コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


―眠れる四神の長―

「嬢ちゃん、聞こえるか? 済まなかったな……守ってやれなくて」
 鶴亀公園の池を見下ろす、4つの石像の中の一つ……玄武の像をポンと叩きながら、草間武彦は本当に申し訳なさそうに項垂れていた。
 妙な集団が夜な夜な念仏を唱えるという近隣住民からの苦情を受けて、警察当局をはじめ、消防団や自警団、果ては民間の探偵社に至るまで、可能な限りの人員が駆り出されて、その阻止にあたったのが前日の深夜。その際『封印を解く』為に破壊され掛けた玄武像が、自らの意志で自己修復を行い、その際に至近距離に居たみなもが『核』として像の中に取り込まれてしまった。それを阻止できなかった草間は、こうして詫びを入れると共に、今宵も行われるであろう『儀式』に紛れ込み、みなもを救い出す機会を伺おうと考えていたのだ。
「連中が昨日と同じ段取りで封印を解こうとするなら、やはりこの像を破壊しに来る筈。そうなったら、嬢ちゃんも一緒に木端微塵だ。それは何としても阻止しなくちゃならねぇ」
 グッと拳に力を入れ、草間は再び像を見上げた。

***

『草間さん、草間さんッ! ……駄目だ、聞こえないか』
 像の中に封じられたみなもは、こうして周囲を見回す事は出来るのに、移動する事が出来ない自分を非常にもどかしく思っていた。要は肉体だけが石像と一体化しており、精神体は肉体から離脱している状態だった。つまり手足を動かしたり、周囲からの物音を聞き取ったりする事は出来るのだが、肉体がその場に封じられている為に移動する事は出来ない。地縛霊と同じ状態、と云う訳だ。
『草間さんの言う通りだよ、昨日と同じようにこの像を壊されたら、此処に取り込まれているあたしの体も砕け散ってしまう。そうしたらあたし、どうなっちゃうの? 怖いよ、嫌だよ……逃げる事も出来ないまま、壊されるのを待つだけだなんて……』
 こうして意識はハッキリしている、自分の様を客観的に眺める事すらできる。なのに、自分の身を守る事は叶わない……そのもどかしさに、みなもは嘆き、涙する事しか出来ないのだった。

***

「え? ……はい、はい……分かりました、伺います」
 携帯電話に入った連絡を頭に入れ、草間は警察署に向けて移動を開始した。昨夜の騒ぎで一部の教団構成員が逮捕され、その行動理念を自供し始めたというのだ。これは有効な情報となるに違いない、そう信じて彼はタクシーの運転手を急かし、警察署までの道のりを急いだ。
 取調室に通された草間は、先ず覆面を剥ぎ取られた教団員の素顔に目をやった。何処にでも居そうな、普通の青年たちである。
「アンタらの目的は、何なんだ?」
「……あの池に封じられし、伝説の竜神を復活させる事……竜神は数多の望みを現実のものとし、夢を叶えてくれる……」
 成る程、伝承とほぼ合致するな……と、草間は小さく唸った。それに、竜神の力云々も、半壊した玄武像が自ら復元した事実からして、強ち眉唾ものでは無いだろうとも考えていた。
「その伝承を信じて、毎晩集会を開き、石像の破壊を試みている。そうだな?」
「然り。4つの石像を全て破壊せしその時、竜神は甦る。しかし、石像は一つずつ、人力で破壊するしか手段が無い。昨夜は漸く玄武を半壊にまで追い込んだが、近くに巫女でも居たのか……アッサリと復元してしまった」
 教団員がそこまで語った時、取調室のドアをノックする音が聞こえた。石像に接近し、お札のような物を貼り付けている数名の男が目撃された、と云う報が入ったそうなのだ。
「次の計画の為の仕掛けか?」
「し、知らぬ! 我々は祈りを捧げ、石像を一つ一つ破壊する事だけしか知らされていない!」
 拘束された二名の教団員は、慌ててその不審者との関連性を否定した。刑事は二人の発言を疑問視したが、草間には直ぐに分かった。彼らは嘘を吐いてはいない。もし隠蔽する必要があるならば、まず計画の全てを知る者を絞り込み、末端にまでは周知させないのが常套手段だからだ。
「刑事さん、先ずは仕掛けられた『ブツ』の確認を急ぎましょう」
「そうですな……君達にも同行して貰う、仕掛けられた物に見覚えがあるなら、その詳細を供述して貰う」
 俎上の鯉となった二人の教団員に、選択肢は残されていない。彼らは黙って指示に従い、質問に応える事しか出来なかった。

***

 あと数分で公園の駐車場に到着する、そのタイミングで『事』は起こった。大きな爆発音と共に、猛烈な勢いの砂埃が舞うのが見えたのだ。
「か、火薬か!?」
「いや、硝煙の匂いがしない……原理は分からないけど、あれは爆発だ!」
 方角から分析して、爆発が起こったのは公園の西方に位置する白虎像の付近。駐車場から最も近い位置にある像である。
「木端微塵だな……火薬も使わずに、どうやって?」
「それより! このままだと他の像も……急いでお札を!」
 草間はそう叫ぶと、一目散に玄武像の方へと走り去った。これと同じ事が玄武像にも起こったら、彼女は……そう考えている間に、青竜・朱雀も次々に爆散していた。残るは玄武のみ……そして漸く玄武像が草間の視界に入った時、起きてはならない事が眼前で展開された。
「じょ、嬢ちゃん!!」
 爆風と、飛散する飛礫に耐えながら、草間は玄武像に接近して行った。すると、そこには白く輝く光球がポツンと置かれ、やがてそれは人型を成して行った。俯せに倒れるような恰好のそれは、紛れもなくみなもの姿だった。
「無事だったか! 理屈は分からねぇが、今助け……な、何だこりゃ!? 足がこれ以上、前に進まねぇ!」
 草間は必死にもがいたが、玄武像に接近する事は出来なかった。やがて背後の池が金色に光り輝き、その中心から『辛うじて』人型が確認できると云った感じの光体が浮かび上がって来るのが見えた。
『我の眠りを妨げるは、何者か……憑代の準備も無しに、封印のみを解くとは無礼な……』
 思念波、とでも言おうか。その声……いや、言葉は、霊力をほとんど持たない一般人の心にも届いていた。そう、玄武像の前で立ち尽くす、草間にも。
(眠りから覚めた……だと? じゃあ、アレが伝説の竜神って奴か?)
 と、彼が思考を巡らせていた刹那。その光体は、白く輝く人型……みなもに接近し、瞬く間に一体化してしまった。すると、それまで臥せっていた彼女は何事も無かったかのように立ち上がり、ボロボロだった体も一瞬で復元して、キョロキョロと周囲を見回し始めた。
(な、何なの!? アナタは誰!? あたしの体をどうしようというの! 返して! あたしの体を返して!!)
『やかましい奴だな……竜神の肉体として相応しいと判断されたのだぞ』
 みなもの姿から、徐々に竜の外見へと変化していく様を見て、草間はただ『待て! その嬢ちゃんは一般人なんだ、これ以上巻き込むのは止めてくれ!』と絶叫する事しか出来なかった。が、それも空しく、憑代を見付けた竜神は、再び水中へと没し、深い眠りに入った。
 肉体はみなもの物、精神体も健在……だが竜神の力によって全てが封じられた状態。しかも、今度は四神の力を得ずして、自ら張った結界の中で『眠って』いるのだ。
「ふざけんなぁぁぁぁ!! 神様だか何だか知らねぇが、勝手が過ぎるだろ!! 相手は普通の女の子だぞ、なのにテメェらの都合だけで巻き込みやがって!!」
 草間の激昂は、ただ虚空に消え去るのみであった……

<了>