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<東京怪談ノベル(シングル)>


―『個人』と『組織』・2―

 時計の針は、19時40分を指している。情報が正しければ、あと20分で『取引』は開始される。
(確かに、タンカーが停泊している……偽装船の可能性は高いけど、確証はない。さて、どう来るかしら……?)
 闇に紛れて、周囲を窺う。自分を取り囲むように、一般人のそれとは違う気配が点々としている。港湾警備の人間ではない。明らかに『運び屋』と呼ばれる、戦闘力を備えた作業員たちである。
(右に4人、左に3人……真後ろに2人、か。此処にこれだけという事は、大部分はタンカーに向かっているか、或いは此方は囮なのか……まさに博打、外れたら……)
 些かの焦りが、琴美の胸を揺さぶる。しかし、あの情報を集めたスタッフもプロ中のプロ。よもやガセネタを掴まされる事はあるまい……そう信じたい。
 と、反対側の桟橋から小型船が出ていくのが見えた。それも数隻。発光信号で指示の授受をしている事から、それらが沖合のタンカーに接近している事は明白だった。
(成る程、タンカーが接舷するのではなく、荷は小分けにして陸揚げするのね。とすると、大型の兵器ではないわね)
 情報では、密輸される物は『化学兵器』とされていた。火薬を使う銃器や装甲車の類をそう呼ぶ事は無い。となると積み荷は薬物か、BC兵器である可能性が高い。だが、爆発物である可能性もゼロではない。もしその予感が的中し、且つそれが暴発を起こそうものなら、この港湾地区を中心として大きな被害が出る事は必至だ。そのような事態は避けねばならない。
(揚陸自体を阻止できればベストだけど、船を沈める訳にもいかない……第一、タンカーごと逃げられたら元も子もない。ああ、海自と連携して網を張っておけば良かったかしら……)
 そのような事を考えているうちに、殺気の元はジリジリと接近しつつある。どうやら発見されたらしい。
(お気の毒に……あなた方の実力では、私は倒せませんよ)
 先ず、背後の相手に対しクナイを放つ。暗闇であろうと、琴美の狙いが外れる事はまず無い。それは正確無比に、相手の脚を貫き、完全に動きを封じていた。
(まだ、海から何人上がって来るか分かりませんからね。飛び道具は大事にしませんと)
 そう、忍ばせてあるクナイの本数には限りがある。使い過ぎてしまうと、多数の敵に囲まれた場合に対応しきれなくなってしまうのだ。依って、可能な限り温存し、近接戦には体術で対応しなくてはならない。
 先に倒された仲間を見て動揺したか、右後方から接近しつつあった一団は行き足が止まった。しかし左からの3名はジリジリと距離を詰めて来る。暗視スコープを着けているのか、灯火が無いにも拘らず動きが速い。
「!!」
 刹那、琴美の立っていた場所に銃弾が撃ち込まれる。が、発砲の瞬間に光が見えたので、彼女は難なくそれを躱す事が出来た。
(暗闇で銃器を扱う時は……)
「カハッ!?」
(背後から狙うのがセオリーですよ。炸薬に着火した時点で、居場所が丸分かりですからね)
 瞬く間に間合いを詰めて、真っ先に発砲した男を当て身で倒す。そして背後に回った男に足刀蹴りを見舞い、意識を奪う。
「おのれ!」
(正気ですか? 声を立てるなど……)
 残る一人が銃口を向けていたが、声で位置は丸分かり。そんな初歩的なミステイクを犯す相手に、後れを取る琴美ではない。
「う、撃てない!?」
(リボルバー銃は、こうしてシリンダー部分を押さえてしまえば、発砲は出来ないんです……よ!!)
 右手で構えられた銃を、左手で封じたまま鳩尾に一発。5名を行動不能に追い込み、残る地上の敵を4名とした。此処までに所要した時間は僅かに2分足らず。相手も相当の手練ではあったが、相手が悪すぎた。科学的に造られた武装に頼る者に、研ぎ澄まされた感覚と己が身一つで戦う戦士は倒せない。資質に天と地ほどの差があるのだ。
 残る4名は左右に展開し、琴美を挟み撃ちにする策に出たようだ。倉庫に挟まれた一本道、逃げ場は無い……が、そんな物は元より必要なかったのだ。
「ぐあっ!!」
「ぎゃあぁぁ!!」
 左右からの銃撃で、一気に仕留めるつもりだったのだろう。しかし発砲の瞬間に跳躍すれば、弾丸は琴美には命中せずに互いの身体を打ち抜く事になる。最も間抜けな同士討ちのパターンである。
「大丈夫、急所は外れておりますわ。死ぬ事はありませんから、御安心なさい」
 必要に応じて拘束する事も止むを得ないかと思っていた琴美だったが、当身で倒した相手以外はその必要すら無かった。刃物や銃器で傷つけられた肉体で戦闘を継続できるほど、彼らは鍛えられていなかったようである。
「……揚陸艇が戻って来たようですね」
 タンカーを離れた小型艇が、桟橋に接近して来る。だが、彼らは合図となる発光信号が見えない為、警戒して洋上で停止している。
(成る程、彼らが地上での誘導を担う手筈でしたのね)
 そう推測した琴美は、当身で倒した相手から発光信号の内容を聞き出した。手足を拘束され、且つ急所に刃を当てられたら、訓練されたエージェントと云えど俎上の鯉も同然。彼は命惜しさに、信号の内容を全て白状した。
「心配は要りませんわ。貴方が情報を漏らしたとしても、貴方を処罰する人は居りません。何故なら、彼らは陸に上がる事なく私に倒されるからです」
 極上の笑みを向けられ、本来なら喜ぶべき処であろうが……彼はただ怯えるだけであった。
 桟橋に到達した琴美は、教えられた通りに海上に向けて発光信号を送った。沖に浮かぶ揚陸艇からは、その光しか見えない。桟橋に居るのが仲間ではなく、美しき魔性の戦士であろうとは思いもよらぬ事であろう。
『ワ・レ・ニ・ツ・ヅ・ケ』
 この6文字を、ライトの点滅で表現する。海軍ゆかりの発光信号である。
 手筈通りの信号が送られてきた事で、揚陸艇は無防備のまま桟橋へと接近してきた。しかし、接舷して荷揚げを行おうとしたその刹那、桟橋に待機していたのが味方のエージェントでない事に驚き、慌てて離脱しようとする……が、それを許す琴美ではない。音も無く揚陸艇に乗り込み、瞬く間に乗員を体術で伸していく。そして甲板に積まれた木箱の蓋を手刀で粉砕し、中身を確認し……彼女はひとまず安堵した。
(爆発物ではない……国内に持ち込まれては厄介な事になるけれど、今この場所が火の海になる事は無いようね)
 木箱の中身は、BC兵器の素材であった。完成すれば恐るべき殺傷力を持つ生体兵器となるが、原料のまま差し押さえる事が出来れば、さして危険はない。
 タンカーから戻って来た揚陸艇は、全部で6隻。1隻に3箱、合計18箱分の原料が陸揚げされる手はずになっていたようだ。1隻ずつしか接舷できない為、残りの舟は洋上で待機している。しかし桟橋にトレーラーが待機し、クレーンで木箱を搭載する予定になっていた筈なのに、1隻目の荷物が揚陸される気配はない。
(1隻確保すれば、残りは放置しても足が付く……私たちの勝ちですね)
 と、琴美がそう思ったその刹那。揚陸艇ではない、小型のボートが高速で桟橋に接近してきた。そして接舷もせずに桟橋へ飛び移る男……かなりの巨躯だ。
「あ、貴方は……!!」
「初めまして、お嬢さん。このような形でお会いする事は非常に残念です」
 薄ら笑いを浮かべながら、桟橋に立ち塞がるその男……そう、密輸団の統領が自ら乗り込んで来たのだった。

<了>