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<東京怪談ノベル(シングル)>


混濁者は階段を落下する(2)
 美しい模様があしらわれた、シックなワードローブが開かれる。年相応にお洒落に気を使う瑞科らしく、彼女の自室にあるそれは中に入ってる衣類に負けず劣らずお洒落な色合いだ。
 彼女の繊細な指が、中にあったある衣装に触れる。ワードローブの中から取り出されたのは、戦闘用のシスター服だった。
 この衣服を身にまとう時、それは瑞科が戦闘へと向かう時他ならない。
 着替えながらも、瑞科は先程司令室で司令と交わした会話を思い出していた。

 商社での表向きの仕事の途中で司令に呼び出された瑞科は、タイトスカートのスーツ姿のまま司令室へと向かった。
(あの事件の事、かもしれませんわね)
 彼女の予想通り、神父の口から語られたのは先日のテロリスト事件の調査の結果だった。
「……強化人間、でして?」
「はい。どうやら先日のテロ事件は、ある軍事企業が開発した強化人間達の性能試験だったようです」
 司令が語った真実に、瑞科は悲しげに目を伏せる。人を人とは思わぬ非道な実験に、優しい彼女の心に水たまりに出来る波紋のように悲痛な思いが広がっていった。けれど、だからこそ、彼女は毅然とした態度で前を見やる。必ず、このような非道な事件に終止符を打つ事を胸に誓う。
「そして、貴女が倒した彼らの遺体を調べて分かったのですが、今回の件、悪魔が関わっているようです」
「それは、捨て置けませんわね」
「彼らの身体を作り上げていたのは、普通のDNAではありませんでした。未だかつて見た事がない……まるで、悪魔と人間を掛けあわせたようなものです」
 口にするのも恐ろしい狂った実験に、神父は苦々しげに眉を寄せた。
「恐らく、彼らの正体は召喚された低級悪魔と人間を掛けあわせて作られた強化兵士です。シスター白鳥、貴女に任務を命じます」
 ――強化人間を作り出している軍事企業、及びその軍事企業の作り上げた強化人間と召喚された悪魔のせん滅。
 決して簡単な任務ではなかった。悪魔まで関わっているのだ、命の保証などない。
 けれど、頷いた瑞科の瞳に迷いはなかった。

 するりとかすかな音をたて、まとっていたタイトスーツが彼女の柔らかな肌を滑り落ちる。
 代わりに彼女の身を包み込むのは、深いスリットの入ったシスター服。それは寄り添うようにぴったりと瑞科のきめ細やかな肌へと張り付き、彼女の女性らしい体のラインを浮き立たせていた。最先端の素材で出来たそれは、見た目よりもずっと頑丈な上に、彼女の人並み以上の力を有する動きの邪魔にもならない。腕の良い者が研究に研究を重ね作り上げた、瑞科もお墨付きの特注品だ。
 慣れた手つきで、瑞科は着替えを進めていく。コルセットは彼女の細い腰をきゅっと引き締め、豊満な胸の存在感を更に高めていた。
 シスター服に入れられたスリットからは、ニーソックスの食い込んだ扇情的な太腿が覗いている。足には、彼女のお気に入りのロングブーツ。膝まである編上げのものだ。
 美しく清楚な女性には、やはり白が似合う。ケープとヴェールの色は、輝かんばかりの純白である。
 腕には、同じく白い色をした布製のロンググローブ。更にその上には、手首まである革製のグローブがつけられている。どちらにも、思わず溜息が出てしまう程に綺麗な装飾が施されていた。
 着替えが終わる。鏡に映る女性は、スーツから美しく清らかな聖女へと姿を変えていた。
 そして、聖なる彼女が最後に手にとったのは、その姿にはあまりにも不釣合いで……それでいて、そのギャップにより彼女の神聖さを更に高めるもの。
 ……一本の、剣。
 支度を終えた瑞科は、部屋を出て堂々と歩き始める。廊下で彼女とすれ違った仲間は、一瞬聖女に見惚れ、けれどその手の中にある剣に気付き、悟るのだ。
 嗚呼、美しい彼女が今から向かう先は、賛美歌の鳴り響く教会ではなく……戦場なのだ、と。

 ◆

 試練というのは、たとえるならば階段だ。無事登り切ったものだけが、高みへと辿り着ける。それ以外の者は下のほうでくすぶるか、階下へと落ちていくしかない。
 ここにいる者達は、一心不乱に階段を駆け上ろうとしている。けれど、彼らにとっては不幸であり、世界にとっては幸運な事に、上を目指す彼らの前には立ちはだかる影があった。
 風に揺れる、茶色の髪。眼前の企業を見やりながら、瑞科は武器を構えた。その瞳に、闘志を携えながら。