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<東京怪談ノベル(シングル)>


『絶望と悲哀の像』

 ファルス・ティレイラはゆっくりと美術館の扉を押し開けた。中は薄暗く、不気味に静まり返っている。ひと気は一切ない。先日にとある事件が起こってからというもの、館長が運営を見合わせているからであった。
「はぁ、魔族の捕獲依頼……ですか?」
 そうだ、と彼女を呼び出した美術館の館長は強く頷いた。なんでも、先日から魔族の者が美術館に押し入り、手当たり次第に美術品を盗み荒らしているのだという。被害は甚大で、このままでは美術館の存続に関わるとのことで、民間の警備企業に依頼をしたのだが、敵は手強く、とても相手にならなかったらしい。そこで、何でも屋たるティレイラに白羽の矢が立ったのである。
「分かりましたぁ。できるかぎりのことはやってみます!」
 ティレイラはこれを了承し、早速美術館へ赴いた。近頃は討伐隊が来ないのをいいことに、その魔族は、美術館に住み着いているという話だった。なるほど、外装はさほどの変化もなく綺麗なままだったが、内装の方は方々が荒らされて、もはや見る影もない。
 美術館の中へ身を滑り込ませたティレイラは気配を殺して、慎重に奥へと進みながら件の魔族を探した。息が詰まるような緊張が体中に張り詰めている。
(うーん、どうも見当たらないわね。どこに隠れているのかしら?)
 思いながら更に奥へと進んでいった時、ティレイラは咄嗟に足を止め、ハッと息を呑んだ。――いた。女性の魔族だ。まだ手をつけていない絵画を前に、うっとりと佇んでいる。
(ここを、まるで自分の家みたいに思ってる……なんてふてぶてしいやつなの! 捕まえて、とっちめてやらなくちゃ!)
 意気込んで、彼女が物陰から飛び出した瞬間、相手がばっと彼女の方へ振り向き、一瞬、妖艶な笑みを見せるとこちらに背を向けて、逃走を図った。
「あっ! 待ちなさい!!」
 すぐさま追いかけるティレイラ。彼女はまず、魔法で足止めをしようと考えたが、それでは美術館にさらなる被害が出てしまうと思い直し、肉弾戦で捕まえるしかないと考えた。それほど広くはない通路の中、彼女はもう一つの――すなわち飛翔を可能とする翼と、強固な角、そして時には武器ともなる尻尾を生やした姿を開放し、強引に飛翔。魔族の女性の背中へ、強烈な体当たりをくらわせ勢いのままに押し倒し、
「捕まえたっ!」
 力任せに抑えこんだ。
「もう逃さないわよっ!」
 両手を後ろに回され、抑えこまれた魔族はもがきもせず、不敵に微笑している。
「ふふふ……」
「何がおかしいのよ?」
 不利な状況だというのに、相手は余裕たっぷりである。そして、
「もう逃げられないのは、あなたの方」
 言われて、悪寒を覚え、ティレイラは身を引こうとしたが、間に合わなかった。
 後ろ手を取られた魔族のその手に握られていた球体状のものが激しく発光し、膨れ上がって、ティレイラを包み込んでしまった。
「なっ、なにこれっ!?」
 黒い魔法膜が、彼女をすっぽりと包んでいる。爪を立て、膜を破ろうとするが、指が異様な柔軟性を持つ膜へめり込むばかりで、破ることができない。
 開放された魔族は悠々と立ち上がり、ぱんぱんと手を叩いて、愉悦に顔を歪めた。まるで、あがくティレイラの様子を楽しんでいるかのように。
 間髪をいれずに、魔族は細やかな手で不思議な印を組み、絡みつく霧のような声で妖しげな詠唱を始める。すると、どうしたことか――魔法膜が縮みはじめたではないか!
「あっ、あっ……」
 やがて魔法膜は人一人分を収めるのも難しいほど収縮し、ティレイラの体をぴったりと覆ってゆく。
 じわじわと覆われる箇所が増えてゆき、もう、首から下は動かすこともままならない。
「や、やめて……! 助けて、お願いだから……」
 涙をこぼし、絶望に塗れた声で懇願するティレイラ。しかし魔族の女は妖艶に微笑したままで、
「大丈夫、怖がらなくていいのよ。すぐに済むから……」
 囁きかけると同時に、ティレイラをそっと抱きしめてきた。
 その時、パキィン……と乾いた音が響いて、ティレイラの全身を覆っていた魔法膜が硬質化し――次の瞬間、彼女はまるで黒曜石で作られた彫像の如き姿に変わり果ててしまっていた。
 魔族の女は満足そうに微笑み、
「ふふ……いい出来ね。美しい。もとが良いからかしら? 素敵だわ……」
 絶望の表情のまま硬質化したティレイラの肌へ指を走らせたり、頬ずりをしてみたあとで彼女の頬にキスをして、また、囁いた。
「安心して。末永く可愛がってあげるわ。私のコレクションのひとつとして……」
 囁きを聴きながら、ティレイラは、
(コレクションなんて、いやよ! 戻して! 私を元に戻して! こんなのいや……! ああ……!)
 抵抗することのできない悔しさと悲しさ、そしてこの上ない絶望にさらされながら、心の中で懇願することしかできなかった。