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<東京怪談ノベル(シングル)>


舞い降りた闇 1

「急に呼び出してすまない」
 司令が言う。
「いいえ。構いませんわ」
 白鳥・瑞科は軽く首を横に振った。茶色のロングヘアーがさらさらと揺れる。
「緊急事態なのでしょう?わたくしへのお気遣いは無用ですわ。すぐに本題に入っていただいて構いません」
 瑞科の表情は落ち着き払っており涼しげだ。
 これから司令が告げることは単なるお使いなどではないことは分かっている。自分には新たな任務が与えられるのであろう。しかし瑞科に怯えはない。
 瑞科が心の準備を終えていると判断した司令は、頷いて話を続けた。
「郊外で悪魔の発生が確認された。悪魔数体と、それを操る司祭がいる。彼らは人間を襲っている。これからすぐに現場へ向かい、悪魔を殲滅してくれたまえ」
 司令が続ける。
「悪魔は数体いるようだが、はっきりした数は把握できていない。いつものことだが、危険な任務になるだろう」
「心得ておりますわ」
 瑞科は微笑んだ。艶やかで形の良い唇の両端が少しだけ持ち上がり、魅惑的なアーチを描く。そんな瑞科に見つめられれば、男女問わず彼女に心を奪われる者がほとんどだろう。彼女はそれ程に魅力的な女性だった。外見のみならず、戦闘能力においても彼女はずば抜けた才能を持っている。天は二物を与えるのだと、誰もが思わずに居られない。
「万が一ということもある。十分に気を付けてくれ」
「分かりました。それでは、行ってまいります」
 瑞科は上司である司令に一礼すると、颯爽と司令室を後にした。


 黒い羽を持つ異形たちに追われ、女性は必死で逃げていた。しかし慌てて足がもつれ、女性が転ぶ。起き上がろうとするが、恐怖と疲労で手足に力が入らない。
 硬い地面に膝をついたまま振り返ると、宙を舞う幾つかの影。黒い羽を広げたその姿は、この世のものとは思えなかった。女性は懸命に後ずさる。
「…た、すけて」
 救いを求める声は恐怖のあまりかすれ、か細い空気のようにしか出てこない。悪魔たちがじわじわと近づいて来る。女性はギュッと目をつぶった。
 誰か、助けて。どうか、神様。

 バチバチバチバチ!!

 激しい電流のような音が辺りに響き渡った。雷撃に打たれた悪魔たちは、一斉にぎゃああと悲鳴を上げた。黒い体から煙が立ち上る。やがてボロボロと朽ちていった。
 女性は目の前の光景を、目を丸くして見ていた。目の前には白い編上げブーツを履いた長い足があった。黒いニーハイソックスが太ももに食い込んでいる。視線を上げていくと、ミニ丈のプリーツスカートを履いた女性が自分の前に立っていた。
 悪魔から守るように立ちふさがってくれているので後ろ姿しか見えないが、ベレー帽を被ったロングヘアーの女性だった。
「……神様?」
 思わずそう尋ねていた。それを聞いて、相手が振り返る。ドキッとした。物凄く美人だ。
「いいえ。わたくしは神様ではありませんわ」
 ロングヘアーの女性がニッコリと微笑んだ。穏やかで慈愛に満ちた微笑み。それでいて艶やかな色気も感じる。同姓から見てもなんとも魅力的だ。

 女性を逃がして、瑞科は悪魔たちに向き直った。瑞科の雷撃により数体は消滅した。残りもすみやかに片付けなければならない。
「ただの人間ではないな」
 牧師のような服装をした男が言う。悪魔たちを操っている司祭だ。
「しかしこちらも下級悪魔とは格が違う。八つ裂きにしてやれ」
 司祭が指示すると、悪魔たちは一斉に瑞科に襲い掛かって来た。瑞科は戦闘用のロッドを握りしめ、地面を蹴った。あらゆる方向から飛びかかってくる悪魔たちの攻撃をかわし、ロッドや蹴りで攻撃を加えていく。
 悪魔たちはなかなか瑞科を傷付けることが出来ない。それどころか、攻撃を受けて押されている。そんな悪魔たちの姿を見て、司祭が悔しそうに口の端を歪めている。
「おのれ……」
 司祭は持っていた杖を天に向けてかかげると、何か唱えた。すると悪魔たちの身体が禍々しいオーラをまとい始めた。

―何かしら。

 瑞科は油断することなく、悪魔たちの動きに注意を払う。瑞科めがけて飛びかかってきた悪魔がいた。そのスピードは先程よりも早かった。瑞科は悪魔の攻撃をロッドで受け止める。瑞科は気が付いた。パワーも増している。

―あの司祭、悪魔たちの戦闘能力を高める魔力を持っているんだわ。

 パワーアップした悪魔たちが瑞科に襲いかかる。
 瑞科は応戦しながら、考えていた。ここに集まっている悪魔たちには、かなり高位の悪魔も混じっている。あの司祭にしても、かなり高位な魔力を行使している。
 集団での攻撃にも、きちんと統率が取れている。
 瑞科は先の任務で殲滅した悪魔崇拝教団の事を思い出していた。瑞科の華麗な活躍で教団員たちと黒幕の大悪魔を倒し、教団は跡形も無くなったのだが。

―もしかすると、また新たな……。

 瑞科はその可能性に思い当たった。この悪魔たちの組織的な行動を見ていると、その考えはあながち外れてはいないように思う。
 巨大な組織を壊滅させ、大量の悪魔や邪教徒を消滅させたとしても、また他の誰かによって新たな組織が作られる。
 人によっては、それはキリがない事だと思えるかもしれない。
 ひとつ無くなっても、また新たな闇が生まれ、増幅する。
 しかし瑞科は思う。
 ならば全て倒すしか無い、と。

 瑞科は次々に敵を倒していく。悪魔の鋭いツメ先も瑞科には届かない。
 華麗に舞うような無駄のない動きで、とうとう悪魔を全て倒してしまった。
「…くっ」
 壁際に倒れこんだ司祭が、悔しそうに呻いた。
「残るはあなただけです」
「さっさと、とどめを刺したらどうだ」
「お別れする前にお聞かせ願いたいのですが」
 瑞科はたとえ相手が敵でも、丁寧な口調を崩さずに言う。
「あなた達が所属する教団の事です」
 司祭は少しの間ためらっているようだったが、やがて笑いながら口を開いた。
「……ここまで我々を追い詰めた褒美に教えてやろう」

 司祭が語ったのは、瑞科が予想した通り、新たな邪教団の存在だった。
 人間界に降り立った上位悪魔が仲間を集め、欲望を満たすため、栄達を達成する為に集まっているという。
 組織が殲滅されないという自信があるためか、司祭は拠点の場所まで素直に吐いた。 せめて苦しませずに終わらせてあげましょう、と瑞科は思った。地面に腰を落とし、壁にもたれかっている司祭にロッドを向ける。
「その教団は、必ず壊滅させます」
 教会の教義に反する団体の存在が確定となり、瑞科の中の使命感が燃え上がっている。しかし表情からは伺えない。瑞科は穏やかな表情をしている。
「色々教えて下さったこと、感謝しますわ」
 瑞科にロッドを向けられ、さすがに覚悟をしたのだろうか。
 司祭はうなだれて目を閉じていた。