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<東京怪談ノベル(シングル)>


悪夢からの解放者

 誰か……助けて。
 誰か───

 イアル・ミラールは、足を止めた。
「……今のは」
 行き交う人々は、誰も足を止めない。
 イアルもその『依頼』を受けていなければ、気のせいだと片付けただろう。

 アンティークショップ・レン
 魔法や呪いの物品やを取り扱う謎が多い店だ。
 どういうルートで仕入れているかは、店の主以外は与り知らぬ所であるが、イアルはこの主より曰くつきの品の回収を依頼された。
 その曰くつきの品とは、魔法のコールタールとのことで、人を生きたままブロンズ像へ変えるという代物らしい。

 その調査過程で浮上したのが、都内にあるというブティックだ。
 ここの女店主が手掛ける洋服や小物がネットで若い女性の間で話題になっている。
 興味を持ってブティックへ足を運ぼうとする女性もいるようだが、どういう訳か、ブティックを見つけられないらしい。
 絶対に行くと入念な調査を重ねて向かうと発言する女性もいるが、その後ネットから消えている。
 そうした経緯もあり、幻のブティックというひとつの都市伝説状態になっていた。
(ネットの世界なら、いきなり誰かが消えてもおかしくないけれど……)
 ブティックへ行くと発言していた全ての女性のその後が分からないのは、おかしい。
 疑問に思っている者はいるだろうが、動く材料が不足している状態では誰も動かないだろう。
(そういえば……最近見ないわ)
 イアルが頭に過ぎらせたのは、SHIZUKUの姿だ。
 オカルト系アイドルとして有名な彼女は、私立神聖都学園の生徒でもあり、怪奇探検クラブの副部長である。
(嫌な予感がする……)
 イアルは、念の為学園へ確認を取った。
 すると、学園へ登校していないらしい。
 ここ数ヶ月、メディアへの露出もなく───まさか。
「急がないとダメみたい」
 イアルは小さく呟き、視線を巡らす。
 あの声が、もしそうなら───
(お願い。もう1回……教えて)
 祈りが通じたのだろうか。

 助けて……。
 誰か、助けて……。

 イアルは、声に導かれるようにその路地裏へ入った。
 闇の中に浮かび上がるようにアンティークな店構えがビルとビルの狭間に佇んでいる。
(先程まで、気にもならなかった……)
 恐らく、人払いの結界が張られてあったのだろう。
 が、今は一時的に緩められている───あの声に惹かれる者を呼び込む為。

 滑り込むようにして入ったブティックは、アンティーク系の外観と内装に反し、アンティークを連想させる洋服以外も扱っているらしい。
 イアルは身を潜め、店内の様子を伺う。
「今、ドアが開いたような気がしたのだけれど……」
 奥から、30代半ばに見える女性が姿を見せた。
 既に店の中を見て回っているのかと女性が店内を歩き出し、イアルは女性の動きを確認しながら、女性が出てきた従業員口へ飛び込む。
 無駄のない動きは、かつて傭兵としての経歴があったからだろうが、本人が意識する所ではない。
 やがて、吹き抜けの階段に差し掛かる。
(降りている場合ではないわ)
 ひらりと跳躍し、注意を払っただけあり音はほぼなく着地。
 ぼうっとした灯りを頼りに向かった先は───

「これは……っ」

 その先が、続けられない。
 ホールのような場所に飾られるようにして在るのは、ブロンズ像達。
 皆、このブティックのものと思われる洋服を身に纏った若い女性達だ。
 恐怖に引き攣った表情を見れば、彼女達が彫像ではなく、生きたままブロンズ像にされたということが分かる。

 助けて……。

 声が響いている訳ではないのに、皆心から訴えてきている。
 聞こえていたのは、この声だったのだろう。
「見つけたわ」
 イアルは、足を止めた。
 SHIZUKUの像───やはり、ここに来ていたようだ。
 が、彼女だけは制服姿……他のブロンズ像とは違う。
(一体何が……)

「綺麗でしょう? 売り物として高くつくの」

 イアルは、後ろを振り返った。
 ホールの入り口には、あの店主であろう女が立っている。
「その子も取材に来たと言ってきたの。嗅ぎまわっているのは知っていたから、ここでじっくり持て成してあげていたのよ」
 イアルは答えず、その手にロングソードとカイトシールドを召喚する。
 言動から判断して、この女は魔女だ。
 人払いの結界を使って若い女性達を選別し、彼女達を生きたままブロンズ像に変えていたのだろう。
 外道の輩へ愛玩用として販売するか、魔法の実験体として自身が使用するか同業者へ何かと引き換えに渡すか……いずれにせよ、趣味と実益を兼ね備えた気味の悪い目的で行ったに違いない。
 この魔女には分かるまい、彼女達の恐怖が。その恐怖を理解するわたしが今何を思うか。
「いいわね。その目……ゾクゾクするわ。あなたがどのような恐怖でブロンズ像になるか、楽しみ……」
 恍惚とした表情の女の手には、魔法のコールタールがある。
「……」
「答えなさいよッ!」
 答える必要を感じず沈黙するイアルへ女が駆けてくる。
 イアルは、ブロンズ像の森へと逃げ込む。
「かくれんぼ? うふふ、私はここのことなら何でも知っているのよ」
 女の嘲笑が響くが、イアルは気にしない。
 彼女達が自分を隠してくれるという絶対の安心があった。
 イアルは彼女達の合間を駆け抜け、女のやや前方の側面から飛び出す。
 後方は警戒するという心理を無意識に読んだ形だ。
「な!」
 予想外の場所だったのだろう、女が驚愕の声を上げる。
 咄嗟に魔法のコールタールを掛けようとしてきたが、イアルは予想していた動きに難なく対処、魔法銀で出来たロングソードを突き出した。
「まだ……ッ」
 抵抗する女は腕を突き出してきたが、カイトシールドの前には無力。
 更に踏み込み、ロングソードへ体重を乗せると、その憎々しげな眼が急速に力を失っていく。
 やがて、倒れた女の懐から、鍵が落ちる。
「魔女ならば、持っているとは思うけど……」
 イアルは呟き、この鍵が合う部屋を探す
 見つけた部屋から、魔法のコールタールの効果を解除する薬が発見されると───
「あ〜怖かった……!」
 SHIZUKUのこの言葉が示す通り、ブロンズ像になった若い女性達は解放された。

「更衣室に仕掛けがあるとは思ってなかったよ。手が込んでるよね」
 SHIZUKUが言うには、怪奇探検クラブの副部長としてはネットで噂のブティックが気になった為、以前から調べていたのだそうだ。
 やっと突き止めてブティックに取材名目で入ってみれば、許可が出た矢先に更衣室の落とし穴でホールに落とされたらしい。
 不意に落ちた為気絶している間に拘束され、最終的に魔法のコールタールによってブロンズ像になったのだとか。
「もう臭いし、いつ売られるのか分からないし、怖かった……!」
「これに懲りたら、危ない真似は……」
「今度は落とし穴も考慮して動かないとダメだよね」
 イアルが言い終える前にSHIZUKUは次回の教訓とうんうん頷いている。
 彼女が懲りるのは、もう少し先の未来らしい。
 けれど、彼女らしい。
 イアルが微笑む中、SHIZUKUは嫌そうに自分の臭いを嗅いだ。
「それにしても、この悪臭……いつになったら取れるのかな」
 慣れることがなかった悪臭で悩んでる間は、彼女も大人しくしているかもしれない。
 そう思い、イアルは微笑をそっと深めた。

 近くて遠かった路地裏は、今は日常を取り戻している。