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<東京怪談ノベル(シングル)>


混濁者は階段を落下する(3)
 月明かりを浴びて刃は光る。美しい刀身に映る剣の使い手の姿も、またぞっとする程に美しい。今回の任務のせん滅対象であるとある軍事企業の本部にて、瑞科は華麗に剣を振るう。
 彼女が薙ぎ払う先にいるのは、何人もの強化兵士達だ。恐らく彼らの性能実験は完全には終了していない。今この時すらも、彼らは試されているのだろう。
 人と悪魔のDNAを掛け合わされて作られた、強力な力を持つ兵士達。その瞳にもはや感情はこもってなく、意思もない。ただ目前の敵を殺すためだけに動く、骨と血と肉で出来た殺戮人形。
 哀れ、だとは思う。人でありながらも、人ではない彼らの事が。同じ人のはずの者達にその命を弄ばれ、普通の人間として生きる事が出来なくなってしまった彼らの事が。しかし、こうなってしまってはもはや彼らを救う術はない。
 だから、せめてこれ以上苦しまぬように。そう胸に決めている瑞科の剣筋は見惚れてしまいそうになる程に鮮やかであり、一切の迷いも孕んでいなかった。
 彼女は長く伸びた暗い廊下を疾駆しながらも、行く手を阻むように現れる兵士達の攻撃をまるでダンスでも踊っているかのような軽やかな足取りで避ける。
 そしてその避ける勢いを利用し、剣の鞘を振り回した。周囲にいた兵士達は不意打ちの攻撃に、一瞬だが怯んでみせる。
 その隙をつくように、次いで振るわれるは彼女の長く伸びた足。扇情的な太腿をシスター服のスリットから覗かせながら、彼女はしなやかな美脚を兵士達に叩き込む。容赦のない回し蹴りに、彼らからは苦悶の声があがった。
 瑞科に向かい一歩踏み出そうとした一人の兵士の足が、彼女の足により払われる。流れるように打ち込まれるのは、聖女の拳だ。グローブに包まれた彼女の手が、敵のみぞおちへと繰り出される。
 無論彼らもやられるばかりで黙っている程、甘い者達ではない。兵士がナイフで瑞科に狙いを定めた。しかし、相手がそれを振るう前に瞬時に彼女は跳躍し相手と距離をとってみせる。背中に羽がはえているかと思うほど優雅で軽快な彼女を捉える事は、強化された彼らであろうとも難しい事であった。
 兵士達は、慌てて長距離用の武器へと持ち替えようとする。しかし、そんな暇を瑞科が彼らに与えるはずもない。瑞科の手から、鮮やかな光が放たれた。雷のように彼らの体を襲ったのは、強力な電撃だ。
 タフな彼らはそれでも倒れる事なく、立ち続けている。想像以上の力だ。瑞科は僅かにその口唇を上げた。もし彼らがすでに実験を終え完成されていたとしたら、きっとこんなものではなかっただろう。
 しかし、それはありえない未来。今後性能実験が行われる事はない。瑞科がそれを許さない。
 瑞科が、何かを従えるかのように宙で手を翻した。ずん、という重い音が耳に届いたと錯覚する程、いっきに周囲の重力が変わる。地から見えない腕で引っ張られているかのように、体が重くなる。瑞科が操れるのは、電撃だけではない。周囲は彼女の作り出した、彼女の重力フィールドに包まれた。
 いわばここは彼女の手のひらの上だ。彼らの体は、縫い付けられたかのようにその場から動けなくなってしまう。
 それでも、人を超えた力を持つ彼らはあがく。指一本動かすのも辛い世界で、彼らは手を伸ばした。計り知れない力に、瑞科は敬意を抱く。
 けれども、その手も瑞科のいる高みまでは届かない。まだ実験途中な強化兵士は完全ではない。人を超えた力を有し、今まで一度も失敗をした事がない、そして類まれなる美貌を持つ瑞科。まさに『完全』である彼女に、中途半端な人形が敵うわけがない。
「これでおしまい、ですわ。貴方様がたは、もう……休んでいいのですよ」
 試練というのは、たとえるならば階段だ。無事登り切ったものだけが、高みへと辿り着ける。それ以外の者は下のほうでくすぶるか、階下へと落ちていくしかない。
 ――落ちたほうが、いいのだ。高みにあるのは戦いだけで、平穏などはないのだから。
 瑞科の放った重力弾が、兵士達の体を射抜く。その弾は瑞科と同じように、少しの迷いも抱かずにただまっすぐまっすぐと飛んでいった。
 幕切れは一瞬で、そして寂しくなる程に呆気ない。悲鳴すらあげず倒れ伏した彼らを見下ろしながら、瑞科は優しげな声で囁く。
「おやすみなさいませ。せめて、安らかにお眠りください」
 彼らが向かうのは、高みではなく底の見えない闇。未だ生者が辿り着いた事のない、死後の世界。どこにあるのかも分からない、ずっとずっと遠く。
 けれど、せめて祈りくらいは届けばいいと瑞科は思う。深淵の深くまで届くように、聖女はしばし戦いの手を休め祈りを捧げた。