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<東京怪談ノベル(シングル)>


黒の降る夜(4)
 這いずる死体の動きは鈍い。たとえ人並みの速さで動けたとしても、瑞科の機敏な動きについていく事は不可能だった事だろう。
 素早く疾駆する彼女にはつけ入れる隙もなく、屈指の精鋭揃いの「教会」の中でも彼女に追いつける者はいないくらいだ。
 故に、今宵もこの場は彼女の独壇場と化す。舞台の主演を務める事が出来るのは、彼女以外には存在しない。スポットライトがないのが不思議なくらい、瑞科の戦いっぷりは美麗であり鮮やかだ。
 悪魔を盲信したが故に屍と化しても酷使され続けている哀れな信者への距離をいっきに詰め、彼女はまずは挨拶代わりに一発拳を叩き込む。その美しい手のどこにそんな力が秘められているのか、重く力強い一撃に相手は苦悶の呻き声をあげ崩れ落ちた。
 敵が構える間も与えぬ内に、瑞科は跳躍。マントと共に、少女らしい黒のプリーツスカートがふわりと揺れる。
 別の信者の背後へと華麗に着地すると同時、目にも留まらぬ速さで太腿に携えていたナイフを抜き取った彼女は相手が振り向く前にそれを振るう。銀色の刃が、宙に美しい軌跡を描きながら一体の信者の命を喰らった。
 しかし、瑞科の周囲を囲んでいるのは濁った目、目、目。跳躍した事により、彼女は敵陣の真っ只中にいた。近くにいた信者達が、この好機を逃すまいと一斉に瑞科へと襲い掛かってくる。
 けれど、その腐りかけの手が彼女の女性らしい魅力に溢れた体に望んで触れる事は敵わない。すらりと伸びた美脚を惜しげも無く晒しながら、繰り出されるのは回し蹴りだ。踊るように見目麗しく、それでいて強力なその一撃が近づいてきていた信者達を一掃する。
 信者達だけでは瑞科に傷一つつける事は出来ないと察したのだろう。空を飛んでいた悪魔も、攻撃の構えを取る。悪魔は鋭い矢の如く鋭利な羽根を操り、瑞科に向けて狙い撃った。
 羽根が弾丸のように空を駆ける音に応えるように、杖が風を切る音が響く。瑞科は瞬時に杖を振るう事で、その黒い羽根を全て叩き落としてみせた。
 杖の動きは近くにいた信者達の事も巻き込み、その脆く崩れやすい体を薙ぎ払う。
 瑞科に接近戦を挑むのは不利だと察したのだろう。悪魔は信者達に、距離をとるように命じた。それは冷静に戦況を見極めた、正しい判断であったのかもしれない。……今対峙している相手が、瑞科でさえなければ。
 逃げようとしていた信者達は、自らの身体に突然襲いかかってきた衝撃に足を止め崩れ落ちる。
 手頃の大きさの瓦礫を、瑞科が杖で弾き飛ばしたのだ。それは寸分狂わず瑞科の望んだ方向へと飛んでいき、敵の体を見事に射抜いてみせた。
 剣と近接格闘術を主に得意としている彼女だが、それ以外の事を苦手としているわけでは決してない。遠距離戦においても、彼女に敵う者はいないだろう。
「貴女様がたも、悪魔を信仰する事が過ちだったという事を十分理解なさった事でしょう。そろそろ、おしまいにいたしましょう」
 瑞科はそう言うと、杖を構える。瞳を閉じ、優しげな声音で語りかけてくるその姿はまさに慈悲深き聖女。狂った修道女達と悪魔ばかりがいるこの場所において、唯一にして絶対的な神聖なる存在であった。
「安らかに、お眠りくださいませ」
 薄暗い廃教会を、眩い光が包み込む。瑞科の放った電撃が、神の裁きだとでも言うかのように敵の体へと直撃する。
 賛美歌の代わりとばかりに、低い唸り声のようなものが辺りへと響き渡った。
 それはもはや正常に機能していない声帯が放った、断末魔。朽ちる事を許されなかった肉体は、ようやく消滅し安息の眠りへとつく。
「次は貴方様の番ですわよ」
 晴れ渡る空のような透き通った青色の瞳が、頭上を飛び交う悪魔を見やった。命を食らう化け物の魂すらも虜にしてしまいそうな程美しい顔をした女は、笑う。その魅惑的な唇が紡ぐ言葉は、挑発であり死の宣告だ。
「さぁ、懺悔の準備はよろしくて?」
『くくく、やはり貴様はいい女だな。こんなにも美味そうな獲物に会ったのは初めてだ』
 上級の悪魔を前にしても、決して怯む様子のない彼女に悪魔も笑みを返した。
 依然として瑞科の魂を食えると思っている様子の相手に、彼女は呆れるように肩をすくめてみせる。
「御託はいいですわ。それより、お人形ごっこにはもう付き合いきれなくてよ。そろそろ――本当の姿を現したらどうでして?」
 瑞科の意味ありげな言葉に、悪魔は『……ほう』と驚嘆するような声をもらす。
 星明かり一つすら見えない漆黒の夜に、悪魔の歓喜の笑声が高らかに響き渡った。
『まさか、我のこの姿が仮初めのものであるという事にまで気付いていたとはな……!』
 そうして悪魔はようやく、真の姿を世界へと晒す。