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<東京怪談ノベル(シングル)>


彼らに安らかな眠りを
 次々と襲いかかる敵を倒していく彼女の姿は、まるで舞っているかのように華麗だった。彼女−白鳥・瑞科は濡れたように魅惑的な唇をきゅっと結んだままで、呼吸を乱すこと無く、凛とした横顔もそのままで、次々と敵を床にはいつくばらせていく。


 瑞科は先の任務で、悪魔崇拝教団の実働部隊員の暗殺に成功した。本日はその組織の本拠地殲滅任務についている。
 敵は悪魔崇拝教団の信者たちと、教団によって召喚された悪魔たちだ。さすがに本拠地内は敵の数が多い。しかし瑞科は確実に敵を倒していく。今のところ、彼女に傷をつけることが出来た者は一人もいない。皆、瑞科の華麗な戦闘術により倒れていく。
 瑞科は床に伏している大勢の敵を見渡した。瑞科の所属する「教会」の教義に反する者たちだ。彼らの亡骸を前にして、瑞科は胸の前で十字を切った。目を閉じ、祈りを捧げる。目を閉じている瑞科の表情は少女のように無垢であるが、慈悲深く穏やかな母性のようなものも感じさせる。
 瑞科は祈りを終えるとロッドを手に持ち、建物の奥へと進んだ。瑞科が走ると、ミニのプリーツスカートの裾が揺れた。白い編み上げブーツがカツカツと足音をたてる。
 廊下を抜けると、広い場所へ出た。まるで王の間のようだ。教団の中枢のようだわ、と瑞科は思った。
 部屋の奥、周りより数段高くなっている場所に王座があり、そこに身体の大きな悪魔が座っていた。悪魔は肘掛けに腕を置き頬杖をついたまま、瑞科を見下ろしている。先ほど相手にした悪魔たちとは、格の違いを感じる。
 この悪魔が黒幕というわけね。瑞科は思った。
 元々は教団が召喚し、人間界に降り立った悪魔だった。今では教団を支配し、人間を手下にし、人間界での勢力拡大を狙っている。
「よくここまでたどり着いたものだな。しかし」
 悪魔はニタニタと笑っている。
「仲間は皆死んでしまったのかな?一人だけ生き残ったことが果たして幸運といえるだろうか?たった一人で、私の相手をしなければいけないのだからな」
「勘違いされているようですから、訂正しておきますけれど」
 瑞科の凛とした声が、広い室内に響いた。
「本日お邪魔したのはわたくしだけですわ。あまり大勢で押しかけてもご迷惑かと思いまして」
 瑞科は口の端にふっと笑みを浮かべた。大悪魔を前にしても、彼女が恐怖で縮こまることは無い。
「何?」
 悪魔の目が大きく開かれる。少しだけ驚いたようだ。
「では一人であれらを倒してきたという訳か。どんなまぐれが続いたのかは知らないが、少しは楽しませてほしいものだ」
 悪魔は背中の羽を広げた。それにより悪魔の身体はさらに巨大に感じられた。大きな黒い闇は天上に舞い上がり、そして瑞科めがけて降下してきた。悪魔が鋭い爪を振り下ろした。瑞科は素早く背後に飛ぶ。悪魔の攻撃は空気をも切り裂くような強さだった。まともに食らったら一撃で戦闘不能になりそうなほどだ。
 かなりの距離をとったはずなのに、瑞科の足元ギリギリの絨毯に悪魔の爪痕が刻まれていた。直撃を避けても、風圧でダメージを受けてしまうようだ。
「どうした」
 悪魔は瑞科に激しい攻撃を続ける。瑞科は身軽に跳ね、攻撃を避け続ける。
「逃げてばかりでは話にならんぞ」
 攻撃が当たらずとも、このまま攻め続ければいずれ体力を消耗し動きが鈍くなるだろう、と悪魔は考えている。壁際まで後退した瑞科に、悪魔の爪が迫る。瑞科は寸前のところでかわした。先ほどまで瑞科の頭が位置していた辺りの壁に、悪魔の爪が食い込んでヒビ割れた。悪魔は壁から爪を引き抜く。大小の破片が、パラパラと床に落ちる。悪魔が再び攻撃を始めた。瑞科は避け続ける。
「疲れて来ただろう。しかし捕まればどうなるか恐ろしいだろう」
 悪魔はニタニタと笑っている。楽しんでいるようだ。
「ほら、もっと早く逃げないと捕まるぞ!」
 再び壁際まで来た瑞科に、悪魔が向かって来た。瑞科は白いブーツのつま先で壊れた壁の破片を蹴り上げた。それは、悪魔の目玉を直撃した。
「ぐわあっ!!」
 悪魔は叫び声を上げ、両手で目を抑えてもだえた。
「……おのれえ」
 憎しみのこもった声でそう言うと、赤い血が流れる目玉で瑞科の姿を探した。しかし、瑞科の姿が見えない。
 瑞科は、天井から吊るされた豪華なシャンデリアにつかまり、悪魔を見下ろしていた。悪魔の背中が見える。大きな翼が少々邪魔だわ、と思っていた。
 瑞科は反動をつけてシャンデリアから手を離すと、悪魔の首めがけて、ロッドの柄を突き立てた。ロッドは悪魔の首に背後から刺さり、喉を突き破った。


 巨大な悪魔の身体が音をたてて床に倒れこんだ。赤黒い液体がじわじわと絨毯に広がる。その悪魔は、もう二度と起き上がることはない。
 瑞科は胸の前で手を組むと、目を閉じて祈りを捧げた。祈りを終えると、瑞科は服についた砂埃を手で払った。彼女の肉体はもちろん、その戦闘服にすら切り傷一つついていなかった。
「任務完了ですわね、瑞科」
 そう言うと、にっこりと微笑んだ。