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<東京怪談ノベル(シングル)>


鏡は時々嘘を吐く(2)
 戦場を舞う、一人の女性。身にまとう衣装は彼女の女性らしいボディラインを浮き出させる戦闘用のシスター服であり、スリットから惜しげも無く美脚を晒しながら敵陣を駆ける彼女はまるでこの世の者とは思えない程に美しく、一見この血と硝煙に塗れた戦場には場違いな存在のように思える。しかれども、天使というものが魂を天界へと連れて行く存在だとするならば、今の彼女はまさにそれであり、死の溢れるこの場に立つに相応しかった。邪教に手を染め悪魔の傀儡となり下がった哀れな者達に、死を告げる慈悲深き天使。もはや救われる術を持たぬ彼らを休ませる事が出来る唯一の存在、それが並外れた実力を持つ戦闘シスターである彼女、白鳥・瑞科だ。ただ、死にゆく彼らが向かう場所が天国なのか地獄なのかまでは、瑞科の預かり知らぬところではあるが。
 甘く香るチョコレートのような長い茶色の髪が、揺れる。柔らかな髪が揺れると共に、彼女が身にまとっているケープとヴェールもその身をふわりと踊らせた。目にも留まらぬ速さで敵との距離を一息で詰め、彼女はその長い足を振るう。華麗な回し蹴りを信者へとくらわし、そのまま流れるような動きで次の標的の懐へと潜りこむ。ロンググローブに包まれた拳が、息を吐く間すら与えず敵へと叩き込まれる。まるであらかじめ用意されていた台本をなぞるかのように、無駄のない正確な動きで彼女は敵を翻弄していった。
 敵からの攻撃も、まるで全て見切っているかの如く踊るような足取りで彼女は避けてしまう。否、実際見切っているのだ。その青色の瞳は今まで数々の敵を見て、その豊満な体は今まで数々の戦場へと投じられてきた。豊富な経験、そして他の追随を許さぬ努力、更に天賦の才能を持つ彼女が立つのは、限られた者しかたどり着けぬ高みなのだ。
 そして、舞台は第二幕へ。瑞科は背後に向かい跳躍し、一度敵と距離を取る。まるで羽でもはえてるかのような軽やかな動きに、彼らは追いつく事が出来ない。華麗に地へと着地した瑞科は、敵のいる方向に向かい純白の布に包まれた手をかざした。その手にはナイフは持たれておらず、彼女の動きが読めず敵は戸惑うように構える。
 女の口元に携えられるのは、笑み。扇情的な唇が美しき弧を描き、サファイアのような瞳は自らの勝利を確信し細められる。
「これで終わりですわ。――おやすみなさいませ」
 その宣告を合図に、周囲は光に包まれる。彼女の放った電撃の魔術が、残っていた敵へと放たれたのだ。悲鳴すらもあげず、倒れゆく信者達。
 やがて、訪れるは静寂。拍手の音も、アンコールの声も鳴り響かない。そこにはもはや、観客も演者もいない。ただ一人、瑞科が立っているだけだ。この拠点にいた全ての敵を倒し終え、天使はようやくその羽を休める。
 決して敵の事を侮っていたわけではない。瑞科は常に冷静に、場を見極め適切な対処をする。それでも、今宵の敵が思っていた以上の力を持っていた事に、彼女は驚嘆していた。元来戦場に身を置く事のない立場にいた者達なのだろう、その動きに慣れはなかったが、女悪魔から与えられた力はそれを補う程強力なようだった。
「まぁ、準備運動くらいにはなりましたわね」
 しかし、それでも瑞科の体に傷一つつける事すら叶わず、彼女を満足させるには至らない。
 瑞科は整った形の唇からふぅと一度息を吐くと、顔をあげる。その二つの青色が見据えた先にいるのは、女悪魔の彫像だ。漆黒のシスターに向かい、純白の聖女は笑みを浮かべる。
「貴女様と相まみえる事が出来る日を、楽しみにしておりますわ」
 彫像は答えない。その術を持たない。しかし、もしその言葉を本物の女悪魔が聞いていたとしたら、恐らく嬉しそうに頷いていた事だろう。彼女もまた、瑞科のような強い人間を求めているのだ。悪魔と天使、黒と白、二人の女は対極でありながらも、胸に秘めた想いは似通っていた。そう、まるで、鏡のように。
 いずれ自分の元にくるであろう女悪魔討伐の任務へと思いを馳せながら、瑞科は戦場を後にする。そこに残るは、無人の拠点。もはや信者の誰もいなくなったそこで、それでも彫像は笑みを浮かべ続けていた。