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<東京怪談ノベル(シングル)>


放課後の悪魔
「古い読み物で見つけた魔法なの」
 学生服の少女は、そう言って擦り切れている紙切れを見せた。放課後の美術室には二人しか人の姿がなかった。
「紅いインクとはちみつ、摩り下ろした月桂樹。それから灰をひと匙混ぜたものを使って魔法陣を描くの。魔法を輪唱すると、精霊が出てきて悩みを聞いてくれる。素敵でしょ」
「キャンバスに魔法陣を描くなんて、考えたね」
 同級生の言葉に、学生服の少女は頷いた。使い古した絵筆で、少女は擦り切れた紙の通りに魔法陣を描いていく。伸びのいいインクは、絵筆の運びに沿って鮮やかな色彩を生成色のキャンバスに伸ばしていった。
「精霊さま、精霊さま。どうぞお越しください。門はここです」
「精霊さま、精霊さま……」
 二人の少女が輪唱する。くすり、と何かが笑った声がした。


 パタンと、と乗ってきた車の扉を閉める。背中に車が走り出し去って行く気配を感じながら、フェイトは眼前の建物を見上げた。サングラスを押し上げて、建物――高等学校だ――をじっと見つめた。
 周囲には分かる者には分かる隠蔽部隊が学校を取り囲んでいた。無論IO2のそれである。一般人に知られる訳にはいかない怪異、というわけだ。
 細身の身体に真っ黒のスーツを身に着けたフェイトは、真正面の校門からその高校へと足を踏み入れようとした。
「待て。ここは閉鎖中だ」
 制止してきた隠蔽部隊の男を、フェイトは緑色の目で一瞥した。一般的な日本人の、少し幼い外見と黒髪に似つかわないその緑は、綺麗な光彩ではあるものの、その部隊の男の警戒心を呼んだのだろう。
「任務です」
 短い言葉と共に、懐から身分を示すIDをちらりと見せると、はっと男は弾かれたように目を見張った。
「失礼しました! ……おひとりで?」
「相棒がいますから」
 ID横にちらりと見える銃を指先で叩いて、フェイトは足を進めた。禍々しい気配が校舎からあふれ出ているようにすら感じる。
 ――偶然にも成功した学生の悪魔召喚。悪魔は召喚者のみならず校舎まるごとを支配。その悪魔の排除と学生らの救出。それが今回フェイトに与えられた任務だった。
「状況確認しました。……はい。……了解。問題ありません」
 通信機で短く報告すると、少しネクタイを緩めたフェイトは懐から相棒を取り出し、校舎の中へと足を踏み入れた。


 能力を酷使しないためにと身に着けた体術と射撃だったが、それはフェイトの任務の中で十二分に価値を発揮していた。
 元々持っていた能力に頼らない、己の力。それが活かされるのもフェイトにとっては嬉しいものだった。向き合い、折り合いをつけた自分の能力ではあるが、それでもつらい過去は確実にある。能力も、自分で身に着けた技術も、どちらもあってこその今の自分であると実感できる、救いにも似た何かになっていた。
 放課後の校舎には、それでも何人かの生徒は残っていたらしく、フェイトに気づくと学生たちが奇怪な唸り声を挙げて襲い掛かってきた。
 もちろん学生たちを傷つけるわけにはいかない。部活動の最中だったのか、ユニフォーム姿の学生が突進してくるのを、避けざまに一撃入れる。もちろん傷つけないために最低限のものだ。
 意識を失って倒れた学生をしゃがんで見分してみるが、不可思議な気配は取り除かれていない。やはり呼び出された悪魔を処理しない限りは、また意識を取り戻してフェイトを襲ってくるだろう。
 しゃがんだままのフェイトに、椅子を振りかぶってきた女学生がフェイトに迫る。捻った上半身のあった場所に、勢いよく空を切る音と共にに椅子が振り下ろされた。床を思いっきり蹴り、女学生を当身でふきとばす。
「まずいなあ……。早めに処理しないと本気で傷つけるかも知れない」
 床を傷つけて転がっている椅子を一瞥して、フェイトは背筋がぞっとするものを感じた。
 ふと、奥に学生たちが歩いていくのが見えた。それも一人ではない。何人もの学生だ。
「もしかして、あの奥に呼ばれた悪魔が……?」
 生半可な阻止では侵入者を止められないと考えたのだろうか。階段を上がって行く学生たちは、まるで糸に操られた人形のようで、フェイトを振り向くこともしなかった。その後をつけていくと、学生たちがある特別教室へ吸い込まれて行く。
「美術室……」
 そっとその教室の開け放たれた扉をくぐると、広い美術室に何十人もの学生が密集していた。その中心にいる椅子に腰かけた女生徒が、煌々とした瞳でフェイトを見据えている。
「悪魔祓いか?」
 女生徒は、生来のものであるだろう少女らしい声でフェイトに尋ねた。フェイトはかぶりを振った。
「悪魔も、何も関係ないよ。ここは君の好きにしていい場所じゃない」
「私が顕現したのは、この少女の願いによるものだ。日常がつまらない、壊したい、そんな主の欲求を満たしているだけ」
「違うね。その子が望んだのは、ほんのひと匙だけの、少し楽しく過ごせるだけの刺激だよ」
 がちゃん、と拳銃の底をフェイトは叩いた。
「小僧が」
 すっと女生徒……いや、悪魔が片腕を振り上げると、それに反応した周りの学生たちが一斉にフェイトへ向けて床を蹴った。
「悪魔にもたらされる支配なんかじゃない!」
 かつては迷いと悩みの種であった能力を少し解放すると、不可視の念力が飛びかかってきた学生らをまとめて吹き飛ばした。たった一撃で操る学生たちが意識を失ったのに、女生徒が目を見開く。
 解放されたサイコキネシスは悪魔へ向いた。女生徒の身体をを念力で持ち上げると、「おのれ!」と叫んだ悪魔がその背から浮かび上がるように姿を見せる。その姿は女生徒を糸で操る姿に似ていた。
「ここではない場所へ還れ!」
 最大出力の念力は、両の手を伝って拳銃にすべてが篭められた。変わらず不可視ではあったが、その大きすぎる念の弾丸は悪魔の身体を引き割き、地響きのような破裂音で粉砕されていった。
 悪魔から解放された女生徒が、念の支えを失って落下するが、フェイトがその身体をしっかりと抱き留める。
「……ささやかな願い、そうだよね。少しだけ平穏を崩してしまいたくなっただけ」
 意識のない少女の背を撫でて、黄昏時から夜の星が目立ち始めた空を、フェイトは美術室から眺めた。様々な想いを馳せながら。