コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


―現実と異世界と―

 みなもが竜神に取り込まれた件から、数日が経過していた。何時もの日常を、当たり前のように過ごす毎日が続き、みなもは今日もまた草間の元を訪れていた。
「頼みもしてねぇのに、良く来るなぁ」
「日課みたいなものですからね」
 まぁ、慢性的に手は足りてねぇし、ありがてぇけどよと草間が呟く。実際、魑魅魍魎の類に悩まされる日々の方が目立つ為、普段は話題に上る事は無いのだが、彼は普通の探偵業もしっかりとこなしているのだ。
「今、お茶淹れますね」
「おー。俺はコーヒー。ブラックでな」
 インスタントと簡易ドリップのパックがあったが、後者は来客用の取って置き。依って普段草間が飲んでいるのは前者の方である。ケトルに水を張り、ガスコンロに掛けて点火する。湯が沸くまで数分、火の元の安全の為に消火するまでは此処を離れる訳にはいかない。
 ふと、壁際に設えられた鏡が目に入る。当然、そこには覗き込んだ自分の顔が写る……筈であった。が、みなもは写り込んだその顔を見てギョッとした。
(あたしじゃ……ない!?)
 いや、顔かたちはみなもの物なのだが、金色に輝く髪と羽衣を纏ったその姿は、先程までの自分のものとは違う。一体何が……と思案していると、みなもの思念に直接語り掛けて来る声が聞こえた。
『娘よ……不可思議な力を秘めし娘よ』
(誰? 一体、何処から声を掛けているの!?)
『我はそなたに導かれ、この不可思議な空間にて眠りに就きし竜神なり……』
(竜神様!?)
 そんなバカな、竜神様は『深遠図書海』の中でグッスリ眠って居る筈……と、みなもは目を丸くした。そして、そこに通じる通り道は公園の池の底に繋がっており、竜神を内部に案内して自分が脱出する際に塞いで来た筈だ……と。
『我は、この静かなる空間が気に入った。様々な思念が行き交ってはいるが、我の邪魔立てをする者は居らぬ』
(あ、あの、それと私がこの姿になっているのと、どのような関係が? それに、深遠図書海への入り口は……)
『あの若者に、ささやかながら礼がしたい。しかし我が直々に出向く事は出来ぬ』
 会話が全く噛み合っていない。竜神がマイペースなのか、それとも自分が暴走しているのか。兎に角、この唐突な流れに頭が付いて行かなくなったみなもは、『ああ、また何時もの事だ』と、半ば諦めた表情になった。

***

「おぅ、時間掛かったじゃねぇ……か……?」
 シンクから戻って来た人影をみなもであると思い込んでいた草間は、その姿を見て言葉を失った。然もありなん、先日の騒動で見た、竜神娘の姿をした少女がそこに立っていたのだから。が、しかし……
「……まぁた、乗っ取られたのか?」
「え、えぇ、まぁ……この姿にならなければならない理由は、あたしにも分からないんですけどね」
 苦笑いを浮かべながら、みなもはポリポリと鼻の頭を掻いていた。彼女としても、この事態をどう彼に切り出して良いかが、分からなかったらしい。
『……勇敢なる若者よ……』
「え? な、何だよ急に? ……あぁ、『中の人』が喋り出したのか。はいはい、何の用ですか?」
『過日、我の眠りを妨げ、私利私欲に満ちたる悪しき考えを持つ者を除けてくれた礼がしたい』
 みなもの身体を媒介した竜神は、単刀直入に用件を述べた。尚、単にみなもの身体を媒介するだけでは、意思疎通が出来ないらしい。依って、みなもの持つ隠し能力である『水面に映る影』を開放し、自身が外界と繋がる為の準備を整えた。その結果が、この『竜神娘』の姿であるらしい。つまり本来はみなもがその意思でコントロールすべき能力を竜神が操って、外界との繋がりを維持している……と補足説明が為された。
「嬢ちゃん自身も、この力の事は知らなかったって事か?」
『左様。内に秘めたるこの強大な力、人間の精神力で御しきれるものでは無い……本題に移る。長時間の憑依は娘の体を損なう危険がある。あまりに強大過ぎるのだ。依って、簡潔に済ませなければならない』
 成る程、本人のキャパシティを越えた能力を使い続ければ、そのツケは肉体の持ち主に返って来るのが道理だ。流石は神様、その辺は弁えているという事か……と、草間も納得して先を促した。
「OK、分かったぜ。で、その礼とやらは何処にある?」
『我を封じし泉の底に、嘗て我に対し捧げられし古の財宝が埋もれておる……積もり積もって、今では価値が計り知れぬ』
「それを俺にくれるってのか? 気前のいい話だな」
 然り、とみなも扮する竜神娘は頷いた。そして『深遠図書海』の入り口を眼前に展開し、それらを実際に草間に見せた。
「へぇー……おもしれぇ、水の底と繋がってるのに、水は溢れて来ないんだな」
『深遠図書海は異次元に存在する広大なる空間。その空間を経由し、別の場所に繋げる事は容易い……これも、娘が持つ能力の一つだが、やはり正しい使い方は理解しておらぬ。過日、我を此処に誘えたのは偶然の産物であろう』
 そして、自らの意志でその内部に進入して行かない限りは、異空間を経由しての移動も出来ないという事であった。要は、水には意志が存在しない為、こちら側に流れ出て来る事も無いという事らしい。
「……もう一度聞く。目の前に見えてるこれは、あの池の底って事なんだな?」
『いかにも』
 その短い回答に、草間は暫し瞑目し、考え込んだ。しかし、導き出された答えは意外なものだった。
「んー、折角だけど俺、要らねぇわコレ」
『ほう?』
 これは意外な、と云う感じで竜神娘は理由を問い質した。が、その答えは至ってシンプルなものであった。曰く、あの時自分は何一つ役に立ってはいない、だから礼を受け取る理由も無い……と云う事だった。
『そなたには、欲が無いのか?』
「理に適わない事はしない。それがポリシーなんでね。それにあの財宝、俺の財布には大きすぎて入らねぇから」
 そう云うと、草間はクルリと背を向け、煙草に火を点けた。どうやら本当に、竜神の財宝には興味が無いらしい。
『ふむ……要らぬ世話であったようだな。しかし我にもあの財宝を駆使する手立てはない。あれの在り処を知る者はそなた一人、自由に扱うが良い』
 それだけを伝えると、竜神はみなもの身体から離れ、再び深遠図書海へと舞い戻って行った。ハッと我に返ったみなもは、コンロに掛けたままのケトルの存在を思い出し、慌ててシンクへと走って行った。

***

 その後、建物の老朽化が進んでいた保育所が新築されたり、通学路のガードレールが整備されたり、交差点に信号機が新設されたりといった環境改善が、数箇所で見受けられた。しかし、スポンサーの名は一切、明らかにされていない。
「現代の足長おじさん、ですね。カッコいいですね」
「……俺はオッサンじゃねぇぞ。それに、元々ハンサムで格好良いぜ」
「そうじゃなくて! ……そういう処、素敵です」
「済まねぇが、俺はロリコンじゃないんでな。恋の相手なら他あたってくれ」
 そんなやり取りが、事務所の中で繰り返された。飽くまでその事業のスポンサーは匿名であり、絶対に名を明かさないという。
(だから、草間さんを選んだんですね。そうでしょう? 竜神様)
 そっと胸に手を当てながら、みなもはそっと問い掛けてみた。だが、竜神もまた応えなかった。
 明かされた二つの強大な力には慄いたが、あたしはあたし、今まで通りなんだ……と自分に言い聞かせ、笑顔を作るのだった。

<了>