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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


宝石魔物の罠 〜 あなたが元に戻るまで。

 その日。
 配達屋さん――何でも屋さんのファルス・ティレイラは、瀬名雫からちょっとした事を頼まれた。

 まぁ、彼女から頼まれる「事」と言えば――だいたい「コト」は決まっている。まず怪奇絡み。直球かそうでないかは時々によりけりだが、怪奇系の話が絡まない頼み事はまず無いと思っていい。…彼女の場合それしかない。ティレイラは元々別世界から異空間転移してこの世界に、東京に来た紫色の翼を持つ竜族――と言う本性を持っている。普段は世界に合わせて人間の姿を取ってはいるが、本性である竜の姿も取れるし、人間の形を取っているところに、竜の翼や角に尻尾を生やした姿で留める事も出来る。そもそも配達屋さんをしているのもその竜族としての機動力――飛翔能力や空間転移能力を活かして何か出来ないかと始めたものでもあるので――彼女にお仕事を頼む相手はだいたい彼女が何者か知っている。

 勿論、雫も。

 なので、怪奇現象が多発していると言う郊外の建物探索に付き合ってくれ、などと言った頼み事をされたりもする訳である。人間でないのだから、人間よりは「こっち方面の話」に免疫あるかもとか、詳しいんじゃないかとか、何かあった時にも能力的に頼れるかもとか、まぁそんなような用心棒的な理由もあったのかもしれない。

 …いや、人間かそうでないかとか…雫と言う天下無敵の女子中学生様の普段の行動から考えると、ひょっとすると、別に関係無かったかもしれない。

 そう、この彼女は手当たり次第に誰でも巻き込む。
 ただ単に、今日はたまたまティレイラに白羽の矢が立った。…それだけだったのかもしれない。



 当の建物――多分、元は住宅で、今は空き家と言うより廃屋――に辿り着く。
 ぱっと見は――人が居なくなって久しく、寂れた様子がまず目に付く。側に寄ってみれば壁も経年劣化で罅割れており、窓など割れているどころか錆だらけの枠だけになっている場所すらある。中に入れば――穏便に引っ越したと言うにはやけに生活感のある――但し、全て恐ろしく年季が入った古色溢れる――物が多く取り残されており、急遽打ち棄てざるを得なかった…ような雰囲気を醸している。

 総じて、何か怪奇現象が起きてもおかしくなさそうな雰囲気満載の場所。

 事実、こっそりと肝試しに訪れる輩も多く、そんな輩から華々しくも様々な怪奇現象の情報がゴーストネットOFFには多々投稿されている。言わばその筋では有名な怪奇スポット…でもあるらしい。それで雫が投稿記事を目に止め、白黒付けようとばかりに今回検証に来たらしい。…ちなみに今回の探索に当たり、確り土地建物の権利者に中に入る許可を取り付けようとしたら――そもそもその権利者が不明になっていると言う胡散臭さ。曰く、それで行政の方でも手が付けられないとかで、どうしたものかと困っている類の不動産になるらしい。
 そうなると許可を取る相手も何も居ない訳で、法的には色々とアレだが探索するには勝手に行ってみるしか術は無い。公明正大たる調査を行うゴーストネットOFF管理人としては少々不本意だが、瀬名雫個人としては――状況が怪しくなればなる程、心ときめいてもしまう訳で。

 結果、ティレイラと言う頼れるお供を一人連れ、いざ行かんと馳せ参じてみた訳である。

「うわあ…いかにもって感じだね…すごいすごい! これは期待しちゃうよ!!!」
「…本当に…なんだか、何か出て来そう…」

 幽霊とか。
 あ、実際、そんな投稿もあったよ?
 …う。あったんだ。
 なに? あ、ひょっとしてティレイラちゃん幽霊とか怖いの?
 …ぐ。こ、怖くなんかないもん。でも、危ない事はあるかもしれないんだから、厳重に注意しないとだよ。
 そんな事わかってるって。だからティレイラちゃんに一緒に来てって頼んだんだし。
 …。…ひょっとして他に誰も捕まらなかっただけなんじゃ。
 …。…そ、そんな事無いって! うんうん!
 …。

 とまぁ、緊張感が無い遣り取りを交わしつつ、雫とティレイラの二人は建物の探索を進めて行く。基本的には普通の…いや、幾分「御屋敷」感の漂う、戸建ての高級住宅と言ったところか。それが惜しげも無く無造作に打ち棄てられている時点で、何やら胡散臭い。
 別棟や地下室まであるようで、二人はそちらへも探索の手を広げる。
 と。
 地下室に向かうその途中。

 ティレイラは妙な魔力を検知した。



 …妙な魔力を検知した、と言うか、何だか変だな、とふと立ち止まった。地下室への階段の途中。注意して良く見ないとわからないような目立たないものだったが、壁紙に線が――切れ目がある。気付いたティレイラはその線を辿って見、ちょうどその線に沿って壁に四角く穴でも開きそうな形――それもちょうど人が一人潜れるくらいの大きさの――になっている事を確かめると、ひょっとして…と色々弄り始めた。
 先を行っていた雫はと言うと、やや遅れてティレイラが自分の後に付いて来ない事に気付き――なになにどーかしたの??と興味津々で戻って来る。と、ちょうど戻って来たそのタイミングで――えいっ! とティレイラが気合の声を上げて壁を引っ張っており、更には壁が四角く――線で囲われた部分だけの壁が抜けて――開いていた。

「! やっぱりっ」
「! ここはっ…秘密の隠し通路!」

 きっと何かがある筈! ティレイラと雫はその時点で大いに興奮し、盛り上がる。壁が開いたらその先に謎の空間。それも――中へと進んでみれば、天井や壁に床、場を構成する空間自体が何やらキラキラと微かな光を受けて、まるで宝石のように硬質に輝いていて。
 二人共、思わず息を呑む。

 これは――怪奇現象の噂どころではなく「本当に何かある」としか思えない。
 それも、予想以上の何かが。



 二人共、期待に満ちて奥へ奥へと探索を続ける。宝石で出来たような通路は、先へ進めば進む程複雑で煌びやかな彩りを見せるようでもあり、進めば進む程目が奪われる。まるで誘い込まれるような――どちらからともなくそんな風に思えたちょうどその時。
 通路の先、不意に、猫の形をした宝石の塊が転がっているのを見付けた。…今にも動き出しそうなくらいに精緻な、等身大の。それを見た時点で、ティレイラの足がピタッと止まる。

 …何だか、嫌な予感がした。

 途端。

 ずるりと周辺から透き通った蔓のようなものが大量に伸び出して来る――その源が複数の岩石めいた魔物だと気付いた時には、その蔓が己と雫を狙って巻き付こうとして来ていて――…

 ティレイラは咄嗟に火の魔法をその蔓に撃ち放つ。命中――その時点で、蔓が千切れ飛ぶ。よし! と思い――同時に雫の事もちらと見て、それから翼と尾と角が生えた半竜半人の姿を取り――ええいっ! とばかりに火の魔法を放ちつつ、低空飛行で奥に向かっていく。…わざと目立つようにとの判断。何処からともなく大量に現れた魔物を惹き付ける為。ここは、何の力も持たない雫だけでも逃がさねば――その一心での行動。

 雫だけでも逃がせれば助けが呼べる。
 そう、お姉さまでも呼んで貰えたなら、すごく、助かる。



 雫は通路を――来た道を駆けて戻っていた。ティレイラの行動。己に魔物を惹き付けてのあの行為は、自分を逃がす為だったと雫もすぐに気が付いていた。そしてそうなれば勿論、このまま黙って突っ立っている訳も無い。助けを呼ばなければ――そう思うのは、当然。だからこそ、自分だけでもまず離脱を。そう思っての退却。
 息を切らせて駆け続け、漸くこの「秘密の隠し通路」の入り口にまで辿り着く。その時点で雫もほっとする――が。
 俄かに気が緩んだその、目の前に。

 ぬっ、と件の透き通った蔓が、現れた。かと思えば――何を言う間もなくその蔓が雫の口を塞ぎ――そのままその身を巻き取り、あれよあれよと言う間に包み込んでしまう。包み込まれた雫には――魔力か何かが籠っているらしい光が照らされており、人肌や髪に目、衣服だった筈の色彩が透け、何やらキラキラと複雑な色彩に輝くようになってしまって――結果として、宝石の如く光を透過して輝く人型の塊になってしまっていて。
 そしてその蔓が解かれた時には、雫の身体は先程の「等身大の猫」の如く。

 …どうやら、「獲物」を逃すまいと周到に入口で待ち伏せている魔物も居たらしい。



 他方、雫を逃がす為に囮を買って出たティレイラの方は。

 初手で火の魔法を撃った時に蔓が破壊出来た為、頑張れば自分だけでも何とかなるかもとの思いもあった。ひとまずは惹き付けられるだけ惹き付けて――それから。と次にする事を考えたところで。
 不意に、ガクンとつんのめるような感覚を覚えた。え? 何!? と俄かに焦る――振り返り確かめると、中空に蜘蛛の巣状に張られていた「先程の透き通った蔓」と同じものに自分の翼が引っ掛かっていた。…この蔓はそんな使い方もされていた――「罠」。そう頭に浮かんだ時点でティレイラは慌てて引っ掛かった翼を蔓から外そうとする。が、蜘蛛の巣状と思った通りに、取ろうとすればする程、もがけばもがく程蔓は己に巻き付いて行き――翼だけではなく尻尾、脚に腕、と身体の先端から順にぐるぐると巻き付き、気が付けばティレイラの身を包み込んでしまっている。
 そして――何やらその蔓が不穏に発光したかと思うと、己の体が固まって行くような――ある意味で記憶にある馴染み深い感覚に襲われた。…ティレイラ的にはよくある災難。…但し、「よくある」と言ってもあまり危機感を覚えなくて済むのはこの手の災難を仕掛けるのがお姉さまである場合に限る。そして今回は――どう考えてもお姉さまは関係無い。己の体が固化する――多分宝石化している――感覚に、ひっ、と思わず悲鳴を上げるが、それで当然止まる訳も無い――やだやだと何度も叫ぶが、それも効果がある訳も無い。

 結局、嘆きの声だけを残して、ティレイラはそのまま固まって――宝石化してしまう羽目になる。



 数日後。

 シリューナ・リュクテイアは同郷にして同族、妹のようなものでもある可愛い弟子の不在が気になっていた。
 普段ならば何も言わずとも数日と置かず店に来る可愛い弟子――ファルス・ティレイラが、もう何日も店に来ない。また誰かに遊ばれてるのかとも思い、心当たりのあちこちに連絡を取ってみたが――心当たりの何処にもティレイラが居ると言う話は無い。…おかしい。何かあったのかもしれない。

 さすがに不審に思い、シリューナは少し腰を据えてティレイラの足取りを調べる事にする。



 ゴーストネットOFFの投稿の検証。

 それにティレイラが付き合っている可能性が高い、と判明したのは程無く。…その「検証」に出掛けたとされる日が、ちょうどティレイラが店に来なくなった日と重なる。権利者不明の打ち棄てられた屋敷。訪れた時点でシリューナは眉根を寄せた。…奇妙な魔力の気配がする。ここで当たりか。思いつつ、その魔力を目指して進む――建物の中へと、入る。

 地下室へ向かう階段の途中。恐らく元は「目立たないよう作られた収納スペース」だったのだろう、と思しき扉が開いているのをすぐに見付けた。同時に、そこには魔力を以って別の空間が繋げられているともすぐに気付いている。足を踏み入れた時点で、キラキラと輝く透明度の高い宝石で出来ていると思しき通路が続くのが目に入る――この場所が異空間である事を確信。更には――入ってすぐのところ、怯えたように驚いたまま固まっている瀬名雫の宝石像がある事にも気が付いた。
 そんな場合では無いと頭では思いつつも、シリューナは殆ど反射的に鑑賞してしまう。すい、と雫の顎に手を滑らせ、なかなかいい造形美。と軽い嘆息混じりにぽつり。

 …雫も雫でティレイラと同じタイミングから行方知れずになっていると聞いている。
 間違いない。
 ティレイラもここに居る。

 そう確信して、シリューナは幾分名残惜しいながらも雫から手を離し、奥へと足を向ける。宝石の通路を進む――ティレイラを探さなければ。可愛い弟子に何かあったら――心配がむくむくと湧き上がり、途中で何処からともなく伸びて来た「透き通った蔓」も一気に攻撃魔法で消し飛ばした。その蔓を使うのが魔物で――この場の魔力の源だともすぐに気が付く。数が多い――この程度の魔物、一体や二体ならティレでも簡単に捻れるだろうが、これだけの物量を相手に回すとなると不測の事態が起きた可能性は高い。
 …私の可愛いティレに何をしたの。私のティレを返しなさい。怒りに任せて蔓も魔物も罠も何も全滅させる勢いで蹴散らし、シリューナは通路を進んで行く。…その歩みを止められる者は誰も居ない。シリューナの持つ魔法を全て攻撃に向けたならこの程度は容易い事――やがてシリューナは、進んだ先に見覚えのある造形美の像があるのを、漸く、見付けた。

 ああ、ティレ。
 やっと見付けた。

 …私の、ティレ。



 まずは無事かどうか――否、無事と言うのは既に宝石化してしまっている以上少々違う事になるが、取り敢えずこの宝石化がシリューナの手で何とかなるか、解除出来るか、解除出来てもその後に悪い影響は残らないかをまず確かめる。魔力の状態――中和して元に戻すには、少し時間がかかるか。
 けれど、出来なくは無い。魔力中和で何とかなる。他に、特に難しい呪いの類が掛かっている様子は無い。
 その事実に、シリューナはほっとする。
 ほっとして――そして改めて、今のティレイラの姿を見。

 ふっ、と意識が持って行かれそうになった。
 それは、抗い難いシリューナの性。
 宝石化したティレイラ。硬質で、透明度の高い、光の屈折で複雑な色を見せる、ティレイラの宝石像。その目にもあやな姿を見、一度その冷たく滑らかな感触に触れてしまえば、もう今の状況がどうだとか全然関係無くなってしまうもので。
 ただ、目の前の素晴らしい造形美に高揚し、耽溺してしまう。

 波打つ尻尾や素肌が描く絶妙な曲線。そして冷たく硬質な感触と輝き。心地好い感触に思わず頬を寄せ、指で触れては深い満足の溜息。こんな事故のような状況であっても、それでもティレは可愛らしいから。
 早く元に戻して安心させてあげたいと言う思いと、まだまだ鑑賞を続けて愉しみたいと言う相反する思いがシリューナの中で同居する。

 それらの思いを両立させるやり方は、無くも無い。

 そう、このまま持ち帰って、魔力を中和しながら、じっくり堪能させて貰えばいい。
 あなたが元に戻るまで。

【了】