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ジョーと名乗る男
「ジョーさんですか…。ヘンテコな男に出会いましたね」
「そんな事はどうでも宜しい。さんした君？」
ビクッ！ と、思わず両肩が震え上がった。通称『さんした』事、三下忠雄。良い人止まりの碇麗香の良い奴隷。
「で、でも今回の依頼はあくまで――」
「――そう。あくまで私個人に来たハッキリ言えば私の仕事。だからこそ部下のあなたには来てもらう必要があるの」
「へ、編集長の依頼は…？」
「――そう。絶対よ」
「そ、そそそそんなあ〜！ あんまりですよ〜！」
泣き喚いてる『さんした』は放っておくとして、どこか怪訝そうにそれを傍観している者が約１名――。
「一体全体ボク達がいない間に何があったんですか？ そろそろ教えて下さい」
アルバイトの桂が控え目な発言をする。
――そのジョーと名乗る男が現れたのは今から１週間前に遡る。
「ジョーさん…ですか。失礼ですが日本人の方ですか？」
「海外の人に見えますか？ 日本人ですよ」
「それで…今回はどう言った内容のご用件で？」
「あなたにぜひとも一緒に来てほしいのですよ」
「それは――取材の依頼と言う事で宜しいですか？ このアトラス編集部をご存知で？」
ジョーは気味の悪い笑みを浮かべた。
「もちろんです。碇麗香さん」
「――なるほど。事前に情報は得ていると。ですが編集長の私が独断で行くと言う訳には…」
「その取材の場所なんですがねえ。とある社が立っているんですよ」
ジョーは勝手気儘に話を進める。
「社？」
「社には本来神秘的な力が宿っているのをご存知ですか？」
話が急にすり替わった。
「――ええ。まあ…一応私達アトラス編集部はこの世の怪奇現象を追っていますし」
「…そうです。社は神様が奉ってある場所――いわば神が降臨する場所」
「一体何が言いたいんですか？ 単刀直入にお願いします」
なんとなくこのジョーと名乗る男に苛立ちを覚える。碇麗香鬼編集長。
「あなたは神様を見たくはないんですか？」
「神様…ねえ」
フェイトは１人小言を呟いて珍しく物思いにふけっていた。
今回、ＩＯ２エージェントとして派遣された依頼は意外なものだったからだ。
自分の生まれ育った国。日本に帰国してから少し気になってはいたとある事件。
その調査担当を今回任務として任された。
アメリカでの４年間の研修生活も無駄ではなかった――と言う事だろうか？
「俺の名はフェイト。…『運命』だよ」
皮肉と自嘲をないまぜにした複雑な思いが言葉としてつい出てしまう。
「それにしても単独任務となると…少し厄介だな。何せ相手は神様だ」
しかしフェイトの言った通り。今回の事件はある意味皮肉的な運命を辿る。
「僕は神様なんてみ、みみ見たくないのに！」
「うるっさいわね！ 逃げたら減給よ」
「ボクは見てみたい気もします…」
アトラス編集部としては観光地とも言える位のそこは動植物の生態系が自然と根付いている密林地帯だった。
「こんな所に社なんてあったっけ？」
なんとなく不意に出てしまった言葉を飲み下す。
そんな所に人影がチラリ。
「やあ、皆さん。お待ちかね」
あのジョーと名乗る男が軽口をたたく。だがしかしそこにはどこか不穏な気配がまだあった。
１人、いや３人――いや、それ以上のタキシード姿の男達が密林の中にうようよしている。
それはジョーと名乗る男と全く同じ背格好。同じ顔だった。明らかに異常な事態だ。
「な――これは一体全体どう言う事かしら？」
目の前にいる明らかに人外の生物達を前にして意外と落ち着いた口調で語る碇麗香鬼編集長。
「なるほど――こう言う事だったんですね」
そんな折、新たに乱入してきたキャラが１人。
――そう。それは他でもない。あのＩＯ２エージェントとして派遣されてきたフェイトだった。
「もしかして――あなたフェイト君？ ＩＯ２エージェントの」
「『君』付けは止めて下さい。アトラス編集部――碇麗香鬼編集長」
「『鬼』――編集長？ だーれがそんな事言ったのかしらねー？ さ・ん・し・た君？」
「ひ、ひええ！」
最早『さんした』事、三下忠雄にとっては目の前にいる全ての者達がモンスターに見えた。
「フフフ。新しいパーティーと雑談している場合ですか？」
いつの間にかそのジョーと名乗る男は集団で密林の奥深くから続々と出てきた。
どうやらその奥に例の社らしきものが建っているみたいだ。
「これは『ドッペルゲンガー』ってヤツですか」フェイトは語り出す。
『ドッペルゲンガー』――ドイツ語で言う所の『二重の歩く者』と言う意味。
『ドッペルゲンガー』の人物は周囲の人間と会話しない。本人に関係のある場所に姿を現す。
「しかもこいつは厄介な事に――『バイロケーション』が絡んでますね」
「『バイロケーション』？」首を傾げる他３名様。
自分の姿が同時に複数の場所に勝手気儘に姿を現す人騒がせな現象。
しかも『バイロケーション』の場合、それを自分の意思で行っているんだから、さあ大変。
「つまりあのジョーと名乗る男が唯一本体で他は全部偽者――と、考えていい訳ね」
「そうです。さらに言えばジョー自身は『ドッペルゲンガー』の本体でありながら『バイロケーション』を駆使してあの密林の奥深くに眠る社を中心としてここに集まった」
先程の納得した台詞の答えはそう言う事だったのだ。
「でも――本物のジョーが無口になったら、この現象の中から本人を探り当てるのはかなり困難ですね」
桂がさり気無くこれまたナイスな分析を試みる。
「それにしてもあの社に執着してる理由は何かしら？」
碇麗香は首を傾げたが、答えはやはりフェイトが持っていた。
「そんなの簡単ですよ。彼が神様だからです」
「神様〜！？ ＯＨ，ＭＹ ＧＯＤ！」と『さんした』。ありがとうございました。
彼が軽く碇鬼編集長様に蹴飛ばされた所で話は戻る。
「どう言う事よ？ フェイト君。あんな不気味な男が神様なんて私は嫌よ」
「ええ。俺も同感です」
だがそんな事、例の神様とやらが許すはずもなく――
「どうやら神様がお怒りの様です」
またもや桂がさり気無くナイスな呟き。その刹那、軍団と化していたジョーの群れが襲い掛かってきた！
「ここは俺に任せて下さい！」
そう言ったフェイトは着ていたスーツの胸元を探って素早く拳銃を取り出した。そして躊躇なく２、３発撃った。
その対霊弾に撃たれた軍団の一味であるジョーの分身は完全にかき消えた。
「なるほど。やっぱりそうだったか」
確かな手ごたえを確認しつつ、フェイトは容赦なく対霊弾のこもった拳銃を発砲する。また３、４人消えた。
「今のうちに皆さんは例の社の方へと向かって下さい！ 俺が援護します！」
「ひ、ひええ！」
「分かったわ！」
「了解…です」
その社はどう見ても完全に朽ち果てかけた古の産物にしか見えなかった。しかしそこには…
「こんにちわ。私はジョーです」
どうやらドッペルゲンガー軍団の頭脳。本体のジョーが待ち構えていた。
「さて…神様とやらを見せてもらおうかしら？」
「ええ。見せて差し上げましょう。ですがその前に１つ契約書にサインを」
「何の…契約かしら？」
「アトラス編集部を私に下さい。それが条件です」
「嫌だと言ったら？」
「残念ながらこれは強制イベントです」
「そう…私からも１つ良いかしら」
「？」
「チッ。クソ！ 始まっちまったか！」
フェイトが見る先、森林の奥にはあの朽ちかけ果てていた社が神々しく光り輝いていた。
あの社に寄生していたのは言うまでもなくこの地で自殺を遂げたジョーと名乗る男だった。
社とは神を奉る場所。地縛霊となったジョーは自らの名も忘れていつの間にかその社の神にも匹敵する凶悪な存在となっていった。
彼は神を喰らい、自らをジョーと名乗りそして世界を征服しようと目論んだ。つまりこの世の神的存在になろうと。
そこで目を付けたのが怪奇現象を取り扱う専門誌。アトラス編集部だった。
しかし彼は１つだけ大きなミスを見落としていた。
「あなたは人間ではない。それを自覚しているのかしら？」
「私は――いや、俺は人間ではない？」
「そ、そそそうですよ――あなたは神…」
「――そうです。あなたは神様でもなければ人間でもない」
最後に桂が締めくくると、急にジョーと名乗る男は取り乱し始めた。
「俺は――人間じゃない？ じゃあ、俺は何者なんだ？」
「その答えは――」碇麗香は振り向きもせずに親指一本で背後を指し示した。
「――俺が持っているこの鉛玉にこめられている！」
フェイトがすかさずテレポートで飛んできて最後の一発である対霊弾をジョーにぶち抜いた。
「いやあーお疲れ様です。フェイトさん。この恩義は一生忘れません」
もう怖いものはいなくなったと知るや否や突然饒舌になってきた『さんした』。
「いや、そんな事は…。俺は仕事でここに来たまでで正直皆さんと出会う事になるとは」
「ＩＯ２エージェントの標的は彼だった訳ね」
「――そこで質問なんですが…」
ギクリ。
「あんた達はたぶん…その…『さんした』さんを除いてジョーと名乗る男の事を以前から知っていましたよね？ そして彼を利用しようと今回の件に絡んできたと」
「――へ？」これまた『さんした』。
実は今回の事件のジョーと言う男は業界内ではそれなりに有名だった。
そこで碇麗香は閃いた。こんなおいしい話は二度と来ない。なんとか利用出来ないものかと。
だからこそ、裏の実地研修としてジョーの話に乗ってやった。彼の力次第では自分の部下として勧誘しようと。
果たしてその理由は、幽霊の部下が物珍しいからと言うだけでなくもう１人の奴隷が欲しかったと言う安直な動機。
さすがは鬼編集長様々である。
なぜか知らないがアルバイトの桂は爆笑を堪えている。どうやら彼もグルだったらしい。
末端の『さんした』だけは何も知らされていなかった。どうりで他のスタッフが来なかった訳である。
「そ、そそそそんなあ〜酷いですよ〜！ 編集長〜！」
ニヤリと笑った碇麗香はクルリと踵を返して一言。
「世の中、たまにはおいしい話もあっても良いわね」（了）
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【８６３６／フェイト・― （フェイト・―）／男性／２２歳／ＩＯ２エージェント】
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■ ライター通信 ■
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初めましてフェイトさん。ライターを担当したくをんです。
今回初めての御依頼ありがとうございます。
自分としてはまだまだ勉強が足りない分、貴重な経験をさせて頂きました。
フェイトさんにとってはどうでしたか？
この物語を通して楽しい発見が１つでもあったならこれ以上ない幸いです。
それではまたの機会に会いましょう。
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