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<東京怪談ノベル(シングル)>


混濁者は階段を落下する(1)
 現場周辺は混乱に満ちていた。白昼堂々現れたテロリストにより、住民達は恐怖に怯え身体を震わせる。立てこもってしまったテロリストは、未だに横行を続けていた。人々の悲鳴が、街を塗り潰す。
 その悲鳴を止めるために、現場に現れたのは一人の女性だ。彼女の姿を見た人々は、思わず息を呑む。何しろ、こんな物騒な場所には似合わない程のとびきりの美女だったのだから。
 チョコレートのような甘い香りが漂ってきそうな艶やかな茶髪に、まっすぐに前を見据える青色の瞳。スレンダーながらも、女性らしい魅力に溢れた身体。まるで絵画や映画の中から飛び出てきたような、完成された美しさがそこにはあった。
「お、おい、あんた! 危ないぞ!」
 しばし彼女の姿に見惚れてしまっていたが、ハッと気付いた住民は慌てて声をあげる。膝まである編上げのロングブーツが地を叩く小気味の良い音を鳴らしながら歩いていた女性は、テロリスト達が立てこもっている施設へと迷う事なく入ろうとしていたからだ。
「大丈夫ですわ」
 けれど、彼女は問題ないとでも言うかのように余裕の笑顔を浮かべてみせた。その笑みは聖母のように神聖な美しさを持っていて、不思議と安心感を人々に与える。
「わたくし、こう見えて結構強いんですのよ」
 そう言って、彼女は施設へと足を踏み入れる。突然の乱入者に向かい、テロリスト達は一斉に銃口を向けた。間髪入れずに響く、発砲音。無慈悲な鉄の雨が、宙を駆け抜ける。
 しかし、硝煙が掻き消える頃、先程まで女がいたはずの場所には誰も立っていなかった。
「熱烈な歓迎ですわね。けれども、騒がしすぎるのはわたくしの趣味ではありませんわ」
 その透き通った声は、テロリスト達の背後から聞こえた。いつの間にか彼らの後ろへと回っていた女は、気高い笑みを浮かべる。
 テロリスト達の間に動揺が走った。あの攻撃を避ける事など、普通の人間に出来るはずがない。その上、自分達の背後をとるだなんてありえない事だ。
 そう、彼女、白鳥・瑞科はただの一般人ではない。
 武装審問官。またの名を――戦闘シスター。
 それを証明するかのように、彼女が今身にまとっている衣装は戦闘用に改造されたシスター服だ。最先端の素材で作られたそれはぴったりと柔肌に張り付き、女性らしいボディラインを浮き出させていた。深いスリットが入っており、ニーソックスに包まれた眩しいくらいの美脚が惜しげもなく晒されている。
 コルセットは豊満な胸を強調し、傷一つないしなやかな腕は美しい装飾のついた革製のグローブと、二の腕まである白いロンググローブで隠れてしまっているのがもったいないくらいだ。
 羽織られたケープは、羽のように神聖な白色をしている。だとすれば、同色のヴェールは光り輝く輪っかに例えられるだろう。
 瑞科はまるで、戦場に突然舞い降りた天使のようであった。

 テロリスト達は、慌てて瑞科へと攻撃を仕掛ける。一人のテロリストは、銃を鈍器代わりに彼女に殴りかかろうとする。瑞科は、しかしそれを華麗に自らの愛用している剣で受け止めてみせた。
 けれど、ある違和感に彼女は端正な眉を僅かに寄せる。力負けしそうだったから、というわけではない。相手の力が明らかに、通常の人間が本来出せる力の限界というものを超えていたからだ。
 相手がただの人であったのなら、全力を出す必要はないと思っていたが――。
「どうやら、遠慮しなくてもよさそうですわね」
 彼女の扇情的な唇が弧を描く。青色の瞳に映るのは、歓喜。
 ここのところ、手応えのない相手とばかり対峙していた。けれど、今日は久しぶりに思う存分戦場を駆ける事が出来そうだ。
 笑みを深めたまま、彼女は隠し持っていたナイフを何本も取り出す。窓から差し込んでくる陽の光を反射し、凶器がキラリと輝いた。

 ◆

「そういう事でしたか、シスター白鳥。それであのような短時間で任務を終わらせたのですね」
「……本気を出せる相手かと思っていたのですけれど、少し期待はずれでしたわね」
「教会」本拠地の司令室にて、瑞科は困ったように苦笑を浮かべ肩をすくめてみせた。
 目の前にいるのは、自分の上司である神父だ。いつも彼女はここでこうして、任務の受領と報告をする。今も、先程のテロリスト討伐の任務の報告を終えたところだ。
 戦場から帰ってきたばかりだというのに、彼女の姿は今朝方任務を受領した時と何も変わってはいなかった。傷どころか、汚れ一つついていない。それもそのはずだ。彼女は、敵に指一本触れさせる事なく戦闘に勝利してみせたのだから。
 結局、本気を出した瑞科に勝てる実力を持った者はその場にはおらず、驚く程あっけなく任務は終わってしまった。少々肩透かしをくらったものの、街への被害を最小限に抑えられた事に瑞科は安堵する。
「しかし、テロリスト達が人ならざる力を持っていた……という点は気になりますね」
 神父が、難しそうな顔をし思案し始めた。
「ええ、間違いありませんわ。彼らはただの人間ではありませんでした」
「調査の必要がありそうです。敵の正体によっては、もしかしたらまた貴女の力を借りるかもしれませんね……」
 事件は恐らく、これで完全に終わったわけではない。むしろ、これは始まりに過ぎないのだろう。
 不穏な空気を感じながらも、瑞科は凛と前を見つめ続ける。あのテロリスト達の向こうにいかなる真相があったとしても……。
「わたくしにお任せ下さいませ、司令。必ずや、勝利を掴んでみせますわ」