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<東京怪談ノベル(シングル)>


鏡は時々嘘を吐く(3)
 教会の司令室にて、司令から任務を受けた瑞科は心を踊らせた。
 司令が語ったのは、サキュバスが支配する邪教団の本拠壊滅の任務であった。先日邪教団の支部を潰したばかりである瑞科が、待ち望んでいたものだ。自然と彼女の表情は柔らかなものとなり、重要な任務を任された事によりその瞳にある絶対的な自信は更に凝固なものとなる。
「危険な任務になります。それでも、頼めますね?」
 確認するように、司令は瑞科へと言葉を投げかける。その疑問符に、意味はない。このようなやり取りは、形式的なものに過ぎなかった。彼だって知っている、瑞科が決して首を横に振る事はないという事を。だから、迷う事なく頷いた彼女の事を司令は笑みを浮かべて送り出すのだ。その瞳に、心配や憂いの類の感情はない。あるのは彼女への信頼だけだった。
 無用な心配をせず部下である瑞科の勝利を信じてくれている彼の思いに応えるために、瑞科は司令室を後にする。
「わたくしにお任せくださいませ」
 ――必ずや、勝利を手に帰ってまいりますわ。
 最後に呟いた声は、堂々としていて自信に満ちあふれていた。彼女もまた、自身の勝利を信じて疑っていないのである。

 任務を受けたからといって、すぐに現場へと向かうわけではない。何事にも準備というものは必要だ。
 教会の一室にて、瑞科は戦場に向かうための最初の準備をこなしていた。
 彼女の絹のような肌を、衣服が滑り落ちていく。白くしなやかな手が伸び、代わりに手にとったのは最先端の素材で出来た衣服。身につけるとその衣服は彼女の美しいボディラインをなぞるようにその豊満な体にぴったりと張り付き、瑞科のスレンダーながらも女性的魅力に溢れた体を浮き立たせた。太腿までのニーソックスが食い込んだ美脚を大きく晒す腰下までの深いスリットの入ったそれは、戦闘用のシスター服だった。
 胸を強調するコルセットが、胸部下から腰までを包み込んでいる。彼女の神聖さを際立たせるかのように、純白のケープと同色のヴェールが瑞科の動きに合わせて揺れていた。すらりと長く伸びた脚を、膝まである編上げのロングブーツが守っている。
 仕上げとばかりに、腕を覆うのは白い布製のロンググローブ。細やかな装飾が施されていて、思わず溜息がこぼれそうな程に美しいそれを彼女は気に入っている。そして、同じく美麗な装飾の施された革製の手首までのグローブをはめれば、準備は終わりだ。鏡に映る姿に、聖女は満足気に頷く。
 ある童話で、鏡に世界で一番美しい人は誰かと問いかけるシーンがあるが、もし実際にそのような不思議な力を持つ鏡があったとして同じ質問をしたとしても、鏡は瑞科の名前を答えないかもしれない。なにせ、彼女は少し美しすぎる。普通の人と彼女を比べる事すらもおこがましい事なのだ。彼女の美貌の前では、美の優劣を語る事など文字通りお話にならない。
 瑞科という聖女が持つ美しさとは、それ程のものなのである。

 ◆

 ロングブーツが地を叩く小気味の良い音が、不意に途切れる。とある高層ビルの前で、瑞科は足を止めた。
 表向きはただの商社だが、それは隠れ蓑に過ぎない。こここそが、邪教団の本拠……サキュバスのアジト、今回の任務における瑞科のせん滅の対象だ。
 教団を守る教団員は訪れた女の美しさに見惚れそうになったものの、彼女が手にしている剣が目に入ると息を呑む。
「何者だ?」
 問いかけには答えず、女はただ微笑むのみ。白昼堂々と現れた傾国の容姿を持つ侵入者に対し、無数の銃口が向けられた。
 響き渡る発砲音。それが今日の舞台の始まりを告げる合図。
 聖女を出迎えるのは、賛美歌ではなく銃声だ。それでも、彼女はその弾丸の豪雨の中、優雅にその場へと佇み微笑みを浮かべ続けている。
 銀色の刃が、彼女の手により円を描くように回転した。それは彼女を守護する盾となり、襲い来る弾丸を次々と弾き飛ばしていく。
 不意に、男達の背後で響き渡る爆発音。敵の攻撃を防ぎながらも、瑞科は片手で重力弾を作り出し高層ビルへとそれを撃ち込んだのだ。
 轟音と悲鳴の中、聖女は駆ける。その手に持った剣で、悪しき者達を切り裂きながら。その剣に、彼女の正義を乗せながら。