みを断りはしなかった。…断ったら更なる暴力に晒されるとでも思ったのかもしれないが、まぁどうでもいい。
 ひとまず向かったのは、文学コーナー。国内国外、細かいジャンルも問わず、片端から籠に入れる。…籠は当然、草間持ち。次々棚が空になる。偶然居合わせた店員客人皆何事かと言う目でこちらを見ている。…が、それもまたどうと言う事も無い。必要なのだから買っている。私が籠に入れるに当たって取り敢えず気にしたのは、同じ本を複数冊買ってしまわないようにと言う事くらい。数については全く気にしていない。
 その内、籠が一つで間に合わなくなった。

「…本当に本の山作る気か」
「ああ。悪いか」
「…」
「心配するな。お前に金を出せとは言わん。このくらい私の方で一括で支払える」
 昔の裏の仕事の報酬が腐る程残っている。…まさか当時の依頼人も報酬が本に化けるとは思わなかったろうが。
「お前は労力の方だけ出せばいい。全て運べばいいだけだ」
「…ここまでするなら店員に頼め!」
「気の毒だろうが」
「それが本屋の仕事だろうがっ」
「仕事でも、こんな買い方する客にいちいち付き合わせるのは気の毒だとお前は思わんか?」
「俺は気の毒じゃないのかっ」
「全然」
「…」

 新たな籠を追加し、再び棚からその籠へと本を更に追加して行く。草間の方から何やらどんよりと重い空気が漂って来た気がしたが無視。数冊ずつ棚から引き抜き、どんどんと放り込む。…と、当時『奴』が喫茶店で読んでいた本を発見した。確か、この本だった…感傷に浸る事でも無いとその本もまた籠に放り込む。…その本を見てか、草間もちょっと気にしたような節があった。彼もまた私同様、気付いたのかもしれない。
 まだ、草間の持つ籠には若干の余裕がある。次の籠…は、勘弁してやるか。そもそも物理的に同時に持てんし――取り敢えずそう決めて、「若干の余裕」の分だけを埋めるつもりで更に本を追加する…そんな中、たまたま視界に入って来たのは「女心の扱い方」的な内容と思しきタイトルの本。…ここはハウツー本の類のコーナーではなく文学コーナーでは無かったのだろうか。思いつつも、これも何かの導きかもな、と、くくっと笑い、その本もまた籠に放り込む。
 と。
 驚愕に震えるような探偵の声がした。
「お前まさか…」

 ばき。

 ………………何を言おうとしたのかは敢えて問わんが、それ以上を言ったら殴るぞ、草間。



 もう殴ってるだろうとの更なる恨みがましい文句を聞きながら、私は涼しい貌で会計へと向かう。籠の中身は合計で百冊を超えていた。その支払額…の途中経過をレジで見た時点で探偵は再び驚愕に震えていたようだったが、私としては割と安価いものだなと言う所感。…まぁ、本の価格は種類にもよるのか。その筋…特に裏の世界だと一冊で何百万・何千万・何億と言う本もザラにあった気がしたので、ある意味そちらが基準になっている自分の感覚がおかしいだけかもしれない。

 会計時、さすがに購入冊数の多さもあって、全部をレジに通すのには時間が掛かる。その間に荷物持ちから解放された草間は当然のように休憩。レジ付近にあった雑誌コーナーの辺りでぐったりと一息吐いている。
 私もそちらへと足を向けてみた。
「…もうへばったか」
「…知ってるか? 本ってのは意外と重いんだぞ」
「泣き言言うな。男だろうが」
「お前が言うか」
「また殴られたいか」
「悔しかったらお前もたまにはこういうの着てみろ」
「何?」
 要領を得ず聞き返すと、草間はすぐ側の雑誌コーナーを顎で示す。示された先にあるのは…女性ファッション誌数冊。その事実に、思わず目を瞬かせる――常日頃から男扱いして来る癖に、今度は急に女扱いか、と軽く驚いた。珍しくそんな事を言ってのけた草間の様子を改めて見れば、何やらぐったりとしているだけで特に他意も感じない。ただの普段の憎まれ口の延長…程度のつもりだったのだろう。
 が。
 私の方は――少々悪戯心が疼いた。
「着たら何かいい事してくれるのか?」
「っ」
 狙った通りに、草間は言葉に詰まる。…意識している。男なら誰でもドキッとするような女の微笑み。昔の仕事上、装った事が無いでも無い――折角なのでからかいがてらこのタイミングで「それ」を草間に披露してみただけなのだが。

 一応、この草間も私を女扱いする気はあるらしい。



 手持ちで一度に何とか持ち帰れるよう、店員が知恵を絞って梱包した大量の本。当然草間に全て持たせて――そのまま草間興信所に帰るのでは無く公園に寄り道する事にした。ちょっと待てぇっ、と草間に大声を上げられはしたが、寄り道の先が『奴』と接触した当の場所である事に気が付くと静かになった。そして――だったらせめて喫茶店の方にしてくれともぼやかれた。
 そちらは公園の後に行く、と言い置き、公園へと向かう足は止めない。…そのまま暫し…いつの間にか草間の姿が付いて来ていない事に気が付いた。さて、と元来た道を振り返ると――今自分が居る場所からかなり手前の時点で草間の姿が止まってしまっているのが見えた。購入済みの本を脇に置き、情けなくも地べたにへたり込んでしまっている。
 取り敢えず、そこまで戻った。

「こら」
「…もう一歩も動けん」
「…」
「無理だ」

 …今度ばかりは本気でへばったらしい。

「仕方無いな、ヘタレめ」
 はあ、とこれ見よがしに溜息を吐いて見せてから、私はひとまず一番手近にあった影――自分と草間の影の中に、買い込んだ本を全て放り込む。…能力を以って、影の中へと本を仕舞う。
 それを見届けて、暫しの間。

「…」
「…どうした?」
「…最初からそうしろ!」

 そうだ。良く考えればそもそもお前の買い物に荷物持ちの必要なんぞないだろうがっ――草間がぎゃあぎゃあ喚いているが、今更な話だ。…気が付かなかった自分が悪いと諦めろ。

 …いや、本当は初めから気が付いてはいたのかもしれないな? どうせ、お前の事だから。



 件の公園に辿り着く。
 当時は虚無の何かの仕掛け…の準備とか何とか言う無粋な話が出て来てはいたが、実際にただ身を置いてみるとそれだけだとも思い難かった。普通に、環境がいいと思う。その上に逢瀬の場所でもあった訳だから…案外、お気に入りの場所だったのかもな、とも思う。
 あの喫茶店も、店の雰囲気自体は悪くなかった…と思うし。
『奴』も意外とセンスは良かったのかもしれない。

「他に『目印』になるようなもの…については事情を話した時に『待ち人』二人に考えて貰うか」
「…だな」
「それと。『奴』の素体の『弟』との接触がどうしても無理そうならそっちは諦めるつもりだ。今回の場合、大きな目印にはなるが絶対的要素でも無いからな」
 他の量と質で、充分カバー出来るだろう。
「…それが今の本の爆買いの理由かひょっとして」
「ああ。それもある」
「お前な」
「勿論、そうでなくともそれなりの数用意するつもりではあったがな」
「…少しは限度考えろ。店の方でもフロアのレジと店員総出で会計する羽目になってたんだぞ」
「喜んでたようでもあったが? …昨今は出版不況だと何処かで聞いた事もあったしな」
「それもそうかもしれんがあれ見てあの店での本の購入諦めた客も絶対居たと思うぞ…」
「そうか?」
 あの店員らの手際なら、その辺は卒無くやったんじゃないかと思うが。



「…で、次はどうする」
「喫茶店に行くと言ったろう」
 この公園同様、一応の下見の為にな。
「その次だ。…どうせまた何かやらせる気なんだろうが」
「…」
「冥月?」
「…今更止める気もないが…お前は『奴』の復活をどう思ってる?」
「? どう、って…」
「嫉妬や心配自体はいい。だが例え誤解でも快く思ってないと義妹が感じたら悲しむぞ」
「…ああ」

 軽く感嘆を吐いた時点で、草間は暫し黙り込む。
 それから、参ったな、とでも言いたげな貌で、苦笑した。

「それこそ今更だ。…あいつの喜ぶ顔が見られるならそれに越した事は無い」
「本心だな?」
「本心だ。…殊、この手の事に限っては…死なれてしまったらどう足掻いても生きてる方が勝つのは無理だろう? …あいつを泣かせたままの勝ち逃げなど許さん」
「…そういう問題か」
「そういう問題だ。戻って来れるなら戻って来てから直に談判に来いってな。話はそれからだ」

 何だか話がズレた気がしないでも無いが、そういう事なら、まぁ、草間の方でも義妹に気を遣う余裕は持てるかとは思う。ただ…何やら今の草間の科白は、少々違う意味も含んでいるような気がして、引っ掛かった。
 引っ掛かったが…どう引っ掛かったのかは何故か自覚したくない気がして、突き詰めて考えるのを止めた。
 …私は別に、何にも引っ掛かってはいない。

「…冥月?」
「ん?」

 改めて名を呼ばれ、自分が唐突に黙り込んでしまっていた事に気付く。少々訝しげな草間の貌――そんな草間に私の方も苦笑して見せ、その頭に手を伸ばした。そのまま、くしゃりと髪を撫でてやる。

「まぁ、何にしても大人な対応をしろよ。ヤケ酒には付き合ってやるから」
「…ああ。持つべきものは男友達だな」
「また殴られたいようだな」

 髪を撫でた手でそのまま頭を鷲掴む。

「っ…て待て待て待て、冗談だ」
「問答無用」

 めき。



 …そして、私に強か殴られた衝撃から草間が復活するのを待ってから、宣言通りに喫茶店にも向かう。場を借りる為との理由も付けて小休止、二人共にブラックの珈琲を頼んで一服はした。その間も何やら微妙な空気が薄ら流れた気もしたが…その辺の事は気のせいだと思っておく。
 頼んだ珈琲は意外とまともな代物だった。…やっぱり『奴』の趣味は良かったのかもしれない。…草間も一口飲んで軽く感心したように小さく頷いていた。この珈琲にうるさい男も悪くないと思ったらしい――成り行きからしてあの当時も一応飲んでるんじゃないのかと思うんだが。…まぁ、当時は味の方まで気が回らなかったと言う事だろう。…その辺りを今突付くのは哀れかもしれない。止めておこう。

 何にしろ、その喫茶店で暫く一服した後に、私たちは草間興信所へと戻る。
 と、驚いた事に――事務所の表に客らしき姿があった。

 …待ちくたびれたように興信所の扉に寄りかかって煙草を吹かしている、よれよれな服装をした四十絡みの男。
 その佇まいの時点で、何となく、どんな「人種」であるかの見当も付いた気がした。

 彼の方でもこちらに気が付く。
 少々扱い難そうな緑の瞳が…何やら面倒臭そうにこちらの姿を捉えていた。

【『目印』について探偵と色々話し合った後の話。…帰って来たら客(?)が居ました】