コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ノベル(シングル)>


―流されて夢の島・4(Survive Ver.)―

 木の幹に付けられた傷跡も、40本を超えた。毎日一本ずつ付けられていくこの爪痕は、彼女が此処で目を覚ましてから何日が経過したかをそのまま物語っている。
 あれから彼女――海原みなもは、自分と同じようにこの異世界へと漂着した者を探して、島の至る所を探索し続けた。しかし結果は彼女の希望とは裏腹に、徒に時が過ぎるのを見送るばかり。糧となる小動物には遭遇しても、他のキャラクターに出会う事は無かった。
(この世界、見た目は『魔界の楽園』に凄く似てる。でも、あのゲームにこんなサバイバルを体験する機能は無かった筈だよね)
 ゲーム世界との共通点と相違点を、落ち着いて分析してみる。しかし幾ら考えても、結果には結び付かなかった。いや、頭で考えて結果が出せるなら、当の昔にこんな悪夢は覚めている筈だ。無駄な事をやっている、それは分かっている。しかし、やらざるを得ないのが今の彼女の現状だった。
(……食事の支度をしなくちゃ……まずは生き延びなくちゃ、話にならないからね)
 そう、幻獣とはいえ、時が経てば腹が減る。食料の確保は、文明人であっても野生動物であっても変わらぬ『必須事項』だ。幸い、彼女の巣の近辺には水場と漁場を兼ねた川が存在する。時には森で小動物を追う事もあるが、主な栄養源は魚である。
(このザリガニも、最初は抵抗あったけど、慣れると美味しいのよね。慣れって怖いなぁ、女子がザリガニをムシャムシャ食べてたら、みんな気味悪がって近寄って来なくなるよね)
 生でも捕食できるが、やはり火を通して味付けした方が美味な事に変わりはない。この辺りに、彼女が文明人であることの証が見て取れる。
 獲れた魚とザリガニを串に刺し、火を起こして丸焼きにする。そこに、海水から作った塩で味を付ける。原始的な食べ方ではあるが、生のままバリバリと食べるよりは遥かに文明的だ。
「……!!」
 魚の焼ける匂いに釣られたか、周囲から動物の気配が複数接近して来る。普通、野生動物は火を恐れるものだが、これに恐れを感じないという事は……と、みなもは淡い期待を抱きながら身を隠し、防御姿勢を取った。
(猿……? いや、二足歩行してるけど、猿じゃない。寧ろ子鬼みたいに見えるけど……)
 同じ種族だろうか。紫色の体色をした、体長4〜50センチ前後の人型生物が、丁度良い頃合いに焼けたザリガニの匂いを嗅いでいる。集まった子鬼は、全部で5匹。それらが食料を取り合いながら、揉み合いの争いを展開しているのだ。
(明らかに、野生動物じゃない……どう見ても鬼だよね。けど、キャラクターなら人語を操れる筈だし……)
 言うなれば、それらはNPCであった。つまり、敵キャラ以外にもゲーム中でダメージの原因となる『障害物』……コントロール外のお邪魔虫である。
(ああいうのが出て来るって事は、やはり此処はゲーム世界なの? でも、それにしてはリアル過ぎるよね。他のキャラが全く出て来ないのも妙だし)
 似てはいるが、全くの別世界……どういう理屈でこのような状況になったのかは皆目わからないが、目の前で起こっている事が全てだと割り切り、みなもは子鬼たちを追い払う事にした。理由は簡単、苦労して集めた食料をこれ以上横取りされては堪らないからである。
「こらぁ! あたしのゴハン、返しなさいよ!」
『キキッ!!』
 驚いた子鬼が、爪を立てて反撃して来る。が、本来『避けてナンボ』の雑魚キャラであるため、その攻撃は余程の油断が無い限りはダメージとなり得ない。
 やがて捕らえられた一匹が、みなもの上腕を爪で引っ掻いて抵抗する。どうやら他の4匹は退散したようだ。
「痛い! もー、これ以上鱗を増やしたくないのに! やめてよね、もう!」
 どうやら、この一匹は調理済みのザリガニに味を占めたようで、他の4匹と違って逃げようとしない。それどころか、果敢に攻撃を繰り返し、みなもを翻弄しているのだ。
「こっ、このぉ……いい加減にしなさぁい!!」
 雄叫びと同時に、みなもの身体から強い念波が放出された。攻撃とも防御とも取れない、曖昧なものであったが……至近距離でそれを浴びた子鬼は、バリアーに当たったかのように弾き飛ばされ、警戒し始めている。
「何、これ……ラミアって、クロー攻撃だけしか出来ないんじゃないの?」
 その状況を一番呑み込めていないのは、みなも本人であった。然もありなん、突然自分の身体から『魔力』が放出されたのだ。驚くなと云う方が無理であろう。
「どうやって使うのかは分からないけど……触ると電気走るみたいね? ほらほら、引っ掻ける物なら、やってみなさいよ!」
 どうやら、体内から放出されているそれが、防御に転用できる事は理解したらしい。その証拠に、子鬼は何度か攻撃を試みたが、みなもが『近付くな!』と強く念じれば念じるほど、その魔力は広範囲に拡散し、攻撃をまるで寄せ付けなくなったのだ。
 やがて、諦めた子鬼は尻尾を巻いて逃げ出した。それを見たみなもは、やれやれと云う感じで緊張を解いた。すると、放出されていた魔力も治まり、元の静寂が戻った。
「何だったんだろ……今の? バリアー? そんな物、ラミアに備わってたっけ?」
 どうやって出したのか、自分でも分からない魔力。しかも、体外に放出するだけのそれを、制御する方法など皆目わからない。オマケに、これを放出した後は恐ろしく腹が減る事が分かった。
「普通のゲームだと、ライフポイントと魔力は別計算だよね。でもコレは体力に直結してるみたい……お腹すくし、疲れる……」
 折角、食事によって体力を確保したばかりなのに、思わぬ形で消費する事になってしまった。みなもは再度、食事を繰り返してそれを補い、急いで休息を摂る事にした。この状態で外敵に襲われたら、防御はおろか逃げる事すら敵わないと直感したからである。

***

 その後も、みなもは何度か外敵に遭遇し、損傷を受けそうになると魔力が発動して身を守るという状況を体験した。お陰で体に傷がつく事は少なくなったが、この魔力をどうやってコントロールすれば良いのかが分からないのだ。
(痛いのやだ! って強く思うと、発動するのは確かなんだよね。でも、気が付くと出てる感じで、意識して出す事は出来ないんだよね。どうなってるの、コレ?)
 実はこれは、ゲーム上では『裏コマンド』とされるラミアの防御術だった。マニュアルには載っていない、所謂隠しコマンドとして用意されていた物なのだが……ゲームの世界を逸脱し、完全な魔物となったみなもが、何故これを発動できたのかを理論で解説するのは難しい事であった。だが、彼女は確かに、ゲーム内の能力として用意された機能を呼び出し、具現化する事が出来たのだ。つまりこれは、いま彼女が舞い込んでいる異世界と、ゲームとしての『魔界の楽園』が、何処かで繋がっている事を示唆していた。無論、みなも本人にはそんな事は全く理解できなかったであろうが。
(ラミアが魔力を使えるなんて、聞いた事ないよ。でも、お陰で怪我をする事も無くなったし、良しとするか)
 いや、正確には人魚の末裔であるみなもが『妖力』を発動できる事は事実であり、それがキャラクターとしてのラミアの能力を発現させたと云うのが真相であったのだが、これが偶然なのか必然であったのかは語られる事は無かった。

<了>