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<東京怪談ノベル(シングル)>


閉ざされた氷の先

 意識が、凍る。
 逃れようとするがそれよりも早くこの身は凍っていく。
 声を上げようとしても叶わない。

 過ぎるのは、自分の甘さ。

 イアル・ミラールは、ある任務を通じて1人の少女と出会った。
 明るい少女とは短期間で打ち解け、危険なオカルトスポットへ赴くのにも付き合うようになった。
 友人……差し支えなければ、彼女のことは親友と思っている。
 その彼女が、行方不明になった。
 調べた先に行き着いた洋館で、人としての心を失った彼女を保護したものの、彼女は一向に人に戻らない。
 他の少女達は、魔女が倒れてすぐに人の心を取り戻した。
 だが、念入りにもてなされたらしい彼女は他の少女達とは異なる。
 何か理由があるのではないか。
 イアルは手を尽くして調査した結果、魔女結社に行き着いた訳だ。
 この魔女結社では、あらゆる方法で力や財を得る為、時として少女達を野犬化させて調教することもあるらしい。
 下種の極みとも言える方法だが、魔女達は念には念を重ね、『名前を奪う』ことをすることもあるのだという。
 名前を奪うことで、魔女が死しても新たな名の存在として生き続けるようだ。
 イアルも異なる手段は予想していたが、つまり、時間経過しても意味はなく、何らかの方法で元に戻さなければならない。
 危険を承知で、魔女結社の支部へ方法を求めて潜入した。
 見つからないよう注意を払い、情報を集めて向かった先で───全て、罠であることを知った。
 イアルは注意しながらも、話が上手く行き過ぎていることを見落としていたのだ。
 例えば、魔女結社へすぐに行き着けたこと。
 魔女達が裏の存在であればある程、自分達の情報の取り扱いには慎重である筈だが、簡単に入手出来たことに対して、疑問を持たなかった。
 例えば、魔女結社の支部の内部へ簡単に入り込めたこと。
 監視カメラは用心しても、具体的な無力化手段を講じていなかった。
 そして、魔女結社の支部の内部での会話を簡単に信じたこと。
 張り込みや調査で取引相手を確認せず、プールへ急いだ。
 全ては、イアルが彼女を元に戻す方法を突き止める為の情の深さからくる焦りであるが、どれもが致命的な見落としであった。
 結果、野犬化した少女達に襲われ、挙句魔女達の猛攻を受けて、液体窒素が満ちるプールへと転落したのだ。
 自分の甘さが招いたこととは言え、イアルの身体も心も凍りついていく。
 自分へ向けてくれる明るい笑顔を頭に過ぎらせつつ、自身が声を上げているかどうかも分からないイアルは謝りながらその意識を閉ざした。

「案外呆気なかったわね」
 魔女達はくすくす笑った。
 鏡幻龍の守護で繁栄していた小国の王女は、知っていた。
 後に国が滅んだ際に石像となったことは知っているが、現代に蘇っていたというのをブロンズ像を生成する魔女が滅んだ際に知った時には、魔女結社の支部はその力をどう取り出すか話題になった。
 その後、近しい少女が飛んで火にいる夏の虫の如く、少女の野生化を請け負う魔女の館へやってきた為、魔女達はこの少女を有効利用すべきだと判断したのだ。
 提案した魔女はイアルによって滅ぼされてしまったが、イアルは戻らない少女の為に動いた。
 利用しない訳がないと餌を撒き、ここへ誘き出し───今へ至る。
「体内の鏡幻龍を取り出すには、砕いた方がいいでしょうね」
「石化するかしら?」
「完全に凍れば、どうかしら。鏡幻龍がその前に石化するかもしれないけれど、どの道砕けばいい話だし」
「それは興味深いわね」
 加わった声に、魔女達は振り返る。
 ここにいる魔女の誰でもない声───侵入者だ。
「貴様」
 魔女達が色めき立った時には声の主、エヴァ・ペルマネントはプールに走っていた。
 野犬化した少女達を無視してプールに飛び込むと、氷へと変じたらしい女の姿が見える。
 自身も液体窒素が襲い掛かるが、この身は屈することなく再生を始める。
 プールの底に沈んでいる女を抱え上げると、ゆっくりと浮上した。
 浮上と同時に魔女達が一斉に衝撃波を撃つが、その程度の威力で砕かれる身ではない。
「噂に聞いて、欲しいと思っていたけれど……興醒めね」
 急速な再生を始めるエヴァを見て、魔女の誰かが「霊鬼兵」と漏らした。
 そう、この身は、人ではない。
「ええ、そうよ。『零鬼兵』よ」
 邪魔しないでね。
 激しさを感じさせない声音で牽制を響かせ、エヴァは氷の女の像、イアルを担ぎ上げてプールを後にする。
 この支部を壊滅させ、魔女達の力を吸収しようと潜入してみれば───思わぬ事態に遭遇した。
「鏡幻龍の力……興味深いわね。でも、もっと興味深いのは、そこじゃないわ」
 他人の為に危険を承知でここへやってきたことだろう。

 エヴァは、自身が潜伏している廃墟へとやってきた。
 ここは、かつて、あの魔女結社の支部があったホテル同様、政財界の人物も宿泊していた高級ホテルだったが、不況の煽りや不祥事が原因で倒産してしまい、その後解体されることもなく、その姿を残している。
 ホテルの設備が残っているとは言え、既に倒産したこのホテルのインフラは停められているが、エヴァはホテルの設備を使い、地下水などを使ったり時として周辺から勝手に拝借するなどして、彼女なりに快適に暮らしている場所だ。
「まず、この状態をどうにかしないといけないわね」
 エヴァは、氷の像となっている女を見る。
 手遅れではないようだが、それも時間の問題だ。
 解凍するならば、水中だろう。
 湯では急な温度変化で細胞を破壊する恐れがある。
(瞬間的に凍りついたみたいだし、水に漬けて元に戻ればいいのだけど)
 思い出したことを反芻し、水を張ったバスタブへイアルを漬ける。
 ゆっくりと解凍されていくが、この女はまだ生きている。
 生物ではない食品と違い、温度が低下し過ぎても危険だ。
 解凍の状況を確認しつつ、エヴァは自身が寝起きしているベッドを見た。
 最後は、肌の温度で温めることになるだろう。
(わたしが与えるのは、きっかけだけ)
 這い上がる強さがなければ、死ぬだけ。
 そう、それだけ。

 イアルは、ぼんやりとした温かさを感じて目覚めた。
 目に映るのは、見知らぬ天井。
 視線を動かすと、自身とは異なる赤の瞳が自分の姿を映している。
「ここは……?」
「わたしの家、といったところかしら」
 イアルが問うと、その瞳の持ち主は身を起こした。
 直前の記憶と今の記憶を繋ぎ合わせて考えれば、思い当たるのはひとつ。
「あなたが、わたしを?」
「そうよ。運も強さの内かしら」
 イアルへエヴァと名乗った彼女は、イアルの空白を生めるようにその事情を語ってくれた。
「そう……ありがとう」
「その割には暗い顔ね」
 お礼を言うイアルの顔色を見て、エヴァが率直な感想を口にする。
「……あそこへは、助ける方法を求めて行ったから……」
「助ける方法?」
 今度は、イアルが事情を話した。
 話を聞いている内にエヴァの顔が険しいものとなっていく。
 生きる為に強くならなければならないという思いに囚われるエヴァでさえ、明らかな弱者を食い物にする魔女達へ攻撃的な感情を覚えたのだ。
 話し終えたイアルが、ベッドから出ようとする。
「きっと、お腹を空かせて待っているから、帰らないと……」
「その格好で?」
 エヴァに押し留められたイアルは、自分の格好に気づいて顔を赤くしたのは言うまでもない。