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<東京怪談ノベル(シングル)>


シスターの休日

 窓からは穏やかな陽光が差し込んでいる。白鳥・瑞科は椅子に腰掛け、本を読んでいた。「教会」と呼ばれる組織に属する武装審問官である彼女にとって、今日は久しぶりの休日だ。先日もひとつの任務を無事に遂行した。日頃は気を張っている彼女だが、今はゆったりとした時間を過ごしている。本日は服装もリラックスしたものだ。瑞科は大きめの白いシャツを羽織っただけの服装で足を組んでいる。ゆったりとした服を着ていても彼女のスタイルの良さは隠し切れるものではない。シャツの胸元を押し上げる、形の良いバスト。きゅっとくびれたウエスト。瑞科は白い太ももの上に読みかけの本を伏せ、テーブルの上から紅茶の入ったカップを手に取り、口をつけた。一口飲んで、ふう、と息をつく。穏やかな休日ですわ。
 平穏を破るように、勢い良くドアが開いた。瑞科は慌てた風もなく、カップをテーブルの上に置き、ドアの方を見た。満面の笑みを浮かべた女性が、大きな箱を持って立っている。
「瑞科、お邪魔するわよ!」
「ノックぐらいして下さいませ」
 瑞科はそう言うと、本を閉じて椅子から腰を上げた。怒っているわけではない。仲の良い相手だ。性格は十分承知している。
 女性は科学者で、瑞科の戦闘服や戦闘用ロッドのメンテナンスなどもしてくれている。
「今日も相変わらず色っぽいね!寝起きかい?」
 女性は箱を床に置くと、瑞科の服に手を掛ける。
「もっと見ていたいけど、とりあえず脱いでみようか!」
「は?」
「さあ、さあ早く!」
「ちょ……ちょっと、落ち着いて下さいませ」
 女性は興奮した様子だ。瑞科は女性の両腕をやんわりと掴んだ。女性は小柄で、言動や見た目が物凄く若いのだが、実は瑞科より年上だ。少々マッドサイエンティスト的な部分があるため変わり者扱いされることも多いが、優秀な科学者だったりする。
 女性は箱を開けて瑞科に見せた。中に入っている衣服は、瑞科にとても馴染みのあるものだった。
「これは、わたくしの戦闘服にとても似ていますが」
 その通り、と科学者は頷いた。
「瑞科のために、新型の素材に変えてみたのさっ。だから早く着て性能を確かめて欲しくて」
「それならそうと言って下さい。いきなり服を脱がそうとするから、ちょっと驚きましたわ」
 瑞科は微笑んで肩をすくめた。
「いやあ悪い悪い!こういう性格なものでね」
「よく存じ上げております」
 瑞科はくすりと笑うと、シャツのボタンを外した。シャツがぱさりと床に落ちた。


 白いブーツのかかとを小気味良く鳴らし、瑞科は訓練用の施設に入った。瑞科の相手を務めるのは同じ所属の、いわば同僚たちだ。訓練とはいえお互い本気を出さねば意味が無い。
「手加減は無用で、宜しくお願い致します」
 瑞科は丁寧にお辞儀をすると、ロッドを構えた。勢い良く突進してくる男を、瑞科はかわした。振り向きざまにその背中に蹴りを入れる。ミニのプリーツスカートから伸びた長い足。太ももに食い込む黒いニーソックスも、膝までの白い編み上げブーツも、普段から瑞科が着用している戦闘服と同じに見える。
 もう一人の男が長い棒を振り下ろしてきた。瑞科はロッドを両手で持って受け止める。瑞科の細腕では、力勝負ではさすがに不利だ。瑞科は男の横腹に蹴りを入れた。
「ぐっ」
 男がうめき、後ろに下がった。瑞科はロッドで男が手に持った棒を払う。
 もう一人の男が背後から抱きつくように襲いかかり、瑞科を羽交い締めにしてきた。瑞科はすぐさま後頭部で男の顔に頭突きをして、それを逃れた。正面からもう一人の男が突進してくる。瑞科がふいと横に避けながら足を引っ掛けると、男同士が衝突してしまった。
 男たちは日頃から厳しい訓練を受けている者達で、けして手を抜いている訳ではない。しかし瑞科は優雅に舞うような動きで、彼らを軽々とあしらってしまうのだ。


「ありがとうございました」
 訓練を終え疲れ果てている男たちに、瑞科は涼しい顔で礼を言った。
「やあやあどうだった?」
 訓練を見ていた科学者が瑞科に声をかける。
「ええ、素晴らしいですわ」
 瑞科は微笑んだ。新しい戦闘服は格段に動きやすく、とても軽い。すごく薄い布を身に着けているような感じがする。しかし実際はしっかりと厚さのある布だ。
「フィット感もバッチリです。着ていてとても気持ちが良いですわ」
「瑞科のために作られた戦闘服だからね」
「ありがとうございます」
 瑞科はにっこりと微笑んだ。
 瑞科は体に沿うように手を当てる。なだらかな腰からヒップのライン。腕から肩にかけて、それから胸に。自分の体を確認する。戦闘服はぴったりと瑞科の体に馴染んでいる。
 休日はもうすぐ終わる。
 明日からこのシスター服を身にまとい、また新たな任務が始まるだろう。不安は無い。どんな任務だってやり遂げてみせる。
 瑞科は科学者に礼を言うと、ベレー帽をかぶり直した。それから、きっ、と前を向いて歩き出した。白いブーツのかかとを小気味良く鳴らしながら。