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<東京怪談ノベル(シングル)>


Annihilate The Heresy 2

 思った通り、内部は混乱の極みに達していた。
 扉をあけ放った途端、焦ったように飛び出してきた信徒の数が十九である。さしたる戦力にならないだろう素手の者は放置して、まずは短剣を持った青年に向けて跳躍する。
 神速の踵落としで一瞬のうちに意識を失った彼の隣、鋭い悲鳴を上げた女の横腹へ拳を叩き込み、次いで襲い掛かる男にはスリットから伸びる長い足で脛を打つ。倒れ伏した彼のナイフを奪ってしまえば、戦意を喪失したらしい他の人間は縺れる足で奥へ逃げ込んでいった。
 ――彼らはあくまでも操られた信徒だ。
 邪悪から引きずり下ろし鉄槌を与える必要があるのは、彼らへ洗脳を施す教祖と――その影にいるという上級悪魔のみ。
 腰を抜かし、涙を流す女に微笑みかけて問う。
「教祖はどこにいらっしゃいますの?」
「ひ――東にある礼拝堂に――ごめんなさい、命だけは助けて」
「貴女に危害を加えるつもりはありませんわ。ありがとう」
 礼拝堂。
 神を崇めるその場と同じ名を使うとは。
 唇を引き締めて眉根を寄せる。彼女の情報が正しいかどうかは分からぬが、この屋敷内を当てもなく彷徨うよりは確実だ。
 幾ら邪教団の信徒とはいえ、結局のところ、悪魔へ命を捧げるほどの者は少ない。そう簡単に命を棄てられるなら敢えて外から贄を集めてくる必要などないからだ。内部で生贄を選定し、血を浴びれば、それでことが済むはずなのである。
 それが出来ないのは――。
 崇拝者の中に、自身の命以上に悪魔を宝だと思うような心根の持ち主がほぼ存在しないということを物語っている。
 一度でも戦意を喪失すればもう襲い掛かっては来ない。先程逃げ帰った彼らのお陰で、瑞科の脅威は信徒中に行き渡ったことだろう。後は瑞科へ武器を向ける者だけを叩けばいい。
 彼女の推察通り、東の礼拝堂へ至る長い道のりの最中で彼女を見咎める者はいなかった。
 しなやかな肢体が暗い廊下を抜けて大仰な扉の前へ至る。
 そこを――。
 聖堂とは呼びたくなかった。
 けれどそれ以外の呼び名が見当たらない。重苦しい音を立てるドアの先に広がった光景は、やはり神を賛美する場に酷似していた。
「見つけましたわ」
 凛と張り詰めた声が部屋中に響く。ステンドグラスの下に立った初老の男が顔を歪めるのが、薄い逆光の中でも確かに見えた。
「貴様もまた、この素晴らしい営みを否定するか。忌々しい神の手先め」
「何が素晴らしい営みですか。信徒を洗脳し、贄を捧げて人に仇なす貴方たちを、捨ておくわけにはいきませんの」
 きっぱりと言い切った彼女の瞳に教祖が嗤った。
 その不快な声音に眉を顰め――。
 瑞科が駆ける。
 腰元の銃を抜き放ち、革に包まれた長い指が撃鉄を起こす。教祖と名乗る男の腹へ向けたそれから雷を纏った想念の弾丸を放つと、崩れ落ちた彼の体からずるりと嫌な音がした。
 むせ返るようなにおいがする。生温く酸っぱいような――喉の痛むような不快さの――。
 ――腐臭。
 みるみるうちに腐り落ちていく教祖の体から、黒く何かが抜け出していく。強烈なにおいに思わず咳き込む瑞科の前で、男とも女ともつかぬ笑声がこだまする
 捻じ曲がった大きな角。
 山羊に似た横長の瞳孔を携える金の瞳。
 梟の翼。
 体を覆う狼の体毛。
 醜悪な老人の顔。
 姿を現した上級悪魔の異様な姿にも銃を持つ手を向けたまま、瑞科は忌々しげに呻く。
「とうに亡くなった方に――憑依していた、という訳ですのね」
「我を召喚するために身を捧げた哀れなる男の体よ。これのお蔭で、先導が楽に済んだぞ」
「とんだ悪魔ですわ」
 こういうところが――。
 嫌いなのだ。
 全て己の道具としか見ていない。全て操り人形の如くに動く玩具だとしか思っていない。
「ここで討たせて頂きましょう」
 神速の拳。
 そのスピードに動揺したような様子を見せる悪魔は、しかし辛うじてそれを避け切った。僅かに体を掠めるような手ごたえがあった後、拳が空を掻く。
 即座に放った蹴りもまた苛烈。今度こそまともに胴体を捉えたようで、柔らかな毛の奥に血の通わぬ体の感覚があった。
「貴方の敗因を教えて差し上げましょう」
 壁に凭れる異形へ電撃の弾丸を撃ち込む。
「一つ目は、教団の規模を把握できなかったこと」
 痺れる体に呻くそれへ悠々と近寄る。
「二つ目に、信徒へ有事の対策を教え込まなかったこと」
 銃を眉間へ当てる。
「最後に――」
 撃鉄を起こす。
「私を相手にしてしまったこと、ですわ」
 至近距離から撃ち出した――重力の弾丸。
 微笑んだまま、脳の重さに耐えきれずひしゃげていく体を見遣る。長い断末魔と共に灰と化した悪魔に一つ息を吐いて、ステンドグラスを見上げた。
 描かれている天使の向こうから、先程まで曖昧だった日差しが明るく差し込んでいる。
 悪魔を打倒する満ち足りた思いを祝福されているようだ。瑞科はこうして人を救っている。少なくともここの信徒は、紛れもなく己の手で救い上げたのだ。
 それが嬉しくて――。
 いつでも任務を待ち望んでいる。
 形の良い背中を逸らせて腕を持ち上げる。伸びをすると、大きく育った胸が一つ揺れた。
「さあ、次の任務も頑張りましょう」
 ――次は誰を救えるだろうか。
 会心の笑みを浮かべて走り去る瑞科の足取りは、陽の光に照らされてひどく軽かった。