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漆黒の女豹（中編）
私はあの時、確かに、神になったのだ。
神を待っている少女がいたので、家に泊めてやった。御飯も食べさせてあげた。
幸い私はそこそこ稼ぎのある独身の会社員で、そういう事をするのに支障はなかった。
その少女は、いたく私に感謝してくれた。
私が感謝を強要したわけではない。恩を着せ、下劣な要求をしたわけではない。何しろ私は神なのだから、そんな事はしない。
私はただ、訳ありで両親から逃げて来た美少女と、２人きりで夢見心地な一時を過ごしただけだ。
少女の美しい肉体を、ひたすら愛でただけだ。外側からも、内側からも。
人間１人の体内には、様々なものが凄まじい密度で詰め込まれている。それらを全て解放すると、とんでもない広さになる。
たおやかな少女の細身が、床一面に広がった。
それを見下ろし、眺めながら私は、自分が神になった事を実感していた。
少女は、神に召されたのだ。私の中で、天使になったのだ。
それでいい、と弁護士は言っていた。殺したのではなく、天使に変えた。ひたすら、それだけを主張するように。決して殺意を認めてはいけませんよ。
弁護士に言われた通りにしたためか死刑は免れ、私は刑務所に送られた。
最初はそう思っていたが、しかしそこは実は刑務所ではなかった。
何だかよくわからない施設に、私は収容されていた。
そして連日、おかしな薬を投与された。
今ならわかる。それは、神の薬なのだ。
薬の力で私は今、いよいよ本物の神となりつつある。
全身に、力が漲っている。この力で、大勢の美しい少女たちを、私だけの天使に変えてやれる。
『その前に……やるべき事をやってもらうぞ、１６３号』
スピーカー越しに話しかけてきたのは、この施設を所有しているらしい、製薬会社だか何だかの社長である。
『被験者たちの中でもお前は、この新薬に対し、最高とも言える適合性を示した。だからこそ今まで、お前のような屑を生かしておいてやったのだ』
独房の扉が、重々しく開いてゆく。
『さあ戦え。あの女を、止めるのだ』
女。
どのような女なのか。２３歳を超えていたら、ゴキブリも同然に殺すまでだ。
女の子が天使になる資格を保有し得るのは、２０歳まで。まあ２年か３年は大目に見てもいい。
直に確かめて、審判を下さなければならない。私だけの天使にしてあげるのか、それとも虫けらとして始末するか、神としての審判を。
私は独房を出た。
少し通路を進んだだけで、その光景は視界に入った。
天使がいる。黒衣の天使が、舞っている。私はまず、そう感じた。
天使の胸が、揺れている。
漆黒のラバースーツに閉じ込められた、形良く豊かな左右の膨らみ。
その魅惑的な揺れに合わせて、艶やかな黒髪がふわふわりと舞い、無数の光が縦横無尽に閃き続ける。
短めの日本刀であった。小太刀と呼ばれる類のものだ。
それが左右２本、たおやかな両手で握られ、振るわれている。
ある瞬間には通常の形に、ある瞬間には逆手に握られ、様々な形に弧を描く２本の小太刀。
ほっそりと美しい左右の五指が、小型とは言え重量のある日本刀の柄を、くるくると自在に操っている。
それに合わせて２つの刀身が軽やかに旋回し、いくつもの屈強な人体を、滑らかに切り刻んでゆく。
鮮やかな二刀流を披露する両の細腕が、左右の繊手が、一見たおやかな五指が、並の男など問題にならぬほど鍛え込まれているのは間違いない。
だが男であれ女であれ、腕力と刃物だけで、こんな真似をやらかすのは不可能だ。
黒衣の天使の、腰の躍動に、私は目を奪われていた。
黒のラバースーツをピッタリとごまかしなく密着させた胴が、格好良く引き締まりくびれたまま超高速で捻転し、天使の肢体の隅々まで回転を伝導させている。
腰で、胴で、彼女は二刀を操っているのだ。
攻撃的に扇情的にうねり続ける腰の周囲で、短めのプリーツスカートが激しくはためく。見え隠れするヒップラインの瑞々しさは、ラバースーツなどで隠しきれるものではない。
小刻みに躍動する左右の太股は、むっちりと美しく力強く、暴力的なまでの色香が、黒のラバー生地を破いて溢れ出して来そうである。
戦いのステップを踏み続ける両足は、ロングブーツによってその鋭利な形良さを引き立てられており、ある欲望を私の中で燃え上がらせてくれた。
踏まれたい、という欲望であった。
片っ端から斬殺され続けている男たちの中でも、同種の被虐的な劣情が渦巻いているのであろう。
全員、この黒衣の天使に切り刻まれながら、天にも昇る心地でいるに違いなかった。
無論だからと言って、この男たちは無抵抗で斬られているわけではない。全員、何かしら持っている。
小太刀ではない、大振りの日本刀。各種ナイフ、トンファーや電磁警棒。
様々な凶器が全方向から襲い来る中、黒衣の天使は、逃げ回る事もなく舞い続けた。
細腕の躍動、豊麗なる胸の揺れ、綺麗にくびれた胴の捻転に美脚のステップ。
全てが、回避であると同時に、攻撃のための予備動作であった。
漆黒のラバースーツでピッタリと強調されたボディラインを、日本刀が、ナイフが、様々な特殊警棒が、かすめて走る。
それら凶器を持った男たちの、屈強な肉体が、野菜か何かのように切り刻まれてゆく。
もはや戦闘ではない。一方的な殺戮だった。
殺戮の舞を披露しながら、黒衣の天使は微笑んでいる。
鋭いほどに澄み切った瞳が、男たちの死に様を冷ややかに見つめる。
愛らしい唇は、微笑の形に歪みながら言葉を紡ぐ。
「……お魚を捌く方が、ずっと難しいですわよ？」
端正な輪郭も、すっきりとした鼻梁の形も、完璧である。まさしく天使の美貌だ。
大人びてはいるが、恐らくはまだ未成年であろう。１８歳か１９歳。年齢的にも、文句のつけようがない天使だ。
私は、左右それぞれの手に握ったものをユラリと構えた。
２本の、大型のナイフ。あの時、少女を私だけの天使にするのに用いたものだ。
当然、警察に押収された。それを、あの社長が、いかなる伝手を使ってか取り戻してくれたのだ。
私だけの天使を作り上げるために、わざわざドイツから取り寄せた逸品である。
この国では相変わらず日本刀信仰が根強くはびこっているようだが、私に言わせれば笑止千万。世界というものを知らぬ、ネトウヨどもの戯言である。
日本刀など、単なる厨二病的な美術品に過ぎない。
機能美においては日本刀など、刃物の街ゾーリンゲンの品には遠く及ばないのだ。
それを今から、私の手で証明しなければならない。
少女を１人、一晩かけて外側からも内側からも愛で尽くした。そのおかげで、刃物を扱うコツは掴んだ。
そして今の私には、神としての力もある。あの時よりも遥かに手際良く、この黒衣の天使を、私だけの天使にしてやれる。
血が、熱くなった。
全身の血が、熱くたぎりながら身体の中心に集まって行く。
踏まれたい。
そんな思いがある一方、この天使を思う存分、蹂躙したいという欲望が、私の中では燃え盛っていた。
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