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<東京怪談ノベル(シングル)>


抗う花

 大きな振動が辺りに響いた。
 建付けが悪かったのだろうか、振動というかもはや地震レベルのそれは随分な揺れ。
 揺れるという事を『それ』は知らなかった。
 大きく傾き、床にたたきつけられると、耳を劈くようなガラスが割れる音がした。
 起き上がると、すぐむせてしまう。
 呼吸が落ち着くと、窓ガラスに反射する『自分』の姿があった。
 四つん這いでよたよた歩き、壁を伝って外へ出た。



 話を聞いた新米魔女は目を丸くした。
 この世には異界と呼ばれる「もう一つの世界」が存在する。
 その異界は無数にあり、状態も様々。
 提示された異界では魔女が創世研究の為に作っていた。
 イメージとしては、ファンタジー世界を作りたがっていたらしいものの、そのディティールを今風のファンタジー世界で作りたかった模様。
 太一が記憶している分には、ゲームにのめりこんでいる記憶しかない。
 異界が出来上がれば、工房を作り、生物を創ろうとしていたようだったが、前述の通り、ゲームにのめり込んで忘れてしまったようである。
 しかし、異界はある程度作られている状態で、主である魔女が手を加えなくてもそれなりに育っている模様。
 近隣の異界で事件があり、手加減を知らない能力者が該当する異界にも影響ある魔法を使ってしまい、周囲の異界に多大な被害が及ぼされたという。
 被害とはいえ、その影響は様々。
 該当する異界は大きな地震で済んでいたが、創生研究のひとつである『住人』が逃げ出してしまったという。
 とはいえ、異界の主曰く、『失敗作』と肩を竦める。
「……行ってきます……」
 肩を落とした太一はその異界へと向かった。



 該当する異界は森で囲まれており、所々集落が見受けられる。
 大きな家が集落を纏める者の家だろうと、太一は思う。
 工房の場所は適当に言われており、「行けばわかる」と素っ気ないヒント。
 飛翔呪文を使って捜索していても、森に覆われた世界に埋もれてないかと思っていたが、あっさりと見つかった。
 視界から見て一番西側に集落の文化レベルとは違うと一目でわかる屋敷がある。
 人里から離れているので、あまり認識されないのかもしれない。
 地上に降りて、玄関の扉の前に降り立つ。
 物音は特に聞こえなく、誰かがいるような様子は見受けられないが、玄関のドアは少しだけ開いている。
 太一はドアの隙間から中を覗くも、誰もいない。
「お邪魔します……」
 中に入ると、薄暗い玄関ホールに花の香りが広がっている。
 奥へ進んでいくと、より花の香りは強くなっていき、太一は柳眉を顰めてしまう。
 地下の研究室を見つけた時、館中を浸食する花の香りの発生源と理解した。
 培養液が入っていただろう硝子容器が割れて床に撒かれており、硝子の容器は人が一人入ると思われるような大きさ。
 まさかと思った太一は明かりを灯す呪文を唱えた。
 魔法で照らされた床には足跡がついていおり、太一は追跡していく。
 もと来た場所へと駆け戻り、玄関へと向かった。
 足跡は外の森へと続いており、足跡が消えても、花の香りは残っている。
 森の中を進んでいくと、一部分の景観が崩れて、花弁をかき集めたようなモザイクになっていた。
 その奥に見慣れたような風景が見え、状況を察した太一は背筋を凍らせ、肩を震わせる。
 異界が現実へと洩れていた事に気づいた。
 魔女が創った『失敗作』が能力を持っていたとしたら、この現状の元凶かもしれない。
 早く見つけなくてはとモザイクの中へと飛び込んだ。


 初めて見聞する事ばかりで、何も理解できていない『それ』は情報量についていけなく、眩暈を起こしていた。
 細い裏道のビルの壁に寄りかかり足を止めた。
 振り向けば、灰色の光景が森のポリゴンに侵食されている。自身の足元も、コンクリートから土の道へと変わりつつある。

 太一は走って現実へと戻ると、裏道に出た。
 人通りがない場所でよかったと安堵しつつも、太一は『失敗作』の後を追う。
 ポリゴンが現実の世界を少しずつ飲み込んでいくのを間近に見て生唾を飲み込む。
 早く、何とかしなくてはと再び『失敗作』を追った。
 目的の『失敗作』だと目視した太一であったが、足を止めてしまう。
「え……」
 その『失敗作』は新米魔女としての自身と似たような少女の姿。
 地を引きずるほど長い黒髪の先は土埃で汚れ、透明感ある白い肌は菫色のミニ丈のキャミソールワンピースを一枚だけ着ている。
 裸足でアスファルトの上を歩いていたせいか、足の裏は赤く、摩れていた。
 太一の姿を見た『失敗作』は怯えたような表情になり、足を引きずるように走ろうとする。
「ま、待ってください」
 太一は即座に魔法を展開し、発動させた。
 虚空より蔦のようなものが形成され、『失敗作』へと向けられる。
 蔦が捉えたのは『失敗作』の髪。蔦が太一の意思に沿うように『失敗作』の動きを止めたが、『失敗作』の髪が衝撃に耐え切れないように先の一部分があっけなく落ちた。
 目を丸くした太一であったが、その髪はポリゴンの花弁となって風もないのに上空へ舞い上がる。
 体勢を崩れてしまい、失敗作は転んでしまった。足と左手の一部が花弁へと崩れる。
 彼女を始末できるのか……と太一の心中で交錯する。
 主である魔女は太一に『失敗作』と言った。
 次に思い浮かぶのはIO2と名乗るエージェント達。
 今回の別異界の事件は彼らに知られていることだろう。
 無意識とはいえ、『失敗作』の存在が知れたらどうなるか、太一の想像は容易にできてしまう。
 怯えた表情を浮かべて新米魔女を見上げる。
 対処に悩む太一であるが、『失敗作』より漂わせられる花の甘い香りが思考を遮らせられてしまう。
 頭の芯を揺らぎ、今にも抱きしめてあげたくなるような魅力が『失敗作』より出てくるような気がする。
 虚空で破裂するような音が聞こえて正気に戻り、太一は自身が魅了の抵抗に失敗したことを思い知らされる。
 背後から察した気配に素早く反応し、横に飛ぶ。
 瞬間、黒い茨のような物が太一の視界を掠めたのに気づく。『失敗作』の髪が太一を攻撃しようとしていたのだ。
 当の『失敗作』は髪が勝手に動いたことに驚いていた。いけない事と理解しているのか、太一への攻撃をやめるように髪を手繰っている。
 しかし、髪は本体をはねのけてしまい、上体を倒されてしまった。
 茨となった髪がうねり、一つの束となって太一を襲う。
 防御本能が働いた太一は虚空より魔法文字を浮かべさせて盾を作りあげ、茨の攻撃を防ぐ。
 盾と茨が衝突し、ガラスが割れるような音を立てて髪の茨がほぐれ、ポリゴンの花弁へと変えていった。
 その衝撃は本体へと響いていき、本体の胴体や顔が崩れて花弁へと変えていってしまう。
「……あぁ……っ」
 太一が気づいて手を伸ばそうとしても、触れることもなく、ポリゴンの花弁となって舞い上がり、失敗作は消えていった。
 へたり込むように太一はアスファルトに両膝をついてしまう。
 暫く呆然としていたが、人の声に反応し、太一は異界と現実の修復を行った。
 自身は異界内の片付けをする為、異界へと飛び込む。
 主たる魔女に『失敗作』銘打たれた『彼女』は何を求めて現実世界を彷徨ったのかは太一にはわからない。
 次、『彼女』が命を授かるとき、寂しさよりも優しさに満ちた命を歩められたらと……太一は想った。