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<東京怪談ノベル(シングル)>


融けぬ雪は都会に要らない

 イアル・ミラールは、TVの向こうにいるSHIZUKUを見て苦笑を零した。
 先日、イアルは魔法のコールタール回収の依頼を通じて、彼女と知り合ったが、ブロンズ像にされたというにも関わらず、既に芸能活動を再開している。
 行方不明だった為に番組を休んでいたから、というのが彼女の主張であるが、ブロンズ像にさせられた自らの写真や被害女性の写真(ちゃっかりブティックの魔女の部屋から持ち出したらしい)等を公開して、ブティックの都市伝説を解説している辺り、転んでもただでは起きないのだろう。
(あの臭い、取れたのかしら?)
 助け出された当初、SHIZUKUは魔法のコールタールに漬けられてブロンズ像になっただけあり、本人も顔を歪めるレベルの悪臭が染みついていた。
(番組に出ている所を見ると、消えたのかしら?)
 が、彼女以外出演者がいないので何とも言えない。
 その時だ。
 イアルの携帯電話が鳴った。
 見ると、SHIZUKUと表示がされている。
『こんばんはー!』
「今、あなたの番組を見ていた所よ。録画だったのね」
『そうだよ。そうじゃないと、スタッフの人がね……』
 苦笑しつつ語ったSHIZUKUは、連絡を取ってきた用件を口にした。
『今時間あるなら、出られる?』
「また、何か危ない所に行くの?」
『行方不明で迷惑掛けちゃったから、すぐにでも次の怪奇の調査をと思って』
 SHIZUKUの声は、明るい。
 プロとしての意識は大したものだと思うが、危険に首を突っ込む性分もあるだろう。
(わたしがいれば、最悪の事態は防げるわ)
 心の中で零し、イアルはSHIZUKUから告げられた待ち合わせ場所へ向かうことにした。

 待ち合わせのカフェに行くと、SHIZUKUは既に来ていた。
 録画だった時からも日にちが経過しているそうで、悪臭は香水で誤魔化せるレベルとなったらしい。
「何を調査するつもりなの?」
 イアルはSHIZUKUの向かいの席に座ると、怪奇調査について聞いてみる。
 SHIZUKUは期間限定らしいパッションフルーツティーをストローで飲みつつ、その紙を見せてきた。
「真夏の都会の雪女?」
 イアルが声のトーンを落としつつ、目に飛び込んだ最初の単語を口にした。
「この真夏の都会に雪女がいるって噂があるんだよね!」
「雪女……」
 イアルは、カフェオレを口にしながらその内容を黙読していく。

 真夏の都会の雪女は、渋谷の繁華街に出没するらしい。
 どうやら女性を好むらしい雪女は家に帰らずに繁華街をうろつく少女に声を掛けているようだ。
 家に帰らない少女など、渋谷のような眠らない繁華街ではそこまで珍しくない。
 家出であったり、親自身が家に帰らないことが多かったり……様々な理由で捜索願も出されない行方不明の少女の数は2桁はいる。
 何故、この真夏の都会に雪女がいるかは分からないが、彼女達の安否を思えば、雪女の行方を突き止め───その被害を止めたい。

 彼女が短期間で調査した内容と私見は纏めれば、こういったものであった。
「確かに、行方不明の子達が心配ね」
「でしょ?」
「だから、わたしを呼んだのよね?」
 言っても聞くようなSHIZUKUではない。
 それを肌で感じたからこそ、イアルは何かあったら呼んでほしいと連絡先を交換したのだ。
「一緒に調査しよっ!」
 パッションフルーツティーを飲み終えたSHIZUKUが笑顔で立ち上がると、イアルもカフェオレを急いで飲み終えて続いた。

 繁華街に着いた時には、既にいい時間だった。
「補導には注意しましょう」
「変装はしたけど、大丈夫かな」
 イアルの言葉にSHIZUKUは軽く肩を竦める。
 小柄なSHIZUKUの顔立ちは、年相応に可愛いもの───未成年であると判断され易く、実際そうだ。
 となると、繁華街を巡回する警察官がSHIZUKUを補導する可能性はある。
「でも、どこにいるんだろ。夜でも結構暑いし、人がいる所で声を掛けたら目立つだろうし……」
「人気のない場所かしらね。ちょっとした隙になりそうな場所とか」
 SHIZUKUが首を傾げると、イアルが顎に指を添え、見解を出す。
 路地裏過ぎると、逆に少女達は雪女ではなく、性犯罪を警戒して進んで歩こうとは思わない。
 ならば、彼女達が油断する、本当に隙間のような場所を警戒した方がいいだろう。
「となると、雑居ビルのエントランスとかかな。エレベーター待ちの時とか、場合によっては人がいないよね」
 SHIZUKUの意見もあり、2人は未成年でも入れるカラオケボックスがある雑居ビルを中心に見て回る。
 が、そこを警戒しているのは、『あちら』も同じで。
「待って。警察官がいるわ」
 イアルが雑居ビルの前で注意を促すと、SHIZUKUは咄嗟に路地裏へ入った。
(危なかった)
 イアルが巡回中の警察官に声を掛けられ、話をしている間、SHIZUKUはふと、後ろを見た。
「お嬢さん、こんな夜にどうしたの?」
 涼やかな女性の声。
 妖しい瞳───
「こちらへいらっしゃい」
「はい」
 抗う意思もないSHIZUKUは、イアルの声を背に女性へ歩いていく。

 イアルが異変に気づいたのは警官と話し終えた後だ。
 路地裏の物陰にSHIZUKUがいない。
 漂うのは冷気。
「誰?」
 イアルは咄嗟に魔法銀のロングソードとカイトシールドを召喚していた。
 暗闇の向こうにいたのは、氷の像となったSHIZUKUを愛でるように撫でる妖しい女───恐らく、真夏の都会の雪女。
「最近は夜も暑くて困るのよね。建物の中は冷房もあって困らないのだけど、出歩けば溶けてしまう。こうして、氷に寄り添えば、ほら冷たい。生き返るわ」
 イアルはその言葉で行方不明の少女の末路を知った。
 彼女達は誘い出され、氷の像となってしまったのだろう。
 雪女の糧となった証も溶けてしまえば跡形もない。
 が、SHIZUKUはまだ氷になったばかり───この雪女を倒せば、助かるかもしれない。
「抗うの? まだこの子から全て貰ってないのに」
「させない」
 氷の像となったSHIZUKUから更に奪うかのように唇へ寄せる雪女。
 イアルは話し合う余地もないと地を蹴ると、雪女へ向かって、魔法銀のロングソードを横に凪いだ。
 SHIZUKUから生気を奪っていた雪女は咄嗟に横へ跳んで避けるが、路地裏にそこまでスペースがある訳でもない。
 イアルがSHIZUKUと雪女の間に割るように入ると、魔法銀のロングソードを振り翳す。
「現代だから、真夏の都会で生きられたみたいだけど……あなたは真夏の都会に必要ないわ」
 逃げ場のない雪女は悲鳴も上げることなく滅ぼされ、雪となって消えた。

 SHIZUKUが気づくと、そこはネットカフェだった。
「無事で良かったわ」
 イアルはSHIZUKUが遭遇したのは雪女で、氷の像にさせられていたこと、手遅れではなかった為助かったことを教えた。
 きっと、雪女に魅了されて、抗うことも出来なかったのだろう、と。
「そっか」
 SHIZUKUは、何となく行方不明の少女達の末路に気づいたのだろう、少し寂しげに呟いた。
「でも、調査は完了、番組の為にも纏めなきゃ」
「……手伝うわ」
 頑張ろうとするSHIZUKUへイアルが声を掛ける。
「ありがと!」
 やっぱり、SHIZUKUには笑った顔が似合う。
 イアルはそう思い、彼女と調査結果を纏め始めるのだった。