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時間軸の向う側――時よ止まれと、誰かが言った
嗚呼。世界は今日も、かくも美しい。
取引先の相手を前に足を組み替え、独りの女が嫣然と微笑んでいた。長い黒髪、甘ったるく煌めく金の瞳が一際に目を惹く。しかし何よりも彼女の背後に並べられた石像は、他を圧倒する程の存在感でその部屋に佇んでいた。「まるで生きているような」と称される、無二の石像達は、何れも麗しい乙女の姿をしている。陶然とした笑み、呆然とした驚愕の表情、互いに触れ合おうと手を伸ばし合う一組のつがいのような少女達の像もある。どれもが美しく、「瞬間」を切り取ったかのようであった。
美貌の主は、それらの作品の持ち主であり、表向きは彼らが今居るこの場所――すなわち美術館の麗しき館長その人だ。
尤も、作品の「正体」を知っている鈴生の感性には、それらの美しさは響かないらしいが。
「で、わざわざ俺を呼び出して何の用事だよ」
「分かっているでしょうに。ええ、あなたの奥様のお話ですよ」
「じゃなきゃわざわざ来ねぇよ、苦手な女の本拠地なんて…」
彼がうんざりしたように肩を竦めるのを、心外ですねぇ、と女は――アリスは大仰に溜息をついて見せることで応じた。それから壁の時計をちらと見やる。最近、幾らか「販路」が拡大している物で、それに伴って取引も増え、スケジュールが立て込んでいるのだ。
「奥様、見つかりましたよ」
だから言葉遊びは謹んで、アリスは端的にそれだけを告げる。
アリスの前に居る客人は藤代鈴生、というそれなりに名の通った錬金術師の青年である。少し前に結婚したらしいと風の噂に聞き、一所に納まるなんて意外ですね、等とアリスは他愛の無い感想を抱いていたのだが、その数日後に「嫁が家出した」と彼本人から依頼があったのにはさすがに驚いた。
――あんた、顔は広い方だろ。網に引っ掛かったら教えてくれ。
扱う商品の性質上、アリスも彼とはそれなり程度の付き合いがある。そんな頼みに、仕事のついでで良ければ、と頷いたのが一年ほど前のことか。
「見つかった、ね。どこで何やらかしてたんだ、俺の可愛い愛弟子は」
彼女が何かをしでかしたことを前提にした物言いに、アリスは呆れも含めた笑みを向けた。素直に心配を表明する事への照れがあるのか、或いは、彼なりの信頼ゆえの物言いか。まぁアリスには興味もない話だ。
「持ち込まれた商品の中に、古い魔道具がありまして。トラブルを引き起こしていたので解決できる方を探していたら、あちらから顔を出してくださいました」
「そんなもん、俺に依頼してくれりゃあいいものを」
「ドイツでの出来事でしたので」
さらりと返すと、彼は半目になって天井を見遣った。ドイツかー、と口の動きだけで呟いている。
「あんた随分販路広げたな?」
「オーストリアやチェコには良い商品がございますから」
「あの辺、魔術も本場だからなァ」
言外に「あんたの眼鏡に適うものが多いのだろう」とにおわせる発言ではあったがアリスは取り合わない。この五年ですらりと伸びた足を組み替え、
「それで、どうされます?」
「ドイツってのがちょっとなぁ」
「いえ、日本に戻られてますけど」
補足するように言えば半目のまま彼はアリスに視線を戻した。物言いたげだがアリスはこれを無視して目線を逸らし、部屋の入口とは反対側にある、別室へ続いている扉に目線を遣る。
「先に言えよ」
何をやらかしたのか、という点を先に尋ねたのはそちらではないか、という反駁はアリスは笑顔で飲み下した。目の前に居るのは何しろ彼女の上得意客でもあるのだ。彼の作る魔道具は往々にして悲劇を招くが、時にアリスの好みにぴったりと合う代物を作り上げることもあり、そういう意味で彼女としては、藤代鈴生との関係は良好に保っておきたいと、そう考えている。
だからあくまでも素直に、彼女は隣へ続く扉を指示した。ドイツから「ついでだから」と同行して一緒に帰還したその人物は、隣室に待機して貰っていたのである。ところが。
鈴生を促し、扉を開けさせる。どんな声が聞こえて来るやらと椅子にかけたまま見守っていたアリスは、「あーあー」という嘆息を聞いて顔を上げ、小首を傾げた。少女の頃から今に至るまで姦しさに変わらない、鈴生の探し人であり妻である女性の文句なり、何なりが聞こえないのも違和感はある。と同時、美術館の警報装置が一斉に鳴り響いて、アリスは事態を察した。
「……逃げましたか、彼女」
「逃げやがったよ、あのヘタレ」
鈴生が呆れ顔で指差した先を、ようやく腰を上げてアリスは見遣り、嘆息した。ここは建物の2階なのだが、庭に面した窓が大きく押し開けられて、白いカーテンが虚しく、風に吹かれている。動く物はそれだけで、この部屋に留めていた筈の女性の姿はどこにも見えなくなっていた。
未だ煩く、警報は鳴り響いている。アリスは肩を竦めて、金の瞳を隣の青年へと向けた。天井を――警報の音が鳴り響いてくる方向を――指差して、
「捕まえますか?」
アリス自身のコレクションの一部も納めているこの美術館の警備設備は、並の美術館とは訳が違う。まだ追えば、あの女性を補足することも叶うはずだ。しかし問われた鈴生はひとつ息を吐き出してから、己の片目を覆う眼帯に手を触れさせた。
「…いや、いい。どうせ近いうち、俺のトコに来るだろあの馬鹿弟子は」
何か事情があるのだろうなとアリスは察したものの、余所の夫婦の事情に首を突っ込むほどには彼女は野暮でも暇でもない。
ただ、次いで鈴生の吐き出した言葉には、少なからず興味を惹かれることになった。
「まぁ、折角来たから物のついでだ。――あの愛弟子が作ろうとしてるモンに、あんた興味はないか」
「興味、ですか。私、彼女の制作物にはあまり食指が動かないのですけれど」
「彼女」の得意分野は、物語に語られる道具の再現であるとアリスは聞き知っている。過去に彼女が作ったモノは何度か目にしたことがあったが、何れも成程、確かにこの男性の唯一の弟子であり伴侶であるだけのことはある、強力な魔道具ではあった。尤も、アリスにしてみればそこに秘められた力よりも、アリス自身の美的価値観に合致するかどうかの方が問題になってくるから、そういう意味では、
(いささかならず、彼女のものはチャーミングすぎますね)
それは魂を奪うような美しさ――とは一線を画した、別種の魅力だ。好む者は多いだろうが、生憎とアリスの好みの範囲にはない。
「愚痴と思って聞いて行けよ。俺もここまで足運んで、運び損だった訳だし」
とはいえそこまで言われれば、アリスも無理に否を言う気にもなれない。改めてソファを指示し、自身も腰を下ろす。冷めてしまったハーブティを淹れ直そうかとしたが、「あんたのとこでお茶飲むと飲んだ気がしない」という不本意な評と共に断られた。それから、彼は何でもないことのように、それこそ庭の薔薇を「綺麗だなぁ」と棒読みに評する時のようなどうでもよさそうな調子で、あっさりと。
「愛弟子の――藤代響名の作ろうとしている代物はな、『ルンペルシュテルツキン』」
「御伽噺の悪魔ですわね」
すらりとアリスは応じた。御伽噺の類は教養として嗜んでいる。
「…さすが、話が早いな。ともあれ、愛弟子の作ろうとしてるモンはお話を極端に曲解してあるんだが。さすがに『願いを叶える』なんて魔道具は、あいつにゃ作れねーからな」
「あなたは作れるでしょう」
混ぜっ返すように問えば、男は面白くも無さそうに眉を寄せただけだった。悪い冗談を聞いた、という風に。そして話を続ける。
「あいつの『ルンペルシュテルツキン』の効果は、過去改変だ。既に一度、過去の改変を行った実績がある――尤も、現状アレは未完成だけどな」
その言葉に、今度はアリスの方が悪い冗談を聞いた、という表情で眉根を寄せる羽目になった。
「過去改変…ですか。随分と大仰な」
「でもねぇよ。ルンペルシュテルツキンは『未来に生まれる子供』を代償に願いを叶えてる。時間軸を無視することが出来る悪魔だった訳だな、つまり」
無茶があるとは思うが、何しろ彼らは魔導錬金術師で、民俗学者ではない。曲解によって自分の作りたい物に魔力を付与する、というのは常套手段であるから、アリスは指摘はしなかった。それよりも、看過できない一言がそこにあった。
「つまり、その魔道具が完成すると」
過去が改変される。
「過去を土台に作り上げられた、今この瞬間が、『現在』が――失われる訳ですか」
アリスにとっては、それは到底受け入れ難い結末であった。
その後の話は、速かった。
まずアリスはその日の取引を全てキャンセルし、数日分の自分の予定を確保すると、即座に、逃げた「藤代響名」の追跡を命じた。幸いにして、裏稼業の側で培った人脈を駆使すれば、いかな大都会と雖も逃げ込んだ人間一人を追い詰めるのは容易い。それに、と、鈴生が補足した内容も一助ではあった。
「あいつは絶対に俺の所に来る。それがいつになるかは分からねーけどな」
何故、と問えば肩をすくめて、またしてもあっさりと彼は言う。
「俺のこの残った眼球が、あの魔道具を完成させるための最後のパーツだからだよ。俺を餌にすりゃ、多分あいつ、のこのこ顔出すと思うぜ」
そう当の本人から提案されたので、ならばとアリスは遠慮なく、追跡と並行して噂を流すことにした。彼の眼球を狙っている人間が居る、と匂わせておけば、彼女は恐らく慌てて炙りだされるだろうと踏んだのだ。
結論から言えば、その読みは当たった。
美術館のホールのひとつ。その夜に限って美術品入れ替えのため、という建前でもって天井の高い広いホールは、がらんとして静かだ。常であれば物々しく巡回する警備員の気配すらない。
そのホールに窓から侵入し、階段に降り立った女に、アリスは悠々と一礼をして見せた。
「御機嫌よう」
「――うわぁ!?」
のけ反った女は目を丸くしてアリスをしげしげと眺め、
「館長さん? 何で?」
「ここは私の美術館ですので、ここに私が居る事に何ら不思議はないと思いますが」
「あ、それもそうね。…ん? あれ? じゃあセンセーの眼球を取って食べようとしてる輩がいるって噂は」
「何でそのレベルの噂をあっさりと信じてくださったのかは存じませんが流したのは私です。まさか引っ掛かってくださるとは思いもしませんでした」
正直保険として仕掛けていた方の噂だった。アリスとしても些かの驚きを禁じ得ない事実であるが、彼女――藤代響名は何故かその噂を信じ込んで、勢いよく深夜の美術館に来てくれた訳だ。さて、どう話をつけたものか、思案をしていると眉根を寄せた響名がじり、と後ずさる。アリスの「眼」を警戒してか、夜闇に乗じるように、
「――ルンペルシュテルツキン! 名を呼ぶ者に応えろ!」
恐らくそれが、魔道具の起動鍵なのだろう。名を呼ばれた「それ」が、月も無いホールの闇の中に突如として現れたのをアリスも視認した。時間軸を超越する機能を持つと言うその魔道具は、別時間軸にでも仕舞われていたのかもしれない。
命令を待つように頭を垂れて、恭しく響名の傍に膝をつく姿はヒトのようでもあり、だがヒトの気配を感じさせない。アリスの「作品」達の方がよほどに生き生きとして見えることだろう。人形、と呼ぶにも、どこか異質だ。「それ」は片側だけの眼球をアリスに向ける。その瞳にもおよそ生気は無く、アリスは嘆息した。
「…つくづく私の好みには合いません」
彼女とは美的感覚が違うのだろう、と、アリスの得た感想は酷く呑気なものだ。次の瞬間、轟音を立てて階段が崩れ落ちたとしてもその態度には微塵の揺れもなかった。
「あら」
一言だけである。
階段の崩落は、一か所に留まらない。見れば、材質諸共風化して、自重に耐え切れない様にぼろぼろと崩れ落ちているのだ。時間干渉を可能とする「ルンペルシュテルツキン」の仕業に相違ない。そうしている間にも、響名が窓から逃げようとしているのが見て取れたので、傍観もしていられないと判断したアリスは足元を一瞥し、その金の瞳に見据えられた先が石化して、崩落が止まった。それだけではなく、窓の蝶番の部分も石化し、結果として開けようとした窓が開かなかったために、響名が窓ガラスに頭を勢いよくぶつけてよろめいた。そうしている間にも「ルンペルシュテルツキン」が手を振り、一歩を進むごとにあちこちで崩落が始まるが(内心アリスは「他の場所を選べば良かった」と後悔していたが後の祭りである)、その時だ。階段下で静かに控えていた眼帯姿の人物が、手にした鎖を投げ放った。人型の「それ」に絡んだ鎖は月光に僅かに煌めき、自ら意思を持つが如く、「ルンペルシュテルツキン」を拘束する。が、相手は時間軸を飛び越えられる魔道具だ。その姿が霞み、薄らぐ。――「現在」から別の時間へ移動することで、拘束から抜けようとしているのだ。やがてその姿が完全に消え、鎖は虚しく床へと落ちる。じゃらりと金属の冷たい音が響き、頭をぶつけて呻いていた響名がその音に顔を上げた。
「せんせ、無駄だって分かってるでしょ。未完成ったってちょっとの時間移動と干渉くらいなら出来るんだからね!」
「そういう御託はモノ完成させてから言えって俺ァ教えなかったかよ、馬鹿弟子が」
「だから、完成させたいから、せんせーの眼を頂戴!」
崩れ落ちなかった手すりを掴んで、響名が階段の下へ、眼下へと叫ぶ。アリスの感想は「夫婦喧嘩ですね」だったので犬も食わないと思って沈黙を守っていた。それよりも、彼女にはやるべきことが他にあった。彼女を余所に、夫婦の会話が続く。
「欲しけりゃ奪ってみろよ、ヘタレめが」
鈴生の答えはそれだけで、それに対して、響名は何故か歯噛みするように間を置いた。代わりに叫ぶ。
「ルンペルシュテルツキン…っ」
「そうやって道具に頼る――初夜の晩にヒトの眼球抉ろうとしてナイフ持ち出した俺の嫁はどこ行ったんだ、おい!」
「け、結局抉れなかったもん…!」
だからヘタレだって言うんだ、と吐き捨てた鈴生の語調にアリスは不審を感じたものの、背後に気配、とも呼べない異質さを感じて振り向いた。案の定「ルンペルシュテルツキン」がそこに立っている。男とも女とも、若いとも年寄とも見えない、その何れでもないのにヒトガタをしているという異質さ――。
ああ。これは矢張り、相容れないものだ、と、アリスは確信する。佇む彼女に、そのヒトガタはゆらりと一歩近づいて、そこで足を止めた。正確には、足を囚われた。
先程床に落ちた鎖だ。それが、「ルンペルシュテルツキン」の足元に絡んでいた。時間軸を移動可能なそれを、まるで追尾したかのようだ。いや、実際追尾したのかもしれない――魔導錬金術師が投げた鎖が、ただの鎖であろうはずがない。ある程度自律動作が可能なだけの捕縛用のアイテムかと思ったが、そうではなかったのだろう。
「石神の!」
名前を呼ぶことには相変わらず抵抗があるらしく、彼の呼びかけはそんなもので、アリスは不服を示す為に微かに柳眉を歪めたものの、呼ばれた意図が分からぬほどに彼女は愚鈍ではない。夜闇にも輝く蜜のような金の瞳は、一瞥でもって鎖を石に変えた。「ルンペルシュテルツキン」が相手だと、残念ながら時間軸の「ズレ」が原因か、アリスの石化の視線は露程も効かない――というよりも、うまく「視界に納める」事が出来ないのだが、絡んでいるアイテムならば別だ。
床に縫いとめられたような恰好になり、「ルンペルシュテルツキン」が挙動を止める。
出来れば壊しておきたいところだが、生憎とアリスは荒事は専門ではない。代わりに、逃げ場を塞がれ、手すりを掴んだまま前にも後ろにも、ついでに横にも――窓が石化している為――逃げられない響名を、その金の瞳が一瞥した。舐めるように。
しまった――と、恐らく響名はすぐに異常を察知したのに違いない。何かアイテムを使おうとしたようだが、そんな暇を与えるアリスではなかった。
「過去は現在を支える土台――あなたがどんな形の『現在』を望んだのか、それは存じませんが」
響名の応えは、無い。
「『現在』の美しさを、土台から組み替えて、いいように壊されては台無しです」
だから、とアリスは続けた。階下で煙草を吸い始めた鈴生を諌めるように、咎めるように一瞥してから、――美術館内は禁煙だ、当たり前のことである――
「…貴女の『今』を留めてしまいましょうか」
告げる頃には、背後でがしゃりと、鈍い音が響いていた。肩越しに視線だけを向けると、鎖で縫いとめたはずの「ルンペルシュテルツキン」の姿が無い。
「……所有者――今は響名だな。響名の意識喪失で消えたんだろ。壊し損ねたな」
渋々、という風に煙草を携帯灰皿に押し付けてもみ消しながら、鈴生が解説してくれた。そうですか、と、幾らかの残念を込めてアリスは頬に手指を当てる。アリス自身の美学は、先に響名にも伝えた通りだ。過去を組み替え、何者かの意思通りの「現在」を作る、そんなものは、人の意思を超えて在る「現在」の美しさへの冒涜ではないか。
あの道具は、存在自体がアリスの美学に反しているのである。
(居場所は把握しておく必要がありますね)
機を見て壊さなければなるまいと誓いつつ、アリスは視線を正面へ戻した。ホールの階段の上、半ば以上が崩落してしまったそこに、月明りを浴びてぽつねんと、女の石像が現れていた。言うまでもないが、アリスの「眼」の魔力によって石化させられた響名に他ならない。
視線を、階段の下へとアリスは動かした。
「どうされます?」
「どうって、何をだよ」
面白くも無さそうに、鈴生。
「…この石像、差し上げてもよろしいですよ」
伝えると、一機に不機嫌そうに眉を寄せられた。
「確かあんた、石化の解除も出来るんだろ。適当なトコに放りだして石化解除してやってくれ」
意外な返答――というものでもなかった。アリスは先の、夫婦の会話を思い出し、その時に感じた不審をもまた思い出す。
「…あなたは、眼を奪われることを厭っているのだと思っていました」
むしろ、愛妻に眼球を奪わせようと焚き付けてさえいたように見えた。問うでもなく確認のように呟くと、鈴生は答えの代わりに、肩を竦める。
「愛弟子も迷ってんだろうが、俺も迷ってんだよ。…『今』を変えられちゃ困るのも本音だが――嗚呼、俺は骨の髄まで錬金術師だからな。…未曾有の魔道具の完成品を、見てみたいって望みも、あるんだよ」
宿業ですわねぇ、と、アリスは呟く。作品の完成を見届けたい、それが己を犠牲にするものであったとしても。その望みの在り様は、しかし分からないでもない。
だからアリスは、嘆息し、一度瞼を伏せた。祈るように。
「少しだけ冷却期間を置いて、それから解除を致しましょう。場所に希望は?」
「そう――だな。…まぁ。何だ。あんまり危険じゃなさそうで、周りに被害が出なさそうな場所頼むわ」
「それであなたは、どうされるので」
「またその馬鹿を追いかけるさ」
それだけ言って、鈴生は大きく嘆息して、顔を覆う。
アリスは無言で、窓の外を見た。ホールの被害額の計算など、退屈でどうしようもない事務作業は明日にしようと決め込んだ。
半月の姿は、今も昔もきっと変わることが無い物のひとつだった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 7348 / 石神・アリス 】
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