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<東京怪談ノベル(シングル)>


混濁者は階段を落下する(5)
 街は夜に包まれていた。人けのない廃ビルの屋上にて、上級悪魔は眼下の街の様子を伺っている。
 強化人間を作り出す研究は、思わぬ乱入者により阻害されてしまった。まずは、新たな拠点を探さなければならない。
 上級悪魔は、先日相対した女の事を思い出す。悪魔がのっとっていた軍事施設を、簡単に壊滅させてみせたシスター服を身にまとった女。スリットから覗く足を惜しげもなく晒しながら駆け、戦場をまるで舞台のように舞う聖女。種族の事など忘れ、思わず見惚れそうになる程に女性的な魅力に溢れ、それでいて今まで数々の戦いに身を投じていた悪魔であろうとも一瞬尻込みしそうになる程に強い女だった。
 彼女は施設と一緒に、悪魔が作り出した強化人間達も全て壊滅させてみせた。けれど、その点はあまり悪魔にとって問題ではない。
(何、また作り出せばよいだけだ)
 むしろ、あのような強い人間に出会えた事を、彼は好機と捉えている。あの女のDNAを元に強化人間を作り出せば、最高の強化人間が作れる事だろう。
『クク……』
 自然と、その刃のように鋭い牙の生えた口からは笑声がこぼれる。
 故に、背後へと人の気配を感じた時、悪魔は焦りよりも歓喜を覚えた。獲物のほうから、わざわざ会いに来てくれたのだから。
『まさか、この場所を探し当てるとはな』
 悪魔が振り返った先、予想通りそこには長く艶やかな茶色の髪を揺らす聖女の姿があった。
「教会の調査力を甘く見ないでくださいませ」
 どれだけ姿を隠そうが、悪魔の溢れ出る膨大な魔力を隠す事は出来ない。上級であった事が逆に仇となったのだ。彼を追う事など、瑞科にとっては容易な事であった。
『不意打ちを喰らわせる事も出来ただろうに。堂々と姿を現すとは、我をなめているのかな?』
「ふふ、そういうわけではありませんわ。ただ、不意打ちはわたくしの趣味じゃないだけですの」
 そう言いながらも、瑞科の瞳は確かな自信に溢れていた。正々堂々と勝負をしても、悪魔には自分は決して負けないという強い意思がその青色には映っている。
『クク』と悪魔が笑い、「ふふ」と瑞科が微笑む。
 それが戦いの合図となった。先日、中途半端なところで終わってしまった舞台の続きが、ようやく紡がれる。
 瞬時に間合いを詰めた瑞科は、その扇情的な足を振るう。しなやかな足が、巻き付くように悪魔の体へと叩き込まれる。華麗な回し蹴りに悪魔はうめき声をあげたものの、すぐに体勢を立て直した。悪魔の爪が、彼女の柔らかな肌を狙う。
 しかし、その爪は瑞科の美しい肌には届かない。彼女は相手の動きを読んでいたらしく、その時にはすでに後方へと跳躍していた。スレンダーながらも豊満な体が、宙を舞う。
 綺麗に着地した彼女に、次いで襲いかかるのは悪魔の放つ漆黒の魔術。瑞科は着地したばかりだというのにすぐに体勢を整え、剣でそれを薙ぐ。空気と共に、魔術は切り刻まれその場で四散した。
 休む間すら与えず、瑞科は手をかざし電撃を打ち出す。強力な電圧が、悪魔の体を蝕んだ。
 悪魔は苦悶の声をあげ、滑空し瑞科との距離をいっきに詰める。
(やはりこの女は強い。最高の獲物だ。しかし、この我が負けるわけがない――!)
 彼が浮かべている表情は、やはり笑みだ。対する瑞科も、美しい微笑みを浮かべ続けている。
 瑞科が、悪魔に向かい再び手をかざした。恐らくまた電撃を放つつもりなのだろう。
 悪魔はその攻撃に備え、跳ね返すための魔力を生成しようとする。しかし、それは彼女のブラフ。かざされていたはずの手はいつの間にか、瑞科の剣へと添えられている。
 一閃。
 ナイフを投げるわけでも、電撃を放つわけでもない。瑞科の最後の攻撃は、愛用の剣を振るっただけ。 
 実にシンプルであり、純粋で真っ直ぐな一撃だった。
『バカな、ただの……人間に……この我が……』
 ごぽりと音をたてて、悪魔の口から黒い煙が溢れる。恐らく、それは彼の生命力……魂のようなものなのだろう。煙は止まる事なく溢れ続け、やがて空っぽになった悪魔の体はふらりふらりと力を失い、ビルの下へと落下していく。
 高みに続く階段にも、天国に続く階段にも、登る事は許されずに。

「教会」の調査班の力は、相当なものだ。彼らは悪魔から漏れる魔力と、瑞科の証言からとある事実を調べあげてみせた。あの上級悪魔も、かつては位の低い悪魔だったのだという事実を。
 彼もまた、無理矢理階段を登らされていた実験体であった。強化人間達と同じように、別の上位悪魔によって他の悪魔とかけあわされ、力を手に入れたに過ぎなかったのだ。
 実験が成功し、成功作ともてはやされ、彼は自分が高みに辿り着いたと勘違いをしてしまったのだろう。だからこそ、彼は油断し、瑞科の実力を見誤い彼女に勝てると思い込んでしまった。
「別の者とかけあわされて手に入れた力……。それはもはや、貴方様の力ではありませんのに」
 聖女のどこか悲しげな呟きは、彼に届く事はなく風へと溶ける。
 瑞科には悪魔のDNAは入っていないし、強化されているわけではない。
 何の混じりけもない、白鳥・瑞科だからこそ、彼女は誰よりも強く……美しいのだ。