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<東京怪談ノベル(シングル)>


迷い道

 イアル・ミラールは、溜め息を零した。
 視線の先には、寝ているSHIZUKUの姿がある。
 朽ちた洋館で保護したSHIZUKUは、人としての理性を失っていた。
 その為、イアルが保護をする形を取っているが、野犬のようになってしまったSHIZUKUは手の施しようがない。
 人間とはかけ離れた表情、仕草、習慣はペットを飼ったことがないイアルの手を焼かせ……初日は風呂に入れる為に大戦争をしたものだ。
 あれから、数週間が経つ。
 しかし、状況は一向に良くならない。
 SHIZUKUが一向に変化しないのには理由があるのではないか。
 イアルは警戒して餌を食べ、いつでも対抗出来る姿勢で眠るSHIZUKUの世話の合間に魔女やここ最近遭遇した魔女の根城について調査していた。
 その結果───
「魔女結社……ね」
 イアルが行き着いたのは、魔女達の秘密結社だった。
 歴史は中世にまで遡る程古いものらしく、発端は魔女狩りから逃れる為だったらしい。
 歴史の表舞台から消えた彼女達は歴史の闇の中で協力し合い、あらゆる方法を使って、自分達の力や財を蓄え、世界の裏側で確固たる地位を築き上げていたようだ。
 最近、イアルが関わった任務で遭遇した魔女達もこの結社に名を連ねていたことが判明した。
 日本にも支部があったことは驚いたが、魔女が見えざる場所でブロンズ像や野犬化させて調教した女性達を好事家へ売り払い、魔女結社の資金源にしていることにも驚きを隠せない。
(いずれにしても、下種の極みだわ)
 生きた人間を美術品、ペットや番犬にするなど。
 それを好んで闇ルートで購入する者も許し難いが、それを生み出す者はそれを上回る怒りを覚える。
 だが、ルートがあるならば、突き止めることは不可能ではない。
 イアルは、SHIZUKUからそちらへ視線を移す。
 目に映るのは、都心にあるホテルの住所。
 あの後、SHIZUKUを連れ、朽ちた洋館へ1度だけ訪れたのだ。
 SHIZUKUがガリガリと引っ掻いたドアの向こうは、魔女の書斎らしき場所。
 そこにあった資料から魔女結社の存在を知り、魔女結社の存在からこのホテルを割り出したのだ。
(ここは、政財界の要人も宿泊する高級なホテルだわ。こんなホテルの地下に魔女結社の支部があるなんて……)
 イアルは彼女達が如何に歴史の闇で活躍し、その地位を不動のものとしてきたのかが見えた気がして、心の暗雲を払い除けることが出来ない。
 けれど、とイアルは思う。
(この支部が取引の場所になっている……)
 同時に、多くの魔女がいる。
 危険ではあるが、SHIZUKUを元に戻す何らかの手掛かりがあるかもしれない。
(危険だけど、行くしかないわ)
 住所を見、イアルは決意する。
 支度を整え、高級ホテルの地下にあるという魔女結社の支部を目指す。
 部屋の片隅で生肉を貪るSHIZUKUへ、待っているよう言い置いて。

 山手にある高級ホテルは、入口からして、用がない者を拒むようにドアマンが立っている。
 が、宿泊客以外にもレストラン、カフェやラウンジが解放されている為、ホテル内部に入ること自体はそこまで難しくはない。
 一般客を装い、ゆっくりとした足取りでホテルへ入った。
(ここからが、問題ね)
 レストラン、カフェやラウンジ以外で宿泊客ではないイアルが歩いていれば、やはり目に付く。
(誰にも見つからないようにしないと)
 イアルは注意すべきことを改めて口にし、レストランへ向かうエレベーター付近にあるトイレへ入り込んだ。
 カメラがないか念の為確認してから、偽装として着用していた華やかな服を脱ぎ捨てる。
 手早く着替え、用心に用心を重ねてトイレの外へ出ると、観葉植物などを遮蔽物にして進み、従業員エリアへ滑り込むと、更に備品置き場へと入り込む。
 情報では、ここの最奥の棚はキャスターがついており、動かすと、更なる地下へのエレベーターが姿を現す。
(だから、備品置き場にしては整っているのね)
 イアルが整っている備品置き場を警戒しながら進みながら、呟く。
 やがて、行き当たった最奥の棚を動かすと、アンティークな装飾がされた扉が姿を現す。
 支部へ向かうエレベーターだ。
 が、これは侵入を気づかれる為に使えない。
 イアルは、床を見た。
 ここだけシンプルなカーペットが敷かれてある。
 カーペットを剥がすと、引き戸が見える。
 ずらせば、見えるのは非常用の階段。
 闇に滑り込むようにして、イアルは階段を音もなく降りていった。

 階段の先は、地下であることが信じられない空間が広がっていた。
 その空間には、ホテルとは異なる趣の館が建っている。
(ここが、そうね)
 イアルは、魔女結社の支部となっている館へ侵入していく。
 内部は支部だけあり、魔女の姿が多く、更に警戒が必要だ。
 と、魔女達の会話が耳に届いた。
「今日も取引があるわね」
「プールの方で犬達が泳ぐらしいわ」
「犬達も大はしゃぎでしょう。汚い服は処分しないといけないわね」
「そうね。その方が喜ばれるでしょうし」
(プールにいる取引相手を人質にすれば……)
 イアルは、一時的にでも好事家を人質に取れば、魔女達と取引出来るのではないかと作戦を立てる。
 今はSHIZUKUの為の情報が重要、迷っている暇はない。
 音を立てないようにして、イアルはその場を離れる。
 会話をしていた魔女達が笑みを浮かべていたことも知らずに。

 プールへ。
 内部を見つからないように急いで進んだイアルは、最悪の形で自身の甘さを突きつけられる。

「これは……どういうこと?」
「あなたが来るのは、最初から分かっていたの」
 イアルが誰もいないプールサイドで思わず呟くと、背後から声が掛けられる。
 振り返れば、魔女達と野犬化した少女達。
「何を……」
「教えてあげる必要はないわね」
 その言葉と同時に少女達が襲い掛かってきた。
 魔女達へ向かおうにも、少女達が壁となって向かうことが出来ない。
 召喚をと思うよりも早く、少女達は体重を掛けてイアルを押し倒す。
 飢えた獣のようにイアルを噛み砕こうとする少女達、こうなってはもう反撃出来ない。
(拙いわ)
 どうにか逃れるが、既に戦えるような状態ではなく、服もぼろぼろにされ、その隙間からは豊満な肢体が露になっている。
「いい眺めね」
 魔女達が喉を鳴らして笑う。
 絶体絶命、どうすれば───
「けれど、ちょっと表情が足りないわね」
 一斉に撃たれたのは、衝撃波。
 少女達への巻き添えを恐れたイアルは後退するしかなく、やがて背後にはプールが見える。
(このプール、ただのプールじゃない)
 塩素の臭いもなく、嫌な予感が背中を走る。
「考え事をしている場合じゃないわよ? 綺麗に凍って私達の永遠になりなさい!」
 直後、イアルはまともに衝撃波を喰らい、プールへ落ちた。
 液体窒素!
 その単語が頭を過ぎるもその思考さえも凍っていく。
 ああ、ごめんなさい……。
 最後にSHIZUKUの笑顔を思い浮かべ、イアルは氷の像へ姿を変えた。

 誰もいない部屋。
 少女は、部屋にいる。
 空腹を覚え、獲物を探すが、部屋の中には何もない。
 獲物はないかと彷徨う少女の目の前に、空の皿がある。
 僅かに残る生肉の匂いを惜しむように少女は皿を舐めた。
 SHIZUKUの名を忘れた少女は、ここにあった生肉を与えてくれた女の今を知らずにただ無心に皿を舐めている。